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曇天もあいまって、まるでモノクロのタロンの市街地。荷物を宿に置いた上で、今は、とある新聞社の前に立っている。小さい建物。白い壁はだんだら模様に黒く薄汚れている。面白い事、物を得ようとした場合、耳の早い連中を頼るのがセオリー――。馬車のキャビンで一緒だった中年男の言葉を信じて、社屋に消えようとするニンゲンを、まあ偉そうに「おい」と呼び止めた、「おい」とはほんとうに横柄な限りだな――。振り返った茶色のロングヘアの人物は幼いほどに若く映る女性だった。まあるい黒縁眼鏡のレンズ――その奥の瞳はつぶらで大きい。きょとんとした顔で「はい?」と首をかしげてみせた。怪訝に思っていることだろう。そんな立ち居振る舞いも、また愛らしい。
「なんでしょう? あねさん」
いきなり「あねさん」ときた。
此度もまた、変わった奴に出くわしたようだ、無礼な女子とも言う。
デモンは必要事項――「『ギアニー・ヴァロ』と『スペシャルズ』を追っている。知っているか?」とだけ口にした。黒縁眼鏡の幼顔は目をらんらんと輝かせ、「おぉっ、惹かれるお話です。興味アリですか?」と口にした。じつに弾んだセリフだった。
「あねさんはよそ者でいらっしゃいますよね?」
「よそ者ではある――が、あねさんはよせ。わたしはデモン・イーブルだ」
「おぉっ、じつに不吉なお名前ですね。了解です。それで、デモンさん、ギアニー氏に何用なのですか?」
「いっぷう変わった人物だと耳にしたんでな。どのように変わっているのか、そのへんを知りたい。場合によっては、会ってみたい」
「物好きですねぇ」
「所詮、人生なんて死ぬまでの暇潰しだということだ」
のっしのっしのっし。そんな感じで大きく歩を進め、黒縁眼鏡の幼顔は「そのとおりなのですっ」と語尾跳ねで言い――意見に同意してもらえたことは意外な事とも解釈できるのだが、とにかくデモンの右手を両手で握ってきたのである。「人生は暇潰し」などという戯言――否、真理だ。そのへん理解できるあたり、捨てたものではないのかもしれない、しかし、キラキラした眼差しのうっとうしいことうっとうしいこと。馬鹿な奴は馬鹿だと突っぱねたくもなるものの、それはともかく――。
「私はタロン・タイムズ紙のライザ・ウィンです。ホープなのですよ。よろしくお願いします」
「ホープうんぬんはどうだっていいが、ああ、こちらこそ」
デモンの左肩の上のオミが「カァ」と鳴いた。
「ひょっとしてそのカラスさんは、おしゃべりしたり?」
「ほぅ。どうしてそう思う?」
「だって、とても賢そうですから」
オミは今度は一つ、満足そうに「カァ」と鳴いたのだった。素直なカラスだ。馬鹿とも言う。愚者とも呼ぶ。
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しょぼい応接スペースだ。テーブルを挟んで向かい合う格好でソファが置かれているのだが、黒革はおんぼろである。ところどころ、中綿が剥き出しなのだ。取り繕うつもりすらないらしい。だからこそ、じつに潔いとも言える。なんともブン屋っぽい側面が窺える一角ではないか。
「あねさんは――」
「だから、あねさんではない。デモン・イーブルだ」
「そうでしたそうでした、デモンさんです」ライザはてへっと舌を出してみせた。「ギアニー氏とスペシャルズに興味がおありだと?」
「そう言ったな」
「帯刀されていますね。その道のヒトですか?」
「だったら、なんだ?」
「一緒にするのはなんなのですけれど、ギアニー氏も物騒な方だと評判なのですよ」
デモンは「ほぅ」と唸り、つまるところ、「すなわち、悪人なのか?」と誰に忖度することもなく訊ねたのである。
「そういう噂が絶えないということです」
「噂レベルなのか?」
「はい」ライザは大きく頷いた。「黒い話は多々あれど、何一つ、それらしい証拠は得られていないんです。だからこそ、追いようがあるといえばそうなのですけど……」
左肩の上のオミが「カァ」と発した。やかましい。特段の意味も脈絡もなく鳴くのはやめてもらいたいものだ、いよいよ馬鹿に映りかねないのだから。
「しかし、おまえはなんらかの確たる理由があるからこそ、くだんの人物を追っているんだろう?」
「そうなんですけど、軽々とあしらわれているように感じています」
「となると――」
「はい。ぼろを出さない自信があるのだろう、と」
「賢いニンゲンであるようだな。ヒトはそれを大人物と説く」
「だからこそ、追いかけ甲斐があるというものです」
ま、そのとおりだろう。何かあると睨んだら追いつづける。ブン屋らしい意欲であり、また、好奇心旺盛なニンゲンらしい興味と言える。
「ギアニー氏には、次はいつ、会うんだ?」
「明日です。えっ、ひょっとして――」
「ああ。連れていってもらいたい」
「なぜですか?」
「言ったろう? 人生とは暇潰しの連続だと」
「そのご意見には納得も合点もいくのですけど……」
顎に右手をやり、少し考える素振りを見せたあと、ライザは「わかりました」と頷き、快諾してくれた。ただ、「編集長にも話を通しておきます。ただ、ギャラは期待しないでくださいね?」と注意書きを寄越しもした。言うことはもっともだ。従うしかない。従わない理由もない。
「了解した」
デモンは席を立ち、「話がわかる女で良かったよ」と言った。
「じつのところ、私は何も得られないことを望んでいるのですよ」
「どういうことだ?」
「危険なニンゲンなんて、いないほうがいいに決まっています」
賛同できる意見だが、それではデモン・イーブルはつまらない――。