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タロンの町の郊外――「小さな森」にいる。森だ。「小さな」とは文字通りそうらしいが、確かに頭上に緑の葉が生い茂る一帯だ。敵の気配はしないので、すたすた歩み、前だけを見て進んでいた。――あちこちに細切れになったヒトの部位が落ちている。血の乾き具合から見て、どの死体もまだフレッシュだ。鮮やかな切り口は、使い手の優れた技量を匂わせる。殺人に長けている――素晴らしいなと感じさせられた。
「ギアニーっ!!」
大きな声を発してみた。様々な事象、事情を勘案した結果として、そう遠くない場所に「彼」がいるのだろうと察したからだ。しかし返事はなく、むしろ空気を伝うようにして攻撃的な意志のみ感じられ――。
デモンは大木の陰に隠れ、ふぅと一つ、吐息をついた。ばんばぁんっ!! と銃声のようなものが鳴り響いた。戦えと言っているのだろう。戦うと言っているのだろう。まったく、いい気なものだ。奪う側の優位性を感じている――ちょっと許せないな、許したくないなと考える。ぶっ殺してやることについて、やぶさかではない。
追ううち、赤いベレー帽をかぶったギアニーを視認するに至った。まもなく奴さんもデモンに気づき、だから発砲、狙撃銃を撃ってきた。糸を引くような軌跡を描き迫りくる弾丸――を、これ見よがしに刀で弾き、ささと逃げるギアニーの後をささと追う。まずはギアニーを動けなくしてからだろう。何を訊くにも、何を問うにも。だから追う。ギアニーはまるきり逃げに徹しているわけではなかった。隙を見て、撃ち返してくる。強力に違いない弾丸を放つ鉄砲だ。当たるわけはないのだが、それでも慎重に、木陰から木陰へと影を移し、後を追う。
そのうち、背に追いついた。デモンの数メートル先にて足を止めると、ギアニーはごつい銃に新たに弾を装填する、リロード。落ち着いた感のある作業だ。何も怖がっていないように見える。目の前に敵がいるというのに大したものと言える。
やる気満々。その旨、示すように、はっきりと抜刀してみせてやった。ギアニーが銃を向けてくる。しかしすぐに銃口を下にし、「あっけない。が、どうやら私の負けのようだ」などと軽々に言った。汗だろう、額を拭うと口元だけで薄く笑いもした。潔さは賞賛したくもなるが、手の内を明かすような諦観した様子には胡散臭さを感ぜざるを得ない。ここ、「小さな森」は言ってみれば非合法の狩場であり、また狩猟の対象は「ニンゲン」だということもあり、となると、それを主催しているらしいギアニーや彼を取り巻く『スペシャルズ』とやらはえらくきな臭い、となる。よって話を整理したいところだ。ギアニーは動かない。デモンも様子見の姿勢を崩さない。話をしようと試みる。
「ギアニー、おまえは魔法を使わないのかね? 斬撃の魔法だ。ライザを殺したようにだ、ほら、やってみろ」
「私がしたことではないと申し上げたつもりだが?」
「だったら、誰の仕業だという話になる」
「決まっているだろう?」
「つくづく、おまえはそんなふうにのたまうようだ。しかし、わたしの目から見た場合、おまえとイクミのあいだには、それほどまでに強い絆みたいなようなものは感ぜられないというんだよ」
「それはそうだろう」言って、ギアニーは笑ったのである。「私も彼も、お互いがお互いに好いている箇所はあるかもしれない。実際、彼は私を敬うようなことを言ってくれる。つまらない世にあって、邪なまでに欲望に忠実な輩だとね。納得がいく評価だ。私はもう、百二十年も生きているのだからね」
ああ、疑わないでもらいたい。
老人はそんなふうに述べ、笑ったのである。
老人の動きは速かった。狙撃銃――弾丸を一発放ったかと思うと、「ははっ!」と笑い声を上げ、軽快に木々の合間へと駆けだした。一切動じることなく、デモンは奴さんの後を追う。狙われた。視界が開けた場所に出たところで不意打ち、左右から猟犬の挟撃に遭った――ものの、その二頭をすんなりやりすごしながら、前を向く。ギアニーまでにはまだ少し距離がある――彼が目をらんらんと輝かせているのが見えた。笑いをこらえるような顔をして銃口を向けてくる。ぱぁんっと放たれた。弾丸の軌道、その未来予想図は見えたし、だからまっすぐに駆けた。かわすのなんてわけない。やがてギアニーの眼前にまで至り、もはや語るまいと考え、速やかに首を刎ねた。小さな森。そこにあった惨状。すっかり首がなくなったギアニーの死体を見下ろしていると背後に気配、拳銃の口を背の真ん中に突きつけられた感触――「イクミ・ガラハウか?」と問うと、まるきり軽々しく軽薄な口調で「そうだよ、久しぶり」と返してきたのだった。
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ギアニー邸、仰々しい暖炉が設けられた一室において、椅子の上にてデモンはイクミ・ガラハウと向き合っている。主人を亡くしたわけだが、老年の執事は気落ちする様子もなく、ただひたすら注文したとおり、ウイスキーの水割りを用意してくれた。
「デモン・イーブルは律儀な女性みたいだね」感心したように言うと、イクミはクスクス笑ったのである。「だったら、もう少し、話をしてみないと」
当然、「なんのことだ?」と、眉を寄せたくもなる。「先を紡げ」と問い質したくもなる。
「先、か。そんなことはね、どうだっていいんだよ」イクミは肩をすくめてみせた。「ただ、僕は、優れた異性との時間は蔑ろにしたくないんだ」
「ああ、いかんな、それは。そういう言い方をすると、このご時世、メチャクチャ嫌われてしまうんだぞ」デモンはくつくつと喉を鳴らして笑った。「ああ、まったくもって、愚かしい時代になったものだ。男と女は正しく定義されるべきなのに、な」
「おしゃべりを続けても?」
「かまわんよ」
「ん?」
「かまわんと言った」
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ギアニーが愛したらしい緑の庭を、イクミとともに訪れた。枝の上――青い色をしたまあるいフォルムの鳥が高い声で鳴いたのが見え、聞こえた。木の下にあって、木陰は深い――イクミが振り返り、口元ににやと笑みを浮かべたのがわかった。皮肉めいた笑顔なのに絵になる。まったくもって嫌味な男だ。美しいからこそ、なおさらそう言える。
「ギアニー氏の死が事実として報道される」
「そうだとして、そこに何か問題でもあるのかね?」
「わかるだろう? この街、この国にとっては、殊更に大きなことなんだよ」
優雅な口調に感じられ、だからだろう、デモンはデモンで幾分の腹立たしさに見舞われた。一応、その旨、顔には出さなかったが。
「名前だけは覚えておいてほしい。僕は、イクミ・ガラハウという」
「それは知っているぞ。もう聞いた」
「念押しだよ。きみにはしっかり記憶してほしいんだ」
葉の合間からオミの奴が舞い下りた。デモンの左肩にばさばさ乗ると、「いい名前だね、覚えたよ」などと述べた。カラスがしゃべったというのに、イクミは驚いたようなところを見せなかった。
「そもそもスペシャルズとは、なぁ、デモン、どういうものだと思う?」
「見当もつかんが?」
「じつは移民財団なんだよ」
「移民?」
「そうだ」
なんでも、ギアニー・ヴァロに頼るニンゲンで構成されていて、その生き様に凄味を感じ、彼を信奉していれば「天国に行ける」などと考えるトンデモ集団らしい。まあ、あるいはヒトならざる者かもしれないのだから奴さんを信じることは自由なのだが、にしたって――。そのじつ、ギアニーを頂点とした国家を夢見る連中ではないのか。――そう考えると寒気は覚えないまでも、気味の悪さくらいは感じる。あってもいいが、あったらあったで気色悪い。
イクミが「それじゃあね。きっとまた会える」と言って、身を翻した。立ち姿からして只者ではないのはわかっていた。体幹がしっかりしている感があり、名前を忘れることはあっても、その後ろ姿は忘れることがないだろうと思わされていたのだ。
望まれたとおり、また会うことがあり得るのだろうか?
奴さんがやり手の大人物なら、その可能性は大いにあるだろう。
バイバイ、イクミ・ガラハウ。あらためて、とことん、ひとまず、なあんとなあく、「サヨナラ」を謳っておく――つくづく「また会おう」だな(笑)