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がたがた述べる馬車の荷の上、自らは揺れ、ゆえにどうやら上りの悪い道に入ったらしいと知る。まあ悪路というほどでもないニュアンスだが、山岳の地帯だとこれくらいの道はあたりまえなのだろう――とやはり知るに至る。
荷台に積まれた干し草の上で仰向けのデモンは、大きな声で「あとどれくらいで目的地に着くのかね?」と訊ねた。御者の老人いわく、「三十分はかからない」。それくらいならなんなく目を閉じていようと思う。あいにくと身体は消耗品だ。使ったら使った分だけ若さにへたれが生じる。美しさを保つために――美しさを保つために? そんなことを重要視しているわけではないのだが、自らを安く見せる気はないというのは本音である。デモンの顔面の左隣にはハシボソガラスのオミの姿。なんの意味があるのかわからないが、奴さんは「カァ」と鳴いた。「やかましいぞ」と注意してやる。「ごめんなんだ」としおらしいところをみせた。時に物分かりがいいカラスである。尊いから笑える――。
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集落らしい村の名は「カミナ」。近くで降ろしてもらい、デモンは出入口と向き合った。村はのっぽな杭に囲まれている。いかにも頑強そうな防御、装い、立ち居振る舞い。危なっかしい事態に見舞われるケースがあるからだろう、出入口の前には警備のニンゲンが立っている。そんな剣呑な身構えがある一方で、すぐそこの大木の幹に背を預けている、十にすら満たないかもしれない――場違いなくらい朗らかそうな少女は近くまで来ると、恭しく
妙に思いもしたのだが、そのあたりは特段というか全然気にしないことに決め、「まずは宿が欲しい」とデモンは伝えた。「金髪にグリーンアイの少女よ、請け負ってくれるかね?」と続けた。
「金髪? グリーンアイ?」少女はきょとんとした顔で首をかしげた。「それは、私のこと?」
「そうだ。鏡くらいはみたことがあるだろう?」と肯定。「おまえは愛らしいし美しい」
てへへ。
そんなふうに、少女は照れてみせた。
「少女よ、おまえの名は? なんというんだ?」
「セイラだよ?」
「だったらセイラ、おまえのもっぱらの仕事はなんだ?」
「こうして旅のヒトを捕まえて、村に案内することだよ?」
「やはりな。と、いうことは、たとえばおまえの父親は宿の主人だとか?」
「わぁ、すごい。どうしてわかるの?」
かまをかけてみただけなのだが正解か。
デモンは小さく肩をすくめてみせた――そこには深い意味も意図もない。
「とにかく中に入れてもらいたい。話はそれからだ」
「入っていいよ? きっとみんな歓迎するよ?」
「歓迎?」
「だっておねえさんは美人だから」
凡庸で俗っぽい意見――理由だなと思いつつも、まあそれならそれでいいくらいに思った。
美人という文言を否定するつもりなどない。
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デモンは村の中に足を踏み入れ、セイラの先導で宿を目指し、やがてそこにたどり着いた。宿の食堂でうまくもまずくもない夕食をとる――と部屋に戻り――まもなくして部屋のドアがノックされた。「入っていいぞ」と告げる。現れたのはセイラだった。きょろきょろするので「座っていいぞ」と言ってやる。ベッドの端に座り、両脚をぷらぷらさせるセイラだった。
「なんの用だ?」
「おねえさんの目的はなんなのかな、って」
「面白いことを探して、歩いている」
「面白いこと? ひょっとして、世界中を?」
「そんなところだ。この村には、何かないかね?」
セイラは腕を組み、「うーん」と首を捻った。「あることはあるの。どらごんさまなの」と言った。デモンは首をかしげ、「どらごんさま?」と訊く。そしたらセイラは「あっ」と発して口元を両手で覆った。言ってはいけないことを言ってしまった――そんな感じである。
「どらごんさまとはなんだ?」
「それは……」そこまで言って、セイラは自らを納得させるように一つ小さく頷いた――何かを決意したようだ。「この村の守り神さまは、真っ赤などらごんさまなの」
「ほぅ」
ドラゴンにお目にかかったことがないというわけではない。奴さんらはなにやら得も言われぬ神々しさに満ち満ちているので、姿を拝むだけでも楽しいと言える。そういう種族はそういうものだ。
「守り神というのはほんとうか?」
「うん。村が他の誰かに攻められたら、いの一番に一緒になって戦ってくれるの。どらごんさまがいないと、この村はとっくに他の国のものになってるって、みんな言うよ?」
「会わせてもらえないかね?」
「いいよ?」
「いいのか?」
「うん、でも、殺すの……?」
「ん?」
「殺すのって、訊いたんだよ……?」
デモンは怪訝さに眉を寄せ、「どうして殺す方向で話が?」と問うた。
「だって、今まで、そういうヒトはいたもん……」
「わたしはその限りではないよ。単なる興味だ」
「ほんとうに?」
「嘘は言わん。それだけが、わたしの美徳なんでな」
「美徳って、なあに?」
「そのへんは知らなくたっていい、年を重ねれば、じき、知れる」
セイラは考えるような素振りを見せる。
――今度はドンドンドンッと乱暴にドアがノックされた。
セイラがデモンの表情を窺い、デモンが頷いて見せると、セイラは進んでドアを開けた。「おう、セイラ、こんばんは」と、多少元気で乱暴な挨拶があった。その人物に対し、「ブンタ、どうしたの?」とセイラは訊ねたのである。
つんつん尖った髪型――赤毛の――セイラと年恰好はそう変わらない少年は、ブンタというらしい。ブラウンの瞳は非常に澄んでいるように映る。
「なんでも、セイラが興味を持ってるみたいだからっていうからさ」
「誰に聞いたの?」
「セイラママに決まってるじゃんか」ブンタがデモンに顔を向けた。「面白い客って、なあ、あんたのことなんだろ? 名前は? なんていうんだ?」
なんとも小気味良く生意気な調子で物をくっちゃべる少年である。
優しいデモンは名を教えてやったわけだが――。
「やっぱり、どらごんさまに会いたいのか?」
「察しがいいな。少年よ、そのとおりだ」
「会おうと思えば誰だって会える。どらごんさまはいい奴なんだ」
いい奴、か。とはいえ、なにより信仰の対象ではないのか? どうあれ、どらごんさまとやらが慕われていることの証左は数多あるのだろうが――。
「明日、俺が案内してやるよ」
「ほんとうに会えるのか?」
「問題ねーよ」
だったら、言葉に甘えようと考えた。
「私も行く!」
「わかってるって。セイラはほんと、どらごんさまが好きなのなー」
セイラはまた「てへへ」と右手で頭を掻いた。
「どらごんさまはどこにいるんだ?」とデモンは訊いた。
「歩いてちょっとのところだよ。大きな洞窟なんだ」とブンタは答えた。
「歩くのは苦手なんだがな」
「だったら、馬車を頼んでもいいけど」
「冗談だ。運動不足に陥るのは、著しく良くない」
ブンタはにこっと人懐こい笑みを浮かべると、「じゃあ、明日の九時な。迎えに来るから」と言い、立ち去ったのだった。
「ドラゴンだ。確かにオーラがあるのだろうが――」
「どらごんさまは、ほんとうに守り神なの」セイラは二度、こくこくと頷いた。「どらごんさまが守ってくれるから、この村は、今もあるんだよ?」
「それはもう聞いた。しかし、現実的にそうあるということは――」
「そうなの。隣の大きな国が、ときどき攻めてくるということなの」
「だから、その旨ももう知らされた。制圧されていないのは――」
「そうだよ? それもこれも、どらごんさまのおかげなんだよ?」
デモンは「つくづくわかったよ」と返事をした。
「さて、セイラ、わたしはそろそろ眠りたい。出ていってもらっていいかね」
「うん。デモンさん、おやすみなさい」
「デモンでいい」
「ほんとうに? だったら、デモン」
「なんだ?」
「デモンはほんとうに、すごく美人だね」
「それも把握している。当然すぎて、じつにしょうもない感想だ」
デモンは今日も揺るがない。