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夕方の時間帯。セイラの家――宿の一室で、セイラとブンタは抱き合い、震えていた。その様子がひどくとても愛おしく見えて、「もう大丈夫だ」とのセリフをとても優しくほざいてしまった、ほんとうに不本意だった。
「村は、どうなったの……?」セイラが訊いてきた。
「たくさん死んだ」と短く答えてやった。「ちょっと死にすぎたくらいだろうな」
「私たちのパパたちは?」
「どこかで生きているかもしれないし、もう死んでしまったかもしれない」
セイラもブンタも沈んだ顔をした。泣かない強さには好感が持てた。仕方のないことだと、あらかじめ割り切っていたのだろう、そうに違いないと判断していたのだ、尊い思考と言える。
「もう一度、やり直せるかな……?」
「それはな、セイラ、おまえ次第だよ。やる気さえあれば、なんとでもなる」
「ほんとうに?」
「信じて行動しないと、叶うものも叶わない」
今度はブンタが「あのっ、デモン」と呼びかけてきた。
「なんだ?」
「どらごんさまに会いたいんだ。連れていってくれよ」
デモンは怪訝さに眉を寄せ、「訪ねて、どうするんだ?」と訊いた。
「どらごんさまは村の象徴だ。俺たちが生きていくための希望なんだ。ここまで言えば、わかるだろ?」
確かに、まあわかる。
わからないほうが、どうかしている。
会うことで、姿を確かめることで、心を強く保ちたいのだろう。
「だったら、行くか」めんどくさくはあったのだが、なかば諦観したデモン。
「うん、付き合ってくれ。頼むよ」とブンタは応えた。
セイラもすっくと立ち上がった。「そうだよ。どらごんさまがいれば大丈夫!!」と、自らを奮い立たせるように言ったのだった。
彼の寝床に向かおうと考える。
問題がないようであれば、彼はきちんと戻っているはずだ。
また、迎え入れてくれるはずだ。
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夜が近い夕焼けも終わりの暗い洞窟――その奥で、どらごんさまは猫のようにきちんと身を丸めていた。身体中が傷だらけで、あちこちから出血しているものだから、ブンタもセイラも「わあああんっ!!」と泣き声を上げて、服に血液が付着してしまうにもかかわらず、どらごんさまにすがりついたのだった。
「俺は大丈夫だよ。こんなのかすり傷だ。心配要らないさ」
痛んだところに抱きつかれているのだからよっぽど傷は痛むだろうに、どらごんさまの声は優しいものだった。
「おがみおばばは……?」心配なのだろう、そう訊いたのはブンタだ。「どうなったの? ちゃんと生きてる、の……?」
「いや、死んだ」
「そう、なんだ……」
「だが、最期を看取ってやることができた。ありがたいことだ」
「でも、だからって、どらごんさまとおばばは……」
「ブンタ、それはもう、言わない約束にしてくれ」
ブンタは二度三度と頷き、わかったと答えた。
「敵は? 退けたのか?」と、どらごんさま。
「でなければ、呑気にここを訪れてはいない」と悠々答えたのはデモンだ。
そうだな。
そう言って浮かべたどらごんさまの表情は柔和なものに見えた。
「デモンは、これからどうするんだ?」
「どらごんさまよ、おまえたちの村――カミナ村か? わたしはらしくもなく、それを救ってやりたいと考えている」
どらごんさまもブンタもセイラも目を丸くした。
「どうしてだ?」どらごんさまが言う。「おまえにはそこまでする理由はないはずだ、必要性も義理も――」
「乗りかかったなんとやらなる言葉は、ときに無作法にも、わたしの身に身体を預けてきてね」
「たったそれだけなのか?」
「そうだが、それが何か?」
しばらく思考するような素振りを見せてから、絞り出すようにして、どらごんさまは「……そうか」と言った。ブンタとセイラはどことなく不安げな目を向けてくる。
「しかし、どうするつもりだ? いくらおまえが“超級”の“掃除人”だといっても――」
「わたしに不可能はない」言い切ってみせたデモンである。「明日明後日にも攻めてくるだろう。先方だって悔しいからだ、忙しいからだ。第二王女だ。ドロテアというらしいな」
「ドロテアはやる。誰よりも使える女だ」
「しかしわたしには敵わない。先達てはだから逃げたのさ」
「ほんとうか?」
「そういうことだ」
「……任せる」
「ああ、それでいいんだよ」
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翌朝のことだ。もやがかかっている中、デモンは村の中央の広場に陣取っていた。そのうち、やってきた――ドロテアだ。たった一人。わたしの首を取りにきたのだろうと察知せざるを得ない。紫の長髪のドロテアは凹凸の顕著な女性らしい体つきだ。同じ女ながらも、その美貌には惚れ惚れする。「弟の敵!」などとしょうもないことをほざくようなら炎の魔法でソッコー焼き殺してやったことだろうが、涼しげな目をして、決闘にのみ集中するような雰囲気があるから、まあ、買ってやった。「いいな、おまえは、ドロテア嬢。見込みがあるよ」、「私よりずいぶんと年下だろう? なにを偉そうに」、「雌雄を決するのに年は関係があるのかね?」、「ないな」、「かかってきたまえよ」、「言われずともっ!」。
勢い良く地を蹴り、ドロテアが一気に突っ込んできた。ほんとうに、じつに心地の良い踏み込みだ。しかし軽々と刀で受け切る。地力の差がある。そのへんわかってほしいなと思う次第だ――デモンはドロテアの一太刀を強く弾いたわけである。
「ドロテア、魔法は? 使えないのかね?」
「使えるが、今は!!」
剣だけでの戦いに集中するらしい。しかしそこは容赦のないデモン・イーブル、左手から、足元に火の玉を放ってやった。ドロテアは飛び退いた。「くっ……」と歯噛みし、「卑怯なっ」と叫んだ。
「わたしも死にたくないのでね。手を尽くすくらいはするさ」
「嘘をつくなっ。おまえは私など、問題にしないはずだ!」
「仮にそうだとしたら、どうして負け戦に身を委ねるのかね?」
「誇りゆえだ!!」
「それをほざくと思ったよ」
デモンは左手から、ぼっぼっぼと三つの火の玉を放った。それらを剣で斬って捨てるあたりは大したものだが、突っかかってきたところで敵うはずもない。デモンは両脚に――だが太もものあたりに浅い傷を刀で負わせるだけにとどめた。ドロテアは前のめりに倒れたものの、なんとかして立ち上がろうとする。その首の左に、デモンは刃をぐいと押し当てた。笑みながら、「辞世の句でも詠むかね?」と訊ねたのだった。
「殺せっ」
「じつは、そのつもりはないんだよ」
「なんだと……?」
「見所があると言ったつもりだ。女がそうであることは案外尊い。なら、殺せないというものだろう?」
「私に恥をかかせるつもりかっ!」
「そうは言っていない。ただ、無駄死には良くないとは言っている」
「……くっ」
ドロテアは右膝を立て、力強く腰を上げようとしている――が、そうもいかず、観念したように肩を落とすと、潔く、また「殺せ」とのたまったのである。
「だから、殺さんよ。取り次いでもらわんといかんこともあるしな」
「取り次ぐ、だと?」
デモンは刀を引き、そう促し、だからドロテアは立ち上がった。痛みにだろう、少々顔を歪めたものの、表情には弱気な色など見せない。大した女だ、つくづく、面白い――。
「この村――カミナ村を屠れと言ったのは主張者はおまえではないのだろう? だったら、そこに介在しているのはいったい誰の意思なのか。答えてはもらえんかね?」
「おまえが考えているとおりだ。我が国の王、私の父上だ」
「だからわたしは、その王に取り次げと言っている」
ドロテアは眉を寄せた。
「何をするつもりだ?」
「くどいな。だから、そんなの、わかりきったことだろう?」
「あいにく、交渉に応じるようなニンゲンではないぞ」
「それはどうかね。わたしには事を収める自信があるのだが?」
「つまるところ、どうしたいのだ?」
「言わずもがなだと、思うがね」
するとややあってから、心底おかしそうに、ドロテアは笑った。
「そうか。おまえは王をも牛耳る器なのか」
「問答無用でそうだと宣言、あるいは断言しているんだよ」
デモンはデモンで、薄笑いを浮かべたのだった。