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6-7.

*****


 明るい空、湿り気の一つもない朝、巨大な白亜の建物――お偉いさんが住まう場所に向かっている。足取りは軽やかとは言えないが、それはいつものことだ。ピクニック気分であることのほうが珍しい。


 左肩の上のオミが、「で、結局、どういうことなんだい?」と言った。「どうして御上のもとに赴くんだい?」と訊ねてきた。


「一応、王と呼ぶべきか、そんな輩がわたしに会いたいそうだ」

「きみに?」

「そうだと言った」

「どうしてかな」

「知らん」

「殺されたりして」

「それならそれで面白い」


 はっはっはと笑ってしまう。


 ほんとうに、空が高い。

 抜けるような青空とはこのことだ。


「ララとエミリアは? わかり合うことができた?」

「酒を飲み、笑い合ったと聞いた」

「尊いね」

「そもそも、男にもたれかかる必要性などなかったんだろう」

「そうなのかなぁ」

「答えはヒトそれぞれの胸のうちにあるということだ」

「きみはときどき、クサいことを言うんだ」


 阿呆なカラスに嘲笑されてしまった。



*****


 もはや初老と思しき白髪に白髭の王――力無き王は、片膝をついているデモンに向かって、玉座の上から「本件について善悪を問おうとは考えていない」とのたまったのだった。


 感心なことだなと思いつつ、デモンは「それは『ブレイブ』も不問に付すということですか?」と一応、敬語を使った。


「そのとおりだ」と、王。「ただ、いろいろと勘案し、さまざま手を打つことにはなるだろう。そのあたりの事情はわかってもらえないだろうか」

「理解はできますが、王よ」

「なんだろうか?」


 デモンは顔を上げ、王の目を睨みつけた。毅然と対応しようと見せているだけで、見せかけているだけで、じつは気弱な人物なのだろう。すっと目を逸らした。じっとは目を合わせていられないらしい。


「今回のいざこざにて、ヘルゲとジェイソンなる男が死んだ。それはご存じだろうか?」

「あ、ああ。聞き及んだ。知っている。だが……」

「だが?」

「ペネロペ・ソリン……彼女に端を発した一派が反旗を翻した理由が、いまいちピンとこんのだよ」


 ああ、こいつはダメだなとデモンは直感した。

 ピンとこないとかほざいてしまう時点で、王としての資質を欠いている。


「この国――いえ、この地区、それは『フィフス』というのでしょう?」

「そうだが……」

「そのような体たらくを良しとしているあなたに問題があるという話だ。誰も『タイタン』の支配など望んでいない。国を、国の名を奪われたんだ。誇りがあるなら、それは誰も認めない」

「し、しかし、やむを得ないことであって――」

「人々のことを思ってのお言葉か?」

「そうであるに決まっているだろう?」


 手緩い。

 ――と、デモンは嘲った。


「ヒトの生とは闘争の連続だ。死ぬまでそうだ。闘わないでなんとする」


 言って、王を睨みつけた。王は気まずそうに目線を横に逃がし、彼の隣に立っている側近のちょび髭は「無礼な!」と声を荒らげたのだった。二人の衛兵が左右からデモンに槍を突きつける。気にすることなく彼女はすっくと立ち上がり、その強靭な目だけで衛兵らを退かせた。


 デモンは、ふっと軽く笑んだ。

 そのじつ、その笑顔はひどく皮肉に歪んでいることだろう。


「たとえ相手が強国でも、最低限、抗ってほしいものですな。平伏せと命ぜられ、それに従うだけであれば、猿でもできる。与えられただけの傀儡なる役割に満足なのであれば、軽蔑に値する」


 王は俯き、疲れたように額に右手を当てた。

 側近のちょび髭は怒りにだろう、ぷるぷると身を震わせている。


「私は凡庸なのだ」

「それがあなたの本音か?」

「ああ。本音以外のなにものでもない」

「ほんとうに、弱気なことだ」

「あなたは強いから、そう言えるのだろう」

「強い強い。よく言われる。だが、違う。心根の問題だ。それくらい、わからないかね」


 大きくため息をついた、王。


「だが、誰も死にたくはない。失いたくはない」

「その思い込みをなんとかしろという話だ。何度も言わせるな。わたしは侮蔑の名を払拭しろと述べている」

「だが、私は戦おうとは言わない」

「なぜだ?」

「たとえ人形だろうと、私は王でいたいのだろう」


 デモンは身を翻した。

 歩を進める途中、一度、振り返った。


「救えんな、くそったれめ」


 そんな言葉が、彼女の口から放たれた。



*****


 最後に顔を見てやろうと考えて、ペネロペ・ソリンの家を訪れた。軟禁状態であり、加えて監視くらいはされていることだろうが、そこまで厳しい現状ではなく、客と会うくらいはできるらしい。彼女の扱い方を間違うと国全体の反感を買いかねないから、ある程度の自由は許しているのかもしれない――きっとそういうことなのだろう。


 昼食を終え、食後の紅茶を楽しんでいるところで、ペネロペがにこりと笑った。よく微笑む人物だ。しかもその笑みは美しい。ヒトを惹きつけてやまない魅力がある。集団の指導者に足る人物だ。心の底から、そう思う。


「解散しようと、考えたのですけれど……」

「なんだ? 『ブレイブ』の話か?」

「はい」

「理由を問おう」

「誰の幸せにも寄与しないから……ということでは、いけませんか?」

「いけないなどということはないさ。気には食わんがな」

「剣を取れ、と?」


 デモンは紅茶をすすり、左肩の上にいるオミの喉をおもむろにさすった。


「王にも告げてやったことだが、凶暴なるタグが付いているだけで、その相手に屈するのか ね?」

「与えられただけの『フィフス』という名は美しくない、と?」

「そうだとは思わないかね?」

「しかし、戦うにあたっては力が――」

「足りなくても、わたしならやるだろう。屈服と屈辱は同義だからな」


 一度、自らを落ち着けるように息をついた、ペネロペ。

 彼女は「そうですね」と納得したように言った。


「ああ……ヘルゲを失ってしまったのは、ほんとうに、悲しいなあ……」

「それは美しい感じ方なのかもしれない」デモンは無感情に言い――。「先にも言ったな。勇敢ではあったんだろうさ。面白い青年だったということだ。彼が放っていたのは、まるきり弱々しい光ではあったがね」


 ペネロペは、胸の前で広げた両手に目を落とした。


「私にはいったい、何ができるのでしょうか」

「自分で考えろ。ヒトにはできんことでも、おまえにはできることが、必ず、あるだろう」

「その折には、助けていただけますか?」

「他人をあてにするなと言っている」

「厳しいんですね」

「そうとも。わたしはデモン・イーブルなんだからな」


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