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ギアニー・ヴァロ邸。いろいろあったというのに、また、先の予定もあったかもしれないのに、訪ねたところ、例の老年の執事の案内によって、くだんの間――暖炉の一室へと招き入れられた。大人しいえんじ色のカーディガン姿のギアニーはすでに椅子に腰掛けていて、前屈みの姿勢で口にパイプをくわえていた。「やぁ。いらっしゃると、思いましたよ」との文言には気味悪さを覚え、にぃと笑む様にはより大きな気味悪さを覚えた。
「仮に本件に関わり合いがなかろうと、おまえはフツウではないようだな」
「刀は? 置いてもらえませんか?」
「主人はおまえだ。かまわん、従うさ」
デモンはそれを床に置きつつ、椅子へと腰掛けた。刀を挟んで向き合う格好の二人――。執事が刀を回収しようとしたので、デモンは怒り身構えた猫のごとく「きしゃーっ!!」と声を上げた。無論、おふざけだ。腰を抜かしたように尻餅をついた執事のことを、彼女はひどく笑ってやった。
「喜んで、話に応じようではないか。だから、ミス・イーブル、私の執事をあまりいじめないでおくれ」
皮肉るように、馬鹿にするように、デモンは今日もそんなふうに、「いいから、知ってることはとっとと吐け、のたまえ、ご老人、渋るようなら遠慮なく殺すぞ」と言い放った。
「だから、ミス、――ああ、誰だったかな、名前は……ああ、そうだ、ライザくんだったかな? 彼女は優秀な記者であり、だからこそ私には彼女を悼む言葉しか口にできな――」
「ダルいんだよ、ギアニー。化かし合いはナシにせんかね?」
「私が彼女を殺したとでも?」
「くどいな、だからそうだと言っている」
どうして?
大仰なくらい、両手を広げてみせた、ギアニー。
「わからんから訊いている。彼女は真っ二つだったそうだぞ。頭から股間にかけて真っ二つ、だ。死する瞬間は、さぞイケたのかもしれん。二つに裂かれて気持ち悪がる女がいようはずもない。なあ? そういうものだろう?」
「ミス、あなたになら、可能ではないのかな?」
「だな。だが、じつはそう簡単ではないんだよ。力が要る。素直な、腕力だ」
「しかし、魔法の
「話が早くて助かる。だからそう、そのとおりだ」
デモンは椅子にふんぞり返り、腕も脚も組んだ。
「重そうな乳房を目の当たりにすると、まとめてちょん切りたくなるというものなんだがね」ギアニーの笑みまじりの邪な言葉、声色――その細い肢体はなんだかカマキリが背を丸めているように見えてきた。「その点で言うと、ライザくんはからきしだったね。だから私は犯人ではない――という言い分は、あなたにとって不可解に映るだろうか?」
「そうでもないさ」デモンはかぶりを振った。「阿呆や馬鹿という概念について、わたしは造詣が深いんだよ」
「であれば、話をしても? 至極冷静に」
「かまわんと言っている」
「だから、冷静に、冷静にだよ、ミス」
場を落ち着けるように、まあまあと両手を動かたのはギアニーである。
「わたしにはくそったれに見えてしょうがないんだが、ギアニーよ――」
「冷静に、冷静に」
「だからなぁ――まあいい、つまるところ、『スペシャルズ』とはなんだ? そろそろ教えてはくれんかね?」
ギアニーは心底意外そうに、まるで心外でしかない問いかけに出くわしたかのように、「私の支援団体だ。それが何か?」と、わざとらしいまでに首をかしげてみせた。「ふはっ」と発したかと思うと、「ふははははっ!」噴き出し、右手を左の膝に何度も叩きつけ、キチガイみたいに笑った。狂人然とした振る舞いであり、非常に好感が持てる。
ぎょろぎょろと左右に目を動かし、ギアニーは両手で痩せた腹を叩いて笑った。
「私について否定的な記事を書くものだから、ライザくんは殺されたのだろうね。関連性、そこにある蓋然性、そのファクターのようなもの――とでも言えばいいかな、そのあたりを証明することができれば、この国の警察も優秀だと評価できる」
「おやおや、自らが犯人だと謳ってどうするね?」
「はっはっはっ、まったくもって、そのとおりだ」嘲笑の涙でも浮かんだのか、両の目尻を右手の人差し指でなぞった、ギアニー。「あー、おかしい、おかしいな。しかし、私は宣言しておきたい」
「だから、何をだ?」
ギアニーは左手の人差し指をピンと立てた。
「私は、この世界に飽いている」
聞かされ、デモンは「ほぅ」と頷いた。
「しかし、いつの世にとでも言うべきか、あるいはどの世にとでも言うべきか、とにかく、友人と出会う可能性はあるらしくてね」
「友人?」
「そうだ、友人だ」腕を組み、ギアニーは満足そうに頷いた。「スペシャルズに話を戻そう」
「語ってくれるのかね?」
「そう言っているのだよ。スペシャルズとは、すなわち、この私について肯定的なニンゲンの集団のことを指す。彼らは私を、決して否定しない」
「それはもう聞かされたが、すなわち、魔法の万能性の信奉者らだ」
「そのとおりだ。私の長寿の秘訣は魔法にあると思っている」
愚かしい限りだろう? そんなふうに笑う老人――ギアニーこそが、最も愚かしいように映るのだが。
「私にだけあてはまることがある。私にだけ許された成分がある」ギアニーは右手を顎にやり、卑屈そうに眉尻を下げた。「彼らはね、そのように解釈しているんだよ、ミス」
聞けば聞くだけ馬鹿馬鹿しい話であるように思えてきた。ゆえに、そのセリフも口振りも「ああ、おまえはなんてどうでもいい存在なのだろうな」と乱暴なものになった。
――すると、だ。一転、ギアニーは馬鹿みたいな笑い声を上げることをぴたりとやめ、まるで聖人のような静謐さを顔いっぱいにたたえ、「また会うことになるでしょうな」と言った。多少、訝しむところを見せつつも、デモンは「わかった」と小さく首を縦に振った。辞去を勧められるだろうと考えたのだが、むしろ向こうからいなくなった。老年の執事が開けた戸からギアニーは去り――入れ替わるようにして男が現れた。目立つ若者だったからぎょっとした。ちょっと見ない外見にぞっとした。ついつい、いきなりだが、「お手上げだ」と両手を広げてしまったくらいだ。それほどまでに美しい。「デモン・イーブル、老人の相手は疲れるだろう?」と気安く声をかけられ、だがそれが嫌ではなかったから、「おまえが退屈なニンゲンではないことを祈ろう」とデモンは握手に応じた。
「僕はね、イクミという。イクミ・ガラハウだよ」
「記憶した」
二人は椅子の上で、互いにくすりと笑みを浮かべ――。