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10-2.

*****


 眠いなぁ眠いなぁキツいなぁと思いつつも、ベッドから身体を起こした。しきりに戸がノックされるからやむなくだ。――否、しきりにというわけでもない。お行儀良く一定のインターバルで木製のそれは音を立てる。まあだからなんだという話であり、どうあれ出てやろうと考えたので、仕方なく出てやったわけだ。


 戸を開ける。赤髪の、まだ二十歳にも満たないであろうくらいの美青年がいた。彼の後にはこれまたグッドルッキング――見栄えのする二人の青年。いずれも知った顔ではないことから、デモンは素直に「誰だ、おまえらは? なんの用だ?」とあくび交じりにではあるがしっかり訊いた。自らの無防備な様子を観察するにあたっては代金を払わせてやってもいいくらいだとすら思う。


「デモン・イーブルだな?」赤髪の美青年が答えた。「出向いてもらいたい。大佐がお待ちだ」


 いきなりの物言いにデモンは眉を寄せ、「大佐とは誰だ?」と当然のことを訊ねた。


「我が『ライズ』を率いる御方だ。おまえごときが気軽に出していい名ではない」

「しかし、まずは大佐なんだろう?」

「ああ、そうだ。とにかく来てもらおうか」

「そんな義務はないし、わたしはまだ眠いんだ」

「死にたいのか?」

「眠いと言った」


 赤髪はいきなり、「私はギラトという。姓はハインリヒ」と名乗った。デモンはまた眉をひそめる。


「ライズとやらは先達て聞いた覚えがある。反社会的な集団なのだろうという認識だ。恐らくかなりの立ち位置にあるのだろうとは知った。その首魁か? そいつが――その大佐とやらはわたしにいったいなんの用事なのかね。まずはそのへんを打ち明けるのが礼儀だと考えるが?」


 ギラト、ギラト・ハインリヒはあからさまに舌打ちを飛ばして、顔をそむけた。いかにも不機嫌だ、不愉快だと言わんばかりの態度。「女は嫌いだ」などと言った。「なんの話だ?」と問うと、「おまえには関係がない」と返してきた――ので、デモンはいよいよギラトを両手でどんと突き飛ばしてやった。


「無礼者には用がないと言ったんだよ。ゴミか、おまえは。早々に“ダスト”認定してやろうか?」

「やはり“掃除人”か……」ギラトはさらに強い目をする。「ほんとうに、大佐ほどの御方がなぜおまえなどに……」

「わたしが美人だと知ったからではないのかね?」

「貴様ぁっ」

「おや、ギラト・ハインリヒよ、どうしてキレる?」デモンは両手を広げて軽く嘲笑した。「下手したてに出てなんぼだろう? わたしを伴ってゆかないと、おまえが大佐とやらに叱られてしまうはずだ」


 ぐっ。ギラトはそんなふうに歯噛みし。しかし、見た目どおりのガキではなく、自身を制御する術くらいは心得ているらしい。「服を着替えてついてきてもらいたい。それだけだ」としおらしいところを見せた。デモンは「それでいいんだよ」と邪に、だが甘く笑った。つくづく舐められていると感じたのだろう、ギラトはあらためて怒りに顔を歪めたが、デモンは「待っていろ」とだけ告げて、どたんっと乱暴に戸を閉めた。


 数発目のあくびが出た。

 早朝から行水に出ていたオミが部屋に戻ってきていた。


「無礼な少年なんだ」と言うと、オミは憤ったように「カァ」と一つ鳴き。

「少年という年でもないだろう」

「まあ、そうなんだけど。行くのかい?」

「最近、ゴミの相手をしていない」デモンは肩をすくめた。「そのような状況が続けば、いくらなんでも“掃除人”失格だよ」

「いやいや、それは違うよ? なんだ」

「その真意は?」

「デモン、きみが断じるすべてがゴミ――“ダスト”なんだ」


 なるほど。よくわかっているらしいじゃないか――となかば感心させられた。ただ、カラスごときに最大の理解者ヅラはされたくないから、肯定的で好意的な口など利いてやらない。


 デモンは寝間着――シルクのシャツを勢い良く脱ぎ去った。



*****


 たとえば、貴族らがダンスパーティーに使うような豪奢な空間、極端なまでに大きな窓の手前にいかにも偉そうな執務机があって、そのまえに大佐とやらは立っていた。ただひたすらにきちっとした緑の軍服を着ているギラトとは違い、前に金色の飾り紐が付いた鮮やかな――きっと唯一無二のものだろう――ブルーの着衣をまとっている。一目で嫌いなタイプだと思わされた。特に偉そうだからだ。見下ろしてくれているように感じられる。ただ、着る物に対するこだわりはあってもいいとは考える。そういうものだ。誰の美学も時には尊い。


「ようこそ、ミス・イーブル。私が『ライズ』を預かるAAだ。階級は大佐。仲良くしていただければと思う」薄い唇を微笑みのかたちにした。「緊張している。いささか無礼を働いてしまったことは申し訳ない。ただ、どうしてもお会いしたかったのでね」


 デモンが顎を持ち上げ、「ああ、そうだ。おまえは無礼だ」と罵ってやると、すぐさまギラトが気色ばむ様子を見せた。胸倉を掴まんばかりの勢いで迫ってくる。それをAAは右手だけで制した。ギラトは「はっ」と切れの良い返事とともに敬礼して、すぐに身を引いた、退いた。


「それにしても、無駄に広く、無駄に天井の高いスペースだ。金がかかっているように見える。シャンデリア一つとってもな。裕福なのかね?」

「この館の主は私、ひいては我が組織の熱烈なシンパでね。自由に使えと言われたから、自由に使わせてもらっている。それなりにそれなりには見える。立派だとも言えるのだろう」

「だから、そう述べてやったつもりだが?」


 AAとやらが、「ミス・イーブルはお怒りのようだ」などと気安くのたまってくれた。――が、優しい優しいデモンはそれくらいでは怒ってやらない。とにかく用件が気になったので、それを聞かせてもらうべく、先を促した。


「流浪のニンゲンなのだろう?」


 デモンは眉を寄せ、「どうしてそのへん、ご存じなんだ?」と訊ねた。


「大局的にものを見ればそうなる」

「そうかね。そのじつ、おまえの勘がひりだした結論にしか思えんが?」


 AAの信者とも言えるギラトからすれば「おまえ」なる呼称が気に障ったのだろう。また「貴様ぁっ」と近づいてきた。ワンパターンな男だ、しつこいとも言う――。


「ギラト」

「しかし、大佐」

「怒るほどのことではない。むしろ彼女は礼儀正しい」

「そうは見えません」

「とにかく下がっていろ。話をしているのは私だ」

「……はっ」


 すごすごといった感じで引き下がったギラトである。


「一見しただけで、プロだとわかる。すなわち、紛れもなく“掃除人”だ」

「そのとおりだから否定するつもりはないよ」

「“掃除人”の知り合いがいてね。銀髪碧眼の若者なのだが、心当たりは?」

「そんな特徴、珍しくもない。よって、覚えておく価値もない」

「きみは気持ちのいい人物であるようだ」

「突っ込んでみるか?」

「下品でもあるようだ」


 いい加減、会話には飽いた。

 とっとと話せ。いよいよそう促したデモンである。


「仲間になっては、もらえないだろうか?」

「ほぅ。このわたしに、テロリストの味方をしろと?」

「おかしな要求――否、望みだな――ではないと思うが」

「先ほどから惚れ惚れしていた。良く通る、おまえの美しい声にだ」

「礼を述べておこうではないか」

「言ってろ。で、おまえたちが国を相手に戦っているのはどうしてだ? しかも、それほど後れを取ってはいないように映る。いったい、何が目的だ?」


 いい質問だ。

 そう言うと、AAは顎に右手をやり。


「ご存じかな? この国が貴族主義であることを」

「知りはせんが、ああ、そんな雰囲気は確かにあるな。ゆえに事実を言われたところで驚きはしない」

「貴族主義、いかにも大仰で横柄なシステムだとは思わないかな?」

「思わないな。数が増えれば増えるほど、民主主義には限界がある」


 そのとおり、正解だ。

 まったくAAとやらは偉そうな物言いをしてくれる。

 しかし、民主主義の否定は、予てから学者のあいだでは定説とされているとも考える。


「貴族主義になんの疑問も持っていない民は少なくない。ただ、きみが否定した民主主義を望むニンゲンもいてね。つまるところ、我々は国の一部において自治権を得たいというだけだ。それはそれほどいけないことなのだろうか」


 いけないとは言わん――というのが、デモンの回答だ。


「ただ、厳しい戦いではあるだろう?」

「この館自体、借り物だと言った。この国の仕組みを良しとしない者も、また多いということだ」

「とはいえ軍は強いんだろう? だったら――」


 大佐に対して何を無礼な……。

 怒りを押し殺すように呟くようにそう言ったのは、またギラトである。


「だから、いい、ギラト。彼女は嘘をついていない」

「しかし、大佐――」

「実質的に、わたしはどこの馬の骨とも知れん輩なわけだ。それでも仲間に迎えたいというのかね?」

「そう言っている、ミス・イーブル。きみは世を楽しみたいのだろう? だったら私と組むべきだ。退屈はさせないと保証しよう」

「大佐、しかし、このような女など……不潔です」

「ギラト、私は黙っていろと言った」


 どうにも喧嘩っ早いギラトだが、このたびもまた退いた。怒りっぽい男だ。せっかちな青年とも言う。


「わかった、言い方を変えよう、ミス・イーブル。どうか国につくことだけはやめてもらえないだろうか?」


 待て。そう言ってデモンは「どうあることが最も楽しいのか、今、考えているところだ」と告げた。


「その点においては、いや、我々を支持してくれと言うわけではないが」

「言ってみろ」

「私が彼らに劣っているとは、微塵も思っていないのだよ」

「回りくどい奴だ。その内容を、とっととほざけ」

「レナーラ王女とは会ったと聞いた」

「会ったさ。奴さんはまあ、敵に回すと楽しそうではあった」


 AAは右手の人差し指をピンと立てた。


「彼女に並び立つ者がもう一人いてね。『王の軍』の参謀だ。カズマイヤーという。言わずとも、もうわかるだろう? くだんの両輪が、軍を支え、回している」

「参謀なのに、前線に?」

「そういう人物であってね」

「印象を言おう」

「伺おう」

「おまえたち『ライズ』は見たところ、おまえのワンマンチームなのではないのか?」


 またギラトが怒るかと思ったのだが、それよりさきにAAが「違いない」と肯定したのだった。


「ただ、ギラトをはじめとする優秀な人材は確かにいる。総合力において劣っているとは思ってはいない」


 デモンは右手で前髪を掻き上げると、「クハハ」と小さく笑った。


「今、何をすれば最も楽しめるのかと考えていると言った。簡単だ。AA、わたしとおまえとが戦ってみればいい」


 今度はAAが「クハハ」と笑んだ。


「そんなリスキーな真似はしないのだよ。ここまで話した内容でわかってもらえたと思う。私はきみを過小評価していない。ひとたび戦えば――その危険性については認識しているつもりだ」

「わかった。もはや賢明なだけの御仁を詰めようとは思わんよ」

「きみには国を去ってもらえるのが、一番良いのかもしれないな」

「だいたいわかったと申し上げたつもりだ。レナーラにカズマイヤー、それにおまえ。まあまあ楽しめそうじゃあないか」

「私の敵にならないでほしいと言ったつもりだが」

「流れ次第だよ」


 デモンは颯爽と身を翻した。

 うなじにギラトのキツい視線を感じるが、それだけだ。


「また会えることを祈って、ミス・イーブル」

「つくづくほざいてくれるよなぁ、おまえは」


 デモンは皮肉を言って顔をゆがめまくり、それから部屋を後にした。AA。あまり見ないタイプだなと思う。大物感は群を抜いている。彼女の目に誤りの判断などない以上、それは事実なのだろう。だからこそこの場で相手をしてやっても良かったのだが、やる気がないニンゲンを向こうに回すのはどうしたってつまらない。


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