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翌朝、宿の部屋に、今度はレナーラの部下を名乗る女が訪ねてきたのだった。薄手ながらも銀色の鎧をまとっていて、湿度もある最中、そんな格好は暑くないのかと問いたくもなるのだが、軍人であるわけだから、まあ、勝手にしてもらいたい。
「王宮にてレナーラ様がお待ちです。お越しいただけないでしょうか?」
「わたしは相当、魅力的であるようだ。チャーミングなのだろうか」
「えっ」
「良いと言っている。出向く。暇潰しには事欠かんほうがいいからな」
「でしたら――」
「ああ、待っていろ。すぐに準備を整える」
「恐れ入ります」
女兵士は綺麗なお辞儀をした。
よほど、「王の軍」は質が高いのかもしれない。
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レナーラのもとへ。彼女の執務室に招き入れられ、勧められ、応接セットのソファについた。「すまないな、粗末な席で」などと言われた。「だったらパーティーでも開けばよかった――と言っても、それは違うだろう?」と続けてきた。紫色の長く豊かな髪。四十二だとは聞いたが、一回り以上若く映る。それもこれも、きっと精を出して働いているからだろう、労働は尊いと言える。
「で、レナーラ、いったいわたしに、なんの用かね?」
「招いて話をしてみたかっただけだ。実際、紅茶も出している」
「不躾な言動だ。横暴とも言う」
「それはわかっているつもりであり、だからこそイーブル嬢、貴様には期待したいのだ」
「なんの話だ?」
「少なくとも敵には回ってほしくないということだ」
「それは別の先からも言われたな」デモンは皮肉に薄笑い、肩をすくめた。「どうあれわたしは『おまえはわたしをどうしたいのか』という点についてひどく気を揉んでいる」
デモンは紅茶をすすった。なかなかのものだ。トラディショナルさが窺える。それでいて多様的でもあるような――ここはそういった街であり国なのだろう。その自在性には好感すら持てる。
「私はAAとやらからも誘われているんだよ。それはもう知れたな?」
「視線を問いたいと言っている。そもそもデモン、貴様には、AAはどう映っているのか?」
「彼自身は大したものではないかね。目的もはっきりしている以上、彼らはかなり期待できる集団と言える」
「『王の軍』とは言え、危険が伴うとでも?」
「ああ」
「だったらどうしたらいいのか?」
「んなこた知らん。テメェで思考しろという話だ」
デモン・イーブルはやはり邪悪に笑う。
いっぽうのレナーラ、彼女は納得顔に見えた。
「わかった。ぶつかり合おう、デモン嬢」
「なんとも即物的な結論だ。やぶさかではないぞ。ただ、相手にとって不足なしとは言えんがな。わたしはそういうニンゲンだ」
「そんなよくわからん存在の首を、私は刎ねてやろうと思う」
デモンは「やってみろ、弱き者よ」と言い、はっぱをかけた、というより、煽った。
「あらためて述べておこう、デモン嬢」
「拝聴しよう」
「貴様は所詮、脆弱なゴミを体感しただけのクソガキに過ぎん。はしこい人物なのは窺い知ることができた。総じて言うと、こちらから踏み込む価値があるようには思えん。彼にキスをされるのを楽しんだらいい、彼に性器をくれてやるのであれば、それはそれで楽しんだらいい。若い身空、安売りできるものは身体だけだ」
デモンは皮肉に顔を歪め、笑んだ。
「えらく下品な評価もあったものだ。となれば言っておこう――というか、言っておきたい」
「それはなんだ?」
「あえての翻しだ。王の軍に参加させてもらえないかね?」
「信じていいのか?」
「まずはAAとギラトを跪かせてみたい。いかんかね?」
「そういうことなら、すぐにでも指示を出そう。なぜなら――」
「わかっている。わたしが出張ったところで、おまえたちにはリスクがない」
デモンは腕も脚も組んでふんぞり返り、するとレナーラも同じポーズをとった。
「いい給料を、やろう」
「いい話だ。もらえるものはもらう」
「相談なんだが、デモン嬢」
「なんだ?」
「ウチの連中に稽古をつけてやってもらいたい」
「なるほど。わたしはとことん信用されているというわけだ」
「いけないか?」
「いいや、請け合うよ」
デモン自身、身の振り方をどうしようか考えていたのだが、なんだかんだでポジションは決まった。身の丈に釣り合うかたちで高く買ってもらえたので、そのへん含め、現状、文句はないと言えた。
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「王の軍」、大したものだと示された。これまで接してきたどの軍よりも、なかなか、やる。基本が出来ている者は良しとできる。要はみな、この兵隊さんたちにあっては、そのへんができているということだ。尊いなと思う。上に立つ者が優秀なのだろう。上に立つ者――それこそレナーラ。彼女の考えは先兵にまで行き渡り、末端にまで行き届いていて、ゆえに頑強な軍を成しているのだと考えられる。剣を交えたあと、一様に「ありがとうございました!」と頭を下げる点もポイントが高い。礼節を尽くす者に悪い奴などそうそういない。
一人、えらく人懐こい男がいた。何度腹を蹴飛ばし蹴散らしてやっても立ち上がり、しつこく向かってくる青年だ。名は――あえてファーストネームで呼んでやろう、ロナルドという。くしゃくしゃの茶髪に底抜けに明るく深いグリーンアイ。イカした青年である。軽々しい酒場に出向けば一人や二人はお持ち帰りできるくらいの外見だと断言して差し支えない。
訓練場の屋根の下、椅子の上で一休みしていると、そのロナルドが近づいてきた。デモンの隣の地面に座る。椅子に座れば良いのに。同じ目線で物を見たくないらしい。劣っているからだと言う――とはいえ、礼儀をわきまえるのが過ぎるのではないか。卑屈とまでは言わないが――まあ、かわいい奴ではある、一般論でしかないが。
「デモンさんは“掃除人”なんですよね? 掃除人はみんなみんな、デモンさんみたいに強いんですか?」
「わたしは“超級”だと言ったぞ」
「ああ、そうか。やっぱりまちまちなんですね」
「そういうことだ」
ロナルドは「どうしたら強くなれるんでしょうか」と俯き言った。
「なんだ? 強くないと困るのか?」
「はい。僕には恋人がいるんですが……あっ、『私』、ですね」
「いや、僕でいいさ。わたしは軍人ではないから、そのあたりは気にしない。で、恋人のために強くありたい、と?」
「はい。何があっても、彼女だけは守れる男でいたいです」
「立派な志だな」そう感じさせられた。「しかし、考えすぎないほうがいい。場合によっては他人を頼ることも必要だ」
「デモンさんはそうしたことがあるんですか」と訊かれ、「ないな」と事実を言い切った。
「だったら説得力がありませんよ」
「やかましい」
「あははっ」
快活な若者もいたものだ。
「『王の軍』について、どう思われますか?」
「そこそこだ。他国との比較で言うと、強いな」
「でも、誰もデモンさんに勝てないでいる」
「だから、わたしは特別なんだよ」
ロナルドが立ち上がった。
「もう一度、立ち合ってください。お願いします」
デモンは吐息をつくと、呆れ交じりに「しょうがない奴だな」と漏らし、椅子から腰を上げた。ほんとうに、つくづくかわいい奴なのだ。それ以外に特徴はないかもしれないが。