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8-5.

*****


 カミナ村にしばしばちょっかいをかけてきた国――リール王国には馬で入った。第二王女であるドロテアが供の者も連れずに街中を進んでいるわけだ、民の注目を集めるのはなにもおかしなことではない。デモンに対して「誰だ?」みたいな視線を送ってくるのもわからないわけではないわけだ。


「わたしが傷つけておいてなんだが」馬上から、デモンは言う。「脚のほうは平気か?」

「痛みはするが、見てのとおり、動けないほどではない。まったく、優しく斬ってくれたものだ」同じく馬上で、ドロテアは微笑みすら浮かべた。「とはいえ、まあ異常だ。私が怪我をしているということなら、民は見ぬふりはできんだろう。今まであった現象が、それを証明している」

「そういうことだから、とっとと会わせてもらいたいものだ」

「まあ、待て。父上はそれなりに忙しい」

「つまらん事象だ」

「そう言うなと言った。往々にして、王とはそういうものだろう?」


 二人して、馬で進む。浅く斬っただけだが、確かに、それなりの量、出血しているはずだ。にもかかわらず、ドロテアは平気な顔をしている。大したものだ――と、つくづく思う。もっと言うと、大した女だ。


「ライナスだったか? くだんの王子は愚かだった」デモンは顎を持ち上げ軽んじるようにのたまう。「問答無用、だから死んだのさ」

「それがわかっているからこそ、止めきれなかったことについて、後悔が残るんだ」とドロテアは言った。「ライナスは掛け値なしのくそったれだろう。何が大切なのか、そのへん、まったくわかってはいなかった」

「だから、だったら死んで当然だと――」

「それでも私の弟だったんだ」涙声――というふうでもなかったが、ドロテア自身に悲哀の色が窺えたのは確かだ。「頼むよ、デモン嬢。どうかそれだけは、わかってもらえないだろうか」

「やぶさかではない」とデモンは答えたのだった。



*****


 なんだかんだで王の座す間。王たる男は鼻の下にも顎にも立派な髭をたくわえており、年だろうに、白いながらも頭髪はじつに豊かで、跪いているデモンのことを壇上の玉座から見下ろしている。ほんとうに顔はしわくちゃなのだが、得も言われぬ迫力を全身に帯びている。只者ではないということだ。


「女よ、名は? なんという?」


 女よ、か。しきりに声高に「多様性」が謳われる昨今にあっては「ナシ」の問いかけだと判断せざるを得ない。まあ、その多様性の定義については国によってまちまちなのだろうが。


「デモン・イーブルと申します」などという、なんとなくの――というか、一応の敬語。彼女にとって、その発言は尊い。「王よ、立ってもよろしいか?」


 「許さん」と答えたあたりに、警戒心の強さと根強い横柄さが窺える。


「女よ、そのまま話せ。疑問があれば答える努力しよう」


 努力しよう?

 抜きん出て間の抜けたセリフである、頭にもくる。


 ドロテアが「父上、彼女は――」と発したところで、その父上たる男は「黙れ」とぴしゃり。デモンがようやく「お名前を伺っても?」と問うたところで、「オウルだ」との返答があった。オウル王、か。なんとも偉そうで仰々しい名ではないか。態度もそれ相応である。気に食わないな。ああ、そうだ。気に食わない。


「カミナ村――そんなちんけな村を襲うように命じたのは、あなたなのだな、つまらん王よ、オウル王」

「つまらん王?」

「ああ、至極、つまらない王だ」

「さておき、はて、なんの話か?」

「指示に関する記憶がないと?」

「ない。しかし、カミナという村は知っている」


 まったくもって要領を得ない、何を言っているのかわからない――ということもないのだが、その旨、正直に問い質すと、「確かに指示は出したな」などという、なんともあっけらかんとした答えが返ってきた。


「重ねて問いたい。カミナは取るに足らない村であるはずだ。なのになぜ大勢を寄越して蔑ろにしようとした?」

「どらごんさまだ。私だって、それくらいは知っているのだよ」

「食えん男だ」

「いやいや。そうでもあるまいて」

「――で、奴さんが与しているから、駆逐もやむを得なかったと?」

「私の国はそれなりに大きい。だからこそ、不穏分子は取り除く必要がある」


 ああ、そうか。

 そういうことか。

 まったく、その言い分は正しいのだが、正しいのだが――。


「オウル王よ。上から目線で申し上げよう」

「またまた大げさな口振りだ。何かね?」

「おまえのことが気に食わんから、わたしはおまえを殺そうと思う」


 その言動自体、想定していなかったわけではないのだろう。あらゆる方向から王を守ることに徹していた近衛兵らが前に立ち塞がった。そいつらのことを、デモンは魔法――渦巻く炎でささと焼き払った、とっとと、跡形もなく、殺したのだ。


 護衛がまるきりいなくなったのだ。にもかかわらず、オウル王に驚いた素振りはなく、むしろ「なるほど。これでは敵わんわけだ」などと薄い笑みすら浮かべて言い――。


 歩み出た。

 デモンは前の前までつかつか歩み出て――。


「今、わたしの持つ刃はすでに貴殿にあてがわれている」実際、デモンはもはやその首に刀を突きつけている。「さてオウル王よ、わからんかね? さっさと首を刎ねられたいというのかね?」

「答える言葉を持たん」

「ほぅ」

「私を殺して逃げられると思うのかね?」

「“掃除人”、だからな」

「その一言にはつくづく説得力があるが」オウル王は笑い――。「まあ、敵わんだろうな。力のバランス、否、力そのものとは、そういうものだ」


 理解したなら、カミナには手を出すな。

 デモンはそう告げて――。


「わたしは村に留まるつもりはない。だが、次に当該を訪れたとき、それが名すらなくなっているようなら、わたしはひどい失望感を覚えることだろうな」

「だから、それはわかったと言ったのだ」オウル王はにこりと笑み。「間違うような真似はしない。過去からこっち、そうあったから、私は今の王なのだよ」

「信じていいんだな?」

「信じてもらいたい。おまえは嫌だ。向こうに回す? 冗談ではない」

「よろしい。許容しよう」


 デモンは身を翻す。


「話を変えて――。私に仕えないかね? 言い値を払おう」


 下品な男だ。

 次にナマをほざいたらなます切りにしてやろうと考えた。



*****


 城内――ドロテアの居室に招かれた。とっておきのウイスキーを振る舞ってくれるとのことだったので、それなりに楽しみに訪れた。デモンは無愛想な椅子を勧められ、ドロテアはベッドの端に腰掛けた。狭い部屋なので、二人の距離は著しく近い。


 グラスにあるのはまあるい氷だ。手の込んだことだ。そこにはもてなしの心が窺え、だから悪い思いはしない。むしろ敬意が窺える。だとしたらだとしたで、喜ばしいことなのだろう。


「ライナスは馬鹿だった」

「くり返しだな、しつこいな。姉上殿はまだそんなふうにのたまうかね」

「奴の人生は奴の人生だ。相手の力量を見誤った。それだけのことだ」

「奴さんの下品な口調は耳に残る。面白い野郎だったと申し上げておこう」

「感謝、だな」

「わたしはおまえに殺されんで済むというわけだな」

「そうしたくてもそうはできないよ、難しいところだ、デモン嬢」


 デモンはここで突拍子もなく、「女なんだ。早いところ片づいたほうがいい」と切り札を使った。


「なんのことだ?」

「嫁入りの話だよ」


 するとドロテアは浮かない笑みを浮かべて。

 気にすることなく、デモンはグラスに口を付け――やはりうまい。


「少なくとも、今の私はデモン嬢と向き合おうとは思えない。向き合うことができないとも言う」

「なぜだ?」

「恐ろしいからに決まっている」

「死ぬのがそんなに怖いのか。愚かだな」

「なに?」

「愚かだと言ったんだよ」


 デモンは「二度も三度も言わせるな。それくらい、わかっているんだろう?」と訊ねた。ドロテアは苦笑のような表情を浮かべた。やはりこの女はわかっているのだ。何がカッコ良くて、何がカッコ悪いのか。悲しいだろう、悔しいだろう、それでも速やかに引き下がるあたりに潔さを感じずにはいられない。


「我が父、オウルは愚かだ。怯えずにもよいものに怯えている」

「そうなんだよ、ドロテア嬢。わたしもそう感じさせられた。カミナ村は、何も怖くないはずだ」

「命令とあれば受け容れていた。ほんとうに、それだけだった」

「だったら、考えを改めることだ」

「そうさせてもらう――というより、そうするしかない」


 デモンはグラスを一気に空けた。


「薬でも仕込んでおくべきだったと思うのだがね、ドロテア嬢」

「デモン嬢、あなたを殺したいと言ったつもりはない」


 去ろう。

 そう言って、デモンは席を立った。


「どこに行くんだ?」

「さあな。とりあえず、馬車にでも乗ろうと考える」

「言っておきたい、デモン嬢」

「なんだ?」

「じつは貴様との付き合いは、金輪際、遠慮したい」


 ふはっ。

 ふははははっ。


 そんなふうに高く大きく笑いながら、デモンは部屋を後にした。


 ドロテア嬢。

 じつに心根が清々しい女ではないか。


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