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7-3.

*****


 まだ昼前、左肩にはオミがいない、ギアニー・ヴァロ邸。執事の老人に導かれ、目当ての人物との形式的な挨拶は居間でのことだった。立派な暖炉があって、外も内もそう冷え冷えとはしていないと感じるのだが、ギアニー・ヴァロいわく「寒がりでしてね」――暖炉に火が入っているということだ。暑苦しいのは正しくないからデモンは嫌だなぁウザいなぁと心の底から思った次第だが、それくらいなら我慢しようとも考えた。デモンとライザはそれぞれ背もたれ付きに腰を下ろし、ギアニーは向かいの豪奢な椅子に座った。事前にライザからくだんの男は「百二十三歳なのですよ」と聞かされていた。短い茶髪にぎょろりとした丸い目――老人には違いないが、若々しい。いいとこ七十代くらいだろう。まあ、百を超えたニンゲンの容姿になど、そうそうお目にかかる機会はないのだが――だから姿形はどうあれ、言ってみればどうでも良いのである。


 ライザが手帳とペンをハンドバッグから取り出し、早速、「インタビューをさせていただきたいです」と切り出した。鷹揚な感たっぷりに、ギアニーは「なんでしょう?」と脚を組んだ。「きみはしつこいようだね」と発したのは嫌味だろうか――否、そんな小物ではないように映る。事実を述べただけだろう。


 ライザはのっけ、「ギアニーさん」と呼びかけたわけだが、その口調はどことなく幼げに聞こえた。そういう人物なのだ。


「率直に伺います。昨今、この界隈で起きている事件、あるいは事故、ギアニーさんはそれらになんらかのかたちで関与しているという噂なのですけれど、いったい、どうなんですか?」


「関与、とは?」ギアニー・ヴァロの低い声は落ち着きに満ちている。「そもそも事件、または事故ですか? そういった事象は、何を指すのでしょうか?」

「ヒトがたくさん死んでいます」

「たくさんの定義とは?」

「そこは重要ではありません」


 ライザってば意外と攻め込む物言いをする。力強いということだ。ギアニーも「つくづく面白いお嬢さんだ」――そう言って、くつくつ笑ったのだった。


「ライザさん、早速で恐縮なのですが、話を変えませんか?」

「と、いいますと?」

「あなたが思うところを訊いてください」

「よくわかりませんね」と言い、ライザは「はぁ」と吐息をついた。「なんやかんやで、まだ伺っていませんでした。公言されているのは、ほんとうのご年齢なんですか?」

「嘘を広げる理由がない」ギアニーは「ははっ」と軽い調子で笑った。「多くの方は、なんらかの魔法だと思っていらっしゃるようだが」

「違うのですか?」

「あったら便利なものですね。愉快とも言う」ギアニーの表情、振る舞いには余裕が感じられる。「私は一般的に定義される魔法使いであるのかもしれないが、それ以前に事業者です。実業家とも言いますね。金の使い道に困っているんですよ。私は私自身で人生に終止符を打ちたいものですから、これ以上、多くは語りません」

「誰もそんな話はしていないのですけれど」

「では、どういう話だと?」


 その不可思議な魔法については積極的に行使していないだけ。

 ライザはそう口にすることで、その可能性を疑った。


「だったらなにゆえ、その魔法を使わないと?」

「それがわからないから、知るために、私は足繁く通っているんです」

「仕事熱心なのは良いことですね」

「いい加減、手の内を明かしてくださいよぅ」泣き言を吐くようにライザ――。「私、いい線、いっていると思うのですけれど? 明かしてもらうには、まだ何か足りませんか?」


 たとえば――。そんなふうに前置きし、ギアニーは「私が機械仕掛けだとしたら?」などと言った。思わぬ問いかけだったのだろう、「えっ」と、ライザは驚いたようだった。


「私の身体の多くは機械でできているのだと言えば、それはそれで受け入れることはできませんか?」


 ライザはどこか不服そうに「そんな技術、耳にしたことがありません」と答えた。確かに、聞いたことがない。だが、自分が知らない、言ってみればテクノロジーのようなものも、世にはあるのではないかとも考える。


「私の身体は奇跡なのでしょう」それがギアニーの答えらしい。「だから、私を崇め奉るニンゲンが少なからず現れる。喜ばしいとは言えないまでも、嘆かわしいこととも言うことができない。私を慕う組織、あるいは組織のニンゲン、まあ、可愛いものですよ」

「それが答え――ですね?」

「ええ。ご納得できないようであれば、またいつでもお越しください。いつも在宅とは限りませんが」


 わかりましたと言って、ライザは席を立った。ぺこりと綺麗なお辞儀をした。デモンも続こうと考え、辞去すべく椅子から腰を上げた。


「お嬢さん」


 とは自らに投げかけられたのだろうと思い、デモンはギアニーの目を見た。真ん丸な茶色い瞳には人間らしい色が一つもない。「機械」との物言いを信じたくもなった。


「あなたはずっと黙っていた。あなたの声を、私は聞いていない」


 デモンは無視して、身を翻した。

 後ろから、甲高い、嘲るような笑い声が聞こえた。


 否が応でも、ちょっと只者ではないなと感じさせられた。物理的にも論理的にも飛躍している。面白い人物だと感じないほうが嘘だろう。



*****


 宿へと戻り、夕食は奮発し、鉄板焼きを前にした。野菜一つをとってもうまく、特に人参がとろけるように甘くて美味と言えた。注文を付ける格好で一口大のステーキを小皿にのせてもらい、それを部屋に持ち帰った。窓を開けて数秒、肉の匂いをきっちり嗅覚でキャッチしたらしく、オミが入ってきた。丸いテーブルに舞い下りると、ステーキの皿の前で――このへんはかわいらしいのかもしれないが、生真面目に「いただきます」を言った。「すでにおまえの物だよ」とは言っていないのだが、がっつきはじめた次第である。気の早い御仁だ。貧乏くさい奴だとも言える。食事くらいゆっくりととってもらいたいものだ。


「牛肉には赤ワインなんだ」

「やかましい」

「食後のコーヒーでもいいんだ」

「やかましいと言った」


 ロッキングチェアに座っているデモンは手を伸ばして、丸テーブルの上のグラスにウイスキーをそそいだ。飲み、味わうようにしてこくと喉を鳴らす。つい、「まずくはないな」と口から漏れた。


 食事を終えたオミがデモンのほうへと向き直り、くりっと首をかしげた。


「いい時間を過ごせているのかな?」

「ほぅ。カラスごときが、なかなかに深い問いかけだな」

「百二十三歳の老人は、どんな感じだったんだい?」

「極めて健康そうだった。年の半分くらいに映ったものだ」

「それでもほとんど老人なんだ」

「そのとおりではあるな」


 デモンはロッキングチェアをゆっくり前後に揺らした。


「もう少し、話を聞いてみたい――そう思わせてくれる時点で、まあまあ、興味深い人物だと評価できるのだろう」

「じゃあ、明日も会うの?」

「その予定だ。連れていってもらいたいとでも?」

「そのとおりなんだ。見識を深めたいんだ」

「馬鹿め。カラスはじっとしていろ」

「馬鹿めは酷いんだ」

「ああ、わたしは酷いんだ」


 さらにウイスキーを口にした。テーブルの上にはじつは冷めたコーヒーがあって、カップにくちばしをつけ、器用に飲んだオミである。コーヒーをたしなむカラス。あまり聞いたりしないだろう。


「ぼくは明日もうまいこと街の上を旋回して、うまいこと暇潰しをするんだ。何か面白い話が得られたら展開してほしいんだ」

「気が向いたらな」

「明日は雨が降るみたいなんだ」

「なぜそう思う?」

「なんだか翼がしっとりしていて」


 なるほどな――と納得がいった。


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