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6-6.

*****


 刃同士がぶつかり合い、高い金属音を立てる中にあって、デモン・イーブルは石造りの塔の上部を見ていた。確かに、天辺にはサイコロみたいに四角い部屋がある。そこに麗しのペネロペ・ソリンが閉じ込められているのだろう。登り詰め、くだんの人物を救出しても、下りたところで集中砲火に晒されるのではないか――そんなふうに思えてしょうがないのだが、助け出すことを試みないことには、何も成立しない。


 ――と、二人の女が向かい合い、身構えた。


 一人はヘルゲを失ったララだ。

 もう一人はジェイソンを失ったエミリアだ。


 特に高い声を上げることもなく、鍔迫り合い。憎しみ合う理由など、思い人の命が絶たれたということで十分なのだろう。みっともないな、ああ、まったくみっともない。ニンゲンであるのだから、ニンゲンらしく、せいぜい理性的であってはくれないものかね――なんて。


 不意に正面に気配。ゆえにデモンは前を向いた。四十手前くらいではないか、中年であろう、短い緑髪の男が立っていた。腰の左側に得物を提げている、刀だ。ぱっと見、やりそうに映る。しかし興味はないので「何者だ?」などとは訊ねてやらない。


 男は何も発さずなおも突っ込んできて、鮮やかな居合――刀を抜き払ってみせた。受けようと思えばヒトより硬い素手でなんなくやれたのだろうが、一応、刀で受けてやった。パワーはある。みなぎっている。力を抜けば上半身と下半身が真っ二つにされるのかもしれない。――ゾクゾクしてきた。


「おまえは誰だ?」と訊いてやった。

「ただ雇われただけだ」と返ってきた。彼は「そのとおりでしかないんだよ、ミス。どちらかというと、俺は現政権について否定的なんだが。先方からすれば、背に腹は代えられないんだろう」と続けた。


 男が離れた。

 後方へと飛び退いた。


「わたしを討ち取るために、言わば特化した、そんな刺客というわけだ」

「ジェイソン・セルベッシア中佐が殺られたくらいだ。侮ったりしない」

「おや。やはりやはり、彼は著名な軍人だったのかね」

「唯一無二とされていた。だから俺は――」

「油断はしないというんだろう? しつこいぞ。かかってこい」


 迫ってきて――鋭い踏み込みだった。腰の鞘から刀を抜き、左から右へとまた刃で薙いだ。デモンは最低限退き、それをかわした。魔法は使わない。刃物だけでの戦いを良しとする。くだんの雇われとやらの一撃一撃は大振りなのだが、とはいえ隙を窺わせない。かなりできる。なかなかの手合いだと評していよいよ間違いはない。男は再び退いた。ひとまずといった感じでまた距離を取った。


「もはや語らず」

「なんの話だ?」

「奥義だ」

「それは?」

「最速の一閃」

「技に名など、おまえは小学生なのか?」

「言ってくれるじゃないか、ミス」


 男が両膝を折り、しゃがみ込んだ。

 太刀だけだったのだが、左手に脇差を握った、すなわち大小。


 ――地を蹴った、男。


 これまではその一撃でもって相手を駆逐できたのだろう、あるいは駆除か。

 今まではミスすることなく、敵を殺してきたのだろう。


 だが、今回はしくじった。

 相手が悪かった――としか言いようがない。


 すれ違いざまに、デモンは男の腹部を横薙ぎにした。

 あっという間の刹那だったが、確かに斬った。


 振り返る、自らはやはり無傷――当然だ。

 膝をつき、ごほごほと咳込むようにして血を吐く男の姿がそこにはあった。


「なんて女だ……」男は苦しげに声を発した。「斬られると、痛いんだな……」」


 デモンは右手の人差し指をちっちと横に振った。


「わたしは自らに飽いている。わたしに敵うニンゲンなど皆無だからだ」

「殺せ。言い訳はしない」

「ヒトは残酷で即物的だ。己を悔やめ、わたしを称えろ、そして死ね」


 デモンは首を刎ねることでさっさと男に引導を渡した。


 新たに敵が斬りかかってくる。

 次々に殺すというわけだ。



*****


 駆けるのは面倒だししんどいので、螺旋階段はゆっくりと上った。警備のニンゲンくらいはいるだろうと考えていたのだが、誰も下りてこない。――にしても、こんな無機質な建物に押し込まれていようとは。それはもうつまらなくて、退屈なことだろう。


 やがては踊り場に出くわした。奥に見える扉の先が目当ての部屋だ。軍服姿の警備の男を二人斬り、ドアノブを捻る。案の定、施錠されている――ゆえに刀で斬った。木製の扉は四つに割れ、落ちた。


 部屋の中には女がいた。長い金髪――金髪に黒い瞳は珍しいなと思う。女は窓の外を見やり、両手の指を絡ませ、祈りを捧げるようにして目を閉じていた。


「ペネロペ・ソリンかね?」


 女は「はい」と答え、立ち上がった。「あなたは?」と訊いてきた。


「まさに勇者だとでも謳っておこう。ブレイブ、おまえの組織なのだろう?」

「ヘルゲは? どうしていますか?」

「奴さんは死んだよ」


 目を見開き、それからゆっくり瞬きした、ペネロペ嬢。


「そうですか……」

「愛していたと?」

「それは言えません」

「教祖様だからかね?」

「そうです」

「正直なことだ。好感が持てる」


 わたしは助けにきたんだよと、デモンは言って――。

 するとペネロペはゆったりと笑んで――。


「ずっと幽閉の身でもいいと考えていました。ほんとうにそう、思っていたのです」

「配下のニンゲンに戦闘を強いておきながら、か? あまりに無責任だな」

「そうかもしれません。しかし、私はもう……ヘルゲを失ってしまった私には、もう……」

「だが、一度仕事を請け合った以上、連れ帰らせてもらうしかない。よほど暇をしていない限り、追っ手はかかることだろう。だから、逃げる」

「だけど、きゃっ――」


 デモンはペネロペのことを横抱きにした。

 軽い女だった。


「で、でも、それこそ追っ手が――」

「問題ない」


 顎をしゃくった、デモン。

 途端、その先にあった分厚い窓が、斬撃の魔法で細かに割れた。


「まさか、飛び下りるつもりですか?」

「ああ。この高さは経験がないが、わたしに不可能はない」


 そしたら、ペネロペはおかしそうにくすくす笑い、だけどすぐにぐすぐす鼻を鳴らして悲しみを露わにし――。


 デモンはペネロペを抱いたまま、窓から飛び出した。いよいよ地面が迫った瞬間、彼女の背からは堕天使のそれのような、大きな黒い翼が生じた。静かに優雅に舞い下りた次第だ。イメージを具現化する、できる――それが魔法。デモン・イーブルの技術に隙はない。


 着地した地点で、首尾良く、あるいは不運なことに、女どものぶつかり合いに遭遇した。女ども――ララとエミリアだ。周囲の戦闘はもはや下火であるにもかかわらず、二人はいまだ、戦うことをやめそうにない。たがいが愛した男は双方とも死したわけだが、だからこそ、やりきれなさをぶつけ合うよりほかないのだろう。美しくはない。ああ、まったくもって、むしろ醜い。ヘルゲとジェイソン。彼らは天国から、どんなふうにそれぞれを眺めていることだろうか。


 突然、ペネロペ嬢が「やめてください!」と叫んだ。ララもエミリアもびたっと動きを止めた。揃ってペネロペのほうを見る。両者とも目を丸くした。二人の「どうして……」という疑問の声が重なった。


「もうやめてください。お願いだから、お願いだから……」ペネロペは地に両膝をつくと両手で顔を覆い、泣きだした。「私に端を発した出来事です、でも、誰かが傷つくのは嫌なんです……」


 ペネロペの姿を認めたらしいニンゲンらは敵も味方もなく揃って俯き、剣を手放した。そも、しょうもないいさかいだったのだ――との思いは、誰もが抱いているところだったのだろう。


 ララとエミリアがおもむろに抱き合う姿が印象的だった。

 二人が声を押し殺して涙する様子は、少なからず、胸を打ってくれた。


 ヒトの感情に心を揺さぶられるのは、デモン・イーブルがまだニンゲンであることの証拠だろう。


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