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9-1.

*****


 紆余曲折があり――といった具合の大仰な事象でもないのだが、それでもまぁいろいろとあって、デモンは今、とある街のとある暴力団の事務所にいる。黒い革張りのソファの上だ。その黒に溶け込むようにして黒一色の愛想のない衣装ながらもタイトな身なりであるがゆえに身体の凹凸がはっきりしていて、そんなだから彼女の妖艶すぎてエロすぎる肢体に鼻の下をくそ長くする連中、具体的には馬鹿な顔をぶっさげる組員らが少なくない――ということもなく、そんなのは訪れたときからわかりきっていることだから、阿呆な男はいないのだとなかば感心しつつ、「どういうことかね?」とただひたすらに話を前に進めるのを重要とした。


 くだんの暴力団「ヒグマ」の組長であるゴーダ氏、ちなみに年寄りの彼は紳士らしい――は、にこやかに笑い、それからぺこりと頭を下げた。もう三回も下げている。律儀なのだろう、極道のくせに平穏だ、あるいは極道らしく潔い――。


「デモンさん、俺はそろそろ店をたたみたいんや」――方言だろう、ゴーダは独特な口調で話す。「ああ、そうなんや、ねえさん。俺たちはもう、少なくともボスとしての俺はもう、繰り返されるだけの暴力に飽きたんや。そもそも暴力団なんてのは、カタギの人らに対しては迷惑でしかないクズやさかいな。邪魔や言われてもしゃあない。どや? そのとおりやと思わへんか?」


 なんともまあ、わかりやすい話ではないか――となる。

 だからといって――。


 とりあえず、「とはいえ、やはりあまりピンとはこないな」――となる。


「じつは、相手がおる話なんや」

「相手? それは?」

「『ギンロウ』っちゅうヤクザや。つまるところ、同業やな」

「なんとも偉そうな固有名詞だな」と言いつつも、デモンはネーミングセンスが優れているなと感心させられた。「察するに、ギンロウか? 奴さんらと共にヤクザを辞めようと言うんだな?」

「そうなんや」ゴーダは苦笑を浮かべたように見えた。「ヤクザの存在価値、それについては無に等しいっていう合意がとれとって、せやさかい、互いに解散しようって考えてる」

「尊い話じゃないか」

「せやろう?」今度は豪快に笑ったゴーダである。「ギンロウの組長はホテイってんやが、若いくせにしっかりしとってな。まとまっとる。組ぃ潰すんなら組員の受け皿を作らなあかんって、そこまでも話は進んどるんや」

「それは確かに立派な意気込みだ。しかし――」

「ああ、そうや。受け皿っちゅうたかて、そんな簡単には作れへん。難しいところや」


 デモンは腕を組んで、こくこくと二つ頷いた。


「組の解散か? それをよく思わないニンゲンだって、それなりにいる」言って、デモンは周囲の組員を見渡した。「なあ、どうなんだ? おまえたち。おまえらは今まで夜の街を肩で風を切って歩いていたんだろう? それができなくなる。不満くらいはあるんじゃなのか?」


 組員らが揃って俯いたのが、まあ笑えた。組がなくなってしまうこと――下っ端連中についてはみなが不満を覚えていることは明らかだ。これからのことを考え不安に感じている者もいるに違いない。少なからずいるだろう。食い扶持を失うことにもなりかねないのだから、「解散劇」は不本意であるはずだ。


「それでも、俺はもう、辞めたいんや」

「深いところ、だからそれはどうしてなんだ?」

「カタギのニンゲンに迷惑……いや、恐怖を与えてる」

「それはわかった。言い方を変えれば、そんなこと、昔っからわかっていたことだろう?」

「その思いがいよいよ強くなった。ねえさん、そういうことで、勘弁願えへんやろか?」


 納得できない話ではない。

 合点がいくというやつだ。


 に、したってなぁ……。


「組長さん、ゴーダさんよ」

「なんでっしゃろ?」

「そういったことを、なぜわたしに話すのかと思ってな」

「惚れたんや」

「外見にか?」

「そう思われてもしゃあないが、ちゃうんや。あんたは街で吹っかけたウチの連中を殺さへんかった。さぞ、助平な目に晒されたことやろう。隙あらば組み伏せて路地にでも連れ込む算段やったに違いあらへん。せやけど、あんたは殺さへんかった。圧倒的に強いのに、や。わしはな、デモンさん、わしの指導が行き届いてへんかったことをメチャクチャ嘆いたいっぽうで、あんた自身の強靭さにめっぽう惚れたんや。力があるのにいたずらにそれを行使せぇへん。それがどれだけ尊いことなんか、極道やからそれがわかるんや。頼む、お願いやさかい、どうかそのへん、酌んでくれへんか?」


 デモンは眉を寄せた。


「呆れたぞ。ただの旅の女に自らの内情を吐露するかね」

「あんたに取り持ってもらいたいと思った。そうしたいと考えた、重ねてになるが、一目惚れってやつなんやろう」ゴーダは腰を上げると、両膝にそれぞれ手を置き、こうべを垂れた。「頼むわ、デモンさん。わしらみたいな半端者の最期を看取ってやってほしいんや。報酬は期待せんといてもらいたいと言っとく。そういう話やないんや。あんたなら、わかるやろう?」


 部屋の四方を囲む兵隊らも親分殿と同じ姿勢を取った。

 頭を下げたわけだ、まるで土下座か平伏かをするように。


 報酬は寄越さない。

 そこらへんに、誠実さが窺えた。

 金でどうにかできる話ではないのだ。

 そのへんわかっていることに、好感が持てた。


「ギンロウか。親分の名前は? なんだったか?」

「ホテイや、ホテイ。わしより十も二十も若い。せやけど、自分の身より大勢を鑑みることができる大した男や。立派な奴っちゅうことや」

「わたしが会って、何か変わるのかね」

「解体、解散の件はもう決まり事や。せやけど問題はある」

「問題?」

「あんたが探りを入れてくれれば、そのうち知れる」


 とにかく「一肌脱いでくれへんか?」という話らしい。

 デモンはまたまた眉根を寄せる。


「狙いがわからんな」

「せやから、見届けてほしいんや。あんたにとってはホンマ、ただふらっと訪れただけの街かもしれへん。せやけど、俺らにとっては大切な街なんや。この先、どうなるかはわからへんってのが本音やが、それでも、誰かきちっとしたヒトに見届けて――」

「それはわかったと言ったろう。いいだろう」デモン自身が「どうせ暇だから」と考えたのは内緒だ。「まずはギンロウのホテイか? そいつに取り次いでもらいたい。いわゆる解散劇、それをやり遂げたいという気持ちもよくわかった。先方と話せばさまざまわかることもあるだろう。事はそれからだ。よくわからん依頼だ、が――恐らくだが、まとまらんということもない。なんとかなる。それがわたしの信念であり、実績だ」


 このタイミングですぐに握手を求めてこないあたりに感心できる。ゴーダはジェントルマンだ。頭が禿げているくらいだから、そこにはそれなりの年輪が刻まれているのだろう。


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