*****
堀でもあったら攻めあぐねていたことだろうが、それはない。門番は数名。実力不足。取るに足らない。奴さんらを駆逐したのち、表門には閂がされているだろうからだ、「ブレイブ」のみなは協力し、白い壁を次々に越える。そうだ。壁はそう高くないのだ。不用心でしかないのだが、その点から、この国が「フィフス」になって以降、反乱などろくに起きなかったであろうことが窺い知れる。事実、そうなのだろう。飼いならされた民――そんな連中は死んだほうがいいのかもしれないなと人知れず思う。
デモンはジャンプ一番、軽々と壁をやりすごした。男性の「であえ、であえーっ!!」なる大声がこだまする。遅い対応とは言えない。むしろ早い。壁の内側についてはしっかりとした警備体制であるらしい。東西にある詰所であろう――から、次々に兵が湧いてくる。ブレイブの面々も次から次へと戦闘に加わる。現状は互角だろう。しかし、城の警備兵とやり合っているうちに増援があり、そんな彼らに背後から堂々と迫られてしまっては太刀打ちのしようがない。短期決戦。城内に突入するなら、とっととそうしなければならない。
攻め入るほうに非がないわけではないと思う次第だが、あいにく、今回は大義名分がある。国にとって恐るべき人物であろうと、拘束される理由はないはずだ――否、そのいわれはあるのかもしれないが、教祖様である、ペネロペ・ソリンを求める声は少なくないわけだ。だったら、あっちとこっちで日常的に意見の不一致を見て、結果、小競り合いが起きるのも必然と言える。あるいはそうとしか言えない。
来る敵、来る敵を、デモンはひらひらと舞うようにしてぶち殺す。基本的には刀で斬り裂き、魔法については織り交ぜる程度。左手から放った渦巻く炎は見事に命中し、続けて五人ほどを焼き払った。つい「あははははっ!」嘲笑ってしまう。弱きは死ね、死ね、死ね、死んでしまえ――と謳いたくなるあたり、自らは異常者なのだろうと考える、願ったり、だ。
一足早く城内へと至る大きな両開きの扉の前に着いたデモンである。すぐにヘルゲが追いついてきた。彼は困ったふうに「閉まってるなぁ、当然だけど。どうやって破ろうか?」と首を捻った。「簡単だ」と言い、デモンは斬撃の魔法でもって扉を木っ端微塵に無力化した。強制的に細切れにしたということだ。
「わお、すごいすごいっ」
「ララは? 連れてこなくていいのか?」
「表を支えてくれるってさ。危なくなったら逃げろって指示したよ」
「重畳だ。では、参ろうか」
地下牢だろうと、ヘルゲは言った。階段はどこか別にあるのだろうか。階下へと続く螺旋状の通路を下る。途中、幾人かの兵が襲ってきたが、先に立つヘルゲは彼らをものともしなかった。魔法は使えないのかもしれないが、剣技は十二分に突出している。なかなかの腕前だ、見るに値する。どれだけ雑魚が集まったところで、敵いはしないだろう。
そのうち、最下層に達した。三階ほどはあるだろう、天井の高い石造りの白い空間がぽっかり口を開け、待っていた。
赤いマントを着けた、白い鎧の男がいた。顔面の肌の色艶からして若そうに映るのだが、白髪交じりである。がっちりとした体格であり、いかにも頑強、頑丈そうだ。もう一人、女がいる。マントの類はなく、えらく短い茶髪。痩躯である。まだ若いに違いない。二人に共通して言えることは、有無を言わせぬほど戦が達者そうだということ。それに尽きる。立ち姿、あるいは佇まいからしてただ者ではない。男のほうは剣士ではないか。女のほうもきっとそう。女の引き締まった、まるでアスリートのような体躯については褒め称えたくもなる。
「ジェイソン中佐とエミリア中尉……」呟くように、ヘルゲは言った。
なんだ、知り合いか?
デモンはそう訊ねた次第である。
「ともに大物だよ。国の英雄だからね。そんな二人が、どうしてこんなところに……」
「ヘルゲ・レイン君だね。噂はかねがね」
デモンはヘルゲのほうを向いた。
彼は驚いているようだった。
「どうして俺なんかの名前を……?」
「ブレイブとやらのニンゲンなんだろう? しかもそれなりに強固な力を誇る。情報くらいは聞き及んでいる。私も馬鹿ではないのでね」
「ジェイソン中佐、やはり、あなたは、なぜここに?」
「ちょうど兵の訓練のために訪れていたんだ。指南役というわけだ。なお、今は中尉に稽古をつけてやっていた」
「夜の時間なのに?」
「腹ごなしというやつさ」
ジェイソンとやらが「ところで」と切り出した。
「きみたちは何をしにきた?」
「見当くらい、つくと思いますけど?」
「反乱軍、組織のリーダー、その救出、または奪還か」
「そのセリフ……彼女がここにいる証左ですね」
「はぐらかすつもりはないが、ヘルゲ君、さあ、どうだかな」
二人の男の視線が交わり、そこに火花が散ったように見えた。
「彼女を返してもらいます」
「そうもいかないな」ジェイソンが笑う。「ペネロペ嬢は我が国『タイタン』の意志でお縄についているわけだ。やすやすと表に出すのは土台、無理な話だ」
「だったら力ずくで突破します」
「きみには不可能だ」
「やってみなければわからない!」
ヘルゲが突進するのと同時に、デモンはエミリアとやらに向かって火の玉をいくつも放った。ヘルゲとジェイソンとやらの一騎打ちの邪魔をさせないためだ。エミリアは達者だ。腰の剣を抜き払うなり、火の玉の群れを漏れなく真っ二つにした。突っ込んできた。抜刀し、刃で受ける。女のくせになかなかパワフルである。見所があるのである。勘もいいのである。足元を凍らせてやろうと左手を下に向けたところで、飛び退いてみせた。かなりやる。また前に踏み込んでくる。振りかぶることなく小刻みに突いてくる。倒すにあたっては理に適った攻撃だ。賢い女なのだろう。
デモンはエミリアの剣を、刀を用いて下から弾いた。力負けしたことに驚いても良さそうなものだが、エミリアは暗い目をしたまま表情を変えることなく、一言も吐くことなく、横薙ぎの軌道、一閃――また退いた。今度は出向いてやる。すたすた歩いて、大袈裟にすべく頭の上に刃をかざした、振り下ろす。ヘルゲの大きな叫びが耳に届いたのはそのときだった。エミリアとの鍔迫り合いから後方へと距離を取る。暗澹たる彼女の表情、その辛気臭さと言ったらない。
すでに焦げ臭い。ヘルゲの身体が燃えている。ヘルゲは石畳の上で転がりながら「ぎゃあぎゃあ」と醜い苦しみの声を上げる。そうか。ジェイソンは魔法を使えるのか、しかもそれなりに――。
やがて、ヘルゲは動かなくなって――。
まるきり黒い炭へとかたちを変えて――。
「意中の女性を助けにきての死……殉死だな。儚く、また尊いことだ。しかし、敵方の力量を見誤ったわけだ。やむを得ない」ジェイソンが不遜に言う。「エミリア、きみは下がれ。美しい彼女には、私が引導を渡してやろう」
まったく歯が浮くような軽々しいセリフを易々と口にする男だな――と必然思う。彼の者に言われたとおり、エミリアは退いた。デモンは右の手にしている刀を右肩に担ぎ、「二人一緒でもいいんだが?」と上から物を言ってやった。するとジェイソンは「それは弱虫が口にするところだ」と一理あることを述べ、「魔法は? アリがいいか? それともナシが?」と訊いてきた。
「好きにするといい。どちらにせよ、おまえは負ける」
「歪んだ笑みだ。剣のみを良しとしよう」
「かかってきたまえよ」デモンは左手を使って招いてみせる。「どうせつまらん結論しか待ってはいないんだ」
「その自信はどこから?」
「言うなれば、地獄の底から、だろうな」
つかつかゆっくりと歩いてくる、ジェイソン。デモンもゆったり前進する。刃同士が触れたところで、力任せに弾き飛ばしてやった。ジェイソンは目を丸くする。どうやら舐められていたようだとデモンは知った。だからその審美眼には大いに疑問を抱き――。
分が悪いと思ったのか、負けるわけにはいかないと悟ったのか、最初の取り決めを無視してなりふりかまわず魔法を使ったきた。細かな氷のつぶてだ。前方に紫色の防壁を作り、いっさいを防ぐ。ジェイソンはつぶてを放つのをやめ、思いきりがいいことに、地を蹴り、突っかかってきた。一息に斬り伏したいのだろうが――。右手の刀で剣を止め、受け止めつつ、左の拳を引き絞る。顔面を殴りつけてやった。途方もない怪力による一撃だったわけだが、ジェイソンはすぐにデモンのほうへと向き直った。頭のてっぺんから唐竹割りにしてやろうか。自らが振るう刀は鎧などものともしない。
デモンは圧力をかけるようにして、ゆぅっくりと足を進める。一つ、また一つと歩むと、そのたびジェイソンが剣を振るった。斬撃を漏れなく刀で遮り、なおも前進――そのうち、ジェイソンを壁際まで追い詰めるに至った。右の太ももを前から刺し、左の肩も突く。弱くはないのかもしれないが、ああ、弱い――。
「おやおや、ジェイソン中佐、もはや退く場所はないぞ?」
「油断したわけじゃない。きみは異常だ」
「仮に命乞いをしたなら、仮にわたしは許してやろう」
「きみは妙な言葉を使うんだな」と言うと、次の瞬間、ジェイソンは「やめろ、エミリア!!」と大声を発した。
背後に接近した気配は感じている。斬るなり突くなりしようとしているのだろう。だからデモンは右の後ろ回し蹴りをそのどてっぱらに見舞ってやった。重力を無視して、エミリアの身体はかなりの距離、吹っ飛んだ。
すぐに向き直る。ジェイソンの瑠璃色の瞳に視線をぶつける。
「これほどまでに前触れもなく、しかも簡単に、命運とは尽きるものなのか」
「そうらしいぞ、中佐殿。相手が悪かった――としか言いようがない」
「殺せ」
「ああ、殺す。おまえを殺す」
はぁはぁと荒い息をしているジェイソンの、その胸の真ん中を、デモンはついに突いた。刀を引き抜くと膝から崩れ落ちたジェイソン――エミリアの嘆きの高い叫びが空間に響き渡る。デモンは嘲るように大笑いする。「逃げろ! エミリア!!」と叫んだのはジェイソンだ。デモンはゆっくりと振り返る。斬りかかってこようとしていたエミリアは、口惜しそうな表情を浮かべると、上官の指示には従うしかなかったのか、上階へと続く螺旋状の通路へと姿を消した。案外、あっけないものだなと感じさせられた。ジェイソンは大して強くなかったし、エミリアも素直に逃げ出した。そこにどんな理由、動機があろうが、とにかく、奴さんらは弱かった。無論、デモン・イーブルと比べての話ではあるのだが――。
うつ伏せだったジェイソンが、ごろりと仰向けになった。口の端から細い血を流しながらも割り切ったような、晴れやかかつ穏やかな顔をしている。
「ああ、ほんとうに、人生とは忙しく……。まるでわからないものだな……」
「そんなことはどうだっていい」デモンは冷ややかな表情を浮かべた。「この先に姫君はいるのかね? ペネロペ嬢のことだ」
「いない」と言われ、だからデモンはめんどくさいとの思いから顔を歪めた。
「では、どこにいる?」
「答えると思うか?」
「いいから吐け」
するとジェイソンは「ふふふ」と笑んで。「界隈において最も高いところに監禁されたようだ――と言えば、わかるかな?」と悪戯っ子の顔で述べて――。
「ほんとうか?」
「嘘をつく理由がない。わけもなくだが、姫君には高いところがふさわしい……」
なんとなくだがそのとおりだなと思い――思いながら、デモンは嘲笑した。ジェイソンに迫りくる死について、「しょーもない」と告げた。
「くり返しを吐く。戦場ではなく、このような場での死はむなしいのかもしれない」ジェイソンは薄く笑った。「強い者には負ける。つまるところは、ただそれだけのことだったんだろうな……」
「とどめは? 欲しいか?」
「ああ。もう苦しい」
「俗物め」
デモンは喉元を突き、ジェイソンのことを殺害した。