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8-3.

*****


 ご丁寧にも、わざわざ宣戦布告があったらしい。わりと誠実ではないかと判断する。明日の昼間に兵を寄越すようだ。大軍かもしれない。夜襲などではなく、日中に攻めてくる点がとにかく潔いと言える。物量を主とする戦力について、相当の、あるいは相応の自信があるのだろう。作戦を立てるべく、今、先陣を切るらしい若者らとの寄合に出ていた、みなが円を成すのは当然であり、揃って円を成しているのだが、雰囲気は著しく暗い。今度こそ凌ぎきれないだろう。そんな思いがありありと窺える。――つくづく弱気なことだ、目も当てられない。


 「こちら側」のリーダーの若い男はジンというらしい。誰よりも暗い深刻な顔をしているものだから、集まった連中の士気も低い。阿保らしいと言える。なにより情けないとしか言いようがない。


「で、諸君よ、問おう、どうするんだ? またはどうしたいんだ?」


 デモンがいやらしい言葉で探りを入れるようにそう問うと、みなが一様にびくっと身体を揺らした。続いて、彼女は馬鹿馬鹿しいとばかりに、首をふるふると横に振った。「おまえたちは男だろう?」と強く言ってやると、それはそれで情けない表情を浮かべ、奴さんらは俯くばかりだ。


「先に申し上げたとおりだよ、わたしは“掃除人”だ、しかも“超級”の。一国をひっくり返すほどの力があると定義されているということだ。相手がどれだけ達者でも負けることはないということだ。だが、そんなわたしではあるが、自らの足で立とうともしない愚者を助けてやるつもりはない。張れ、命を。自らの友人や恋人、それに家族が大事ならな」


 ようやく、勢い良く顔を上げたジンである。一つ頷いてみせると立ち上がった。「みんな、やろう!!」と声を発した。力強い声だ。「デモンさんは女性だ、女性だ、女性なんだぞ! 女性にはっぱをかけられて黙ったままでいるのか! 俺たちは男なんだぞ! 男が立たないでどうするんだ!!」などとのたまった。今の世にあって女性蔑視的な発言はいただけないというものだが、男らしいということは結構尊い。そういうものだろう。周囲のみなも立ち上がり、「おーっ!!」と大声を出した。どうやらただの弱虫どもではないらしい。


「後ろは支えてやる。前に立つのはおまえたちだ。矜持を見せてもらおう」

「もう覚悟は決めた」ジンの言葉は力強い。「ただ――申し訳ない。俺たちが負けたときには――」

「任せておけ。その折には、わたしがすべて、片づけてやる」


 デモン自身が先頭に立てば何も問題はないわけだが、いくら相手が強大とはいえ、男が立ち向かうのは当然のことなのだ。


「今夜は宴だ。酒を飲もうと思う」言って、ははっとジンは笑った。

「ほどほどにしておけよ」デモンは腰を上げた。「できることなら、おまえたちと勝鬨を上げたい。そう願っている」


 そのセリフに、嘘はない。



*****


 思っていたより、ずっと数が多い。昨日、勇ましいことをのたまった男どもはソッコーで軽々とやられてしまったようだ。情けないと言いたいに決まっているのだが、メインの客だろう――二十代後半くらいであろう女を前にすると、なおのこと駆逐されたのも無理はないかと感じさせられた。紫色の豊かな長髪、しゅっとしたなりのその女はドロテアというらしい。第二王女だと名乗った。さんざん戦力を削ってくれたわけだが、デモン・イーブルを前にしては油断なく険しい表情を浮かべたあたり、只者ではないと感じさせた。言ってみれば、奴さんの目利きは大したものだということだ。


「やりそうな雰囲気はある。だが、それだけだ。あえて敬称でドロテア王女、おまえはわたしに敵わんだろうな」


 ドロテア王女は高らかに笑ってみせた。「何を根拠に?」と言いつつ、左手で甘い香りのしそうな前髪――紫髪を掻き上げる。


「そも、どうして第二王女様が訪ねてくるのかね? たとえば第一王子はどうしたのかね?」

「兄上は戦闘向きではないのだよ」

「情けない男というわけだ。臆病者とも呼ぶ」

「否定はしない」また笑みを浮かべたドロテアである。


 ドロテアが両手で持った剣を前に構えた。ほんとうにやりそうな雰囲気はあるのだ。多少は楽しめるかもしれない。そう思いながらも抜刀はしない。居合で一太刀に斬り伏せてやろうと考える。腹あたりが良いだろうか? それとも胸元? デモンはにぃと笑う。


 ――と、ドロテアを追い抜いて、いきなり男がすっ飛んできた。勢いのいい踏み込みだ、上段から一気に剣を振り下ろす。やむを得ず、デモンはそれを刀で受けた、オートの反応に近い、超絶の「受け」だ。「ヒャハハハハッ!!」などと阿呆みたいに大笑いしながら、剣を上から上から押し込んでくる。


「男、誰だ、おまえは」

「ライナス王子様だ。ゴミカスがぁっ! とっとと沈みやがれぇっ!!」


 品のない男だ。

 刀を払うように使い、ライナスとやらを遠ざけた。


「殺すのと犯すことが好きなのが俺様だ! 殺した上でおまえにも早速捻じ込んで奥まで突っ込んでやんぞっ!!」


 誰も訊いていないことについて細かく答えてくれる。まったくもって、下品な輩だ。ライナスとやらの奥でドロテアは眉を寄せている。王子と言ったのだが、恐らくだが、年格好からしてからしてドロテアの弟ではないだろうか。それなりに可愛くは思っているのだろう。デモンは「ふむ」と頷いた。「どちらがかかってくるかね? それとも二人同時かね?」と訊ねた。するとライナスのほうが「クソアマがナマ言ってんじゃねーぞっ!!」と一足跳びに突っかかってきた。「引け、ライナス!」と叫んだのはドロテアだ。ライナスの力量を熟知しているからこそ、危険を察知したのだろう。「引け、ライナス!!」と、も一度声を発したのだ。


 残念。

 もう遅い。


 デモンは圧倒的な速度で刀を振るい、ライナスの右のこめかみから左のこめかみにかけて一刀両断、彼の顔面は二つに分かれたのだった。他愛がない。ほんとうにしょうもない。生まれ変わって出直してこい、だ。


「貴様、よくも――っ!!」

「言葉は不要だ、ドロテア嬢。気に入らないなら、ただただ、かかってきたまえよ」

「悔やんでも、もう遅いぞ!」

「わかっているさ、それくらい」

「なれば!」

「わたしはおまえにしか興味がない。ただ、逃げるというなら追いはしない」


 ドロテアは渋々といった加減で、ほんとうに渋々と――しかし賢明にもくるりと身を翻すと振り向き、「後悔するぞ」と言った。「わたしに限ってそれはない」とだけ応えておいた。愚か者だ。次に会うときはもう少しマシな女であってもらいたいものだ。尻尾を巻いて逃げたことをとにかく恥じてもらいたいものだ。

 ドロテアよ。

 おまえは情けないことこの上ないぞ。



*****


 村の広場の中央で、まさに孤軍奮闘、どらごんさまが爪を使い、炎を吐き、戦っていた。すでに周りには村人の死体しかない。なのにどうして大勢を相手にしてまで身を尽くしすのか。もはや飛び、逃げるべきだ。なにせドラゴンなのだ。そこまでニンゲンに与する必要なんてないだろうに。


 デモンは向かってくる敵兵を簡単に斬って捨て、どらごんさまのもとまで至った。「おがみおばばはどうした? おまえのそばにいるのではないのか?」と訊ねた。「そばにいようとするものだから、もう殺された」そう言ったどらごんさまは、その大きな深緑の瞳から、ぽろぽろと涙をこぼした。そうか。ドラゴンも泣くのか……。


「今一度、問おう。だったらどうしておまえは戦うんだ? もはや守るべきものなどないのだろう?」

「ヒトはそれを成り行きと言うのだろう」どらごんさまは涙ながらも苦笑を浮かべたように――見えた。「この村のニンゲンには世話になった。どれだけ礼を言ったところで足りないくらいだ」


 もはや傷だらけのどらごんさまは、大きな喉をごほごほと鳴らした。多量とまではいかないが、血を吐いたのだった。


「どらごんさまよ、寝床に戻っていろ。ここはわたしが引き受ける」

「ニンゲン風情が何を言う。この数を相手にしては、とても――」

「わたしは最強なんでな。数などはものともしないさ」

「最強? しかし――」

「もう泣くな。誇り高きドラゴンなんだろう? おがみおばばは不幸だった。だが、おまえはまだ生きている」

「……わかった」

「ああ。とっととずらかれ」


 少々心許ない動きだが、どらごんさまは飛び去った。


 デモン・イーブルの正面には多くの兵がいる。数えるのも面倒なくらい多くだ。しかし、連中にとっては残念なことながら、負けてやるつもりも負けることもない。まずは挨拶代わりとばかりに左手から魔法――渦巻く炎を放ち、ゴッと放ち――複数をとっととケシズミに変えた。次は一気に突っかかり、ばっさばっさと斬り捨てる。弱いなぁ、ああ、弱い。これでは軽い欲すら満たしてもらえない。まったく、デモン・イーブルはデモン・イーブルをやるにあたって、ひどく不自由をするものだ。


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