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6-3.

*****


 言ってみればレジスタンス活動――政府に対する抵抗を主とする組織「ブレイブ」の副リーダーであるヘルゲ・レインと、東西に長い公園にてベンチを共にした。会うにあたってはエドワードが仕事をしてくれた。アポを取ってくれたということだ。曇天を見上げ――デモンの左隣に、ヘルゲがいる。


 疑問があって、だから「出会いの場所として、どうしてここを指定したのかね?」と訊ねた。「取り締まる側にはアジトなんてとっくに知られていると考えていて、だから何をやるにしても行う場はランダムがいいんだ」と返してきた。子どもっぽい口調である。名乗り合うと、ヘルゲが「よろしくね」とにこやかに握手を求めてきた。形式的な挨拶でしかないと判断し、応じてやった。ヘルゲ・レイン。あるいは二十歳にすら満たないのではないのか。茶色い短髪。顔が小さく、見栄えがする若者然とした外見だ。はしこそうに見える。戦闘に際しても、器用に立ち回るのではないか。


「エドワードさんから、助けてくれるって聞かされたんだけど」

「やぶさかではない、そう言ったつもりだ」

「やぶさかって範囲が広いよね。でもそれって、やる気だってことでしょ?」

「いいや。おまえが面白い人物かどうかによる」

「仲間に加わってほしいなぁ、“掃除人”だって話だから、なおのこと」

「たとえば、おまえにとって、“ダスト”とはなんだ?」

「今の俺にとって、それは支配者層のニンゲンさ。ペネロペなんて攫っちゃえ。そう決めた連中だよ」


 ヘルゲはぷんすか怒った顔をする。ペネロペ。相当、好かれているらしい。組織のみなからもきっとそうなのだろう。だからこそ、なんとかしたいわけだ。ヘルゲのその思いは確かで、また強いものなのだ。


 デモンは脚を組み替えた。


「ブレイブとやらの数は? 一泡吹かせるくらいはできるのか?」

「一戦交えようってくらいは可能。だけど、その先はないと思う」

「弱いんだな」

「違う。『タイタン』が強いんだ」


「しかし、おまえが信奉し、また愛しているペネロペ嬢を助けるには立ち上がるしかない。なあ、そうだろう?」


 きょとんとなった、ヘルゲ。


「俺、ペネロペのこと、愛してるって言ったっけ?」

「言ってないが、そうではないのかね? しかも心の底から」

「まあ、そうなんだけど」


 デモンが流し目を寄越すと、ヘルゲは悪戯っぽく、ぺろっと舌を出してみせた。


「最悪のケースをね? 俺は考えちゃうんだ」

「たとえば、いいように強姦に遭っているんじゃないか、と?」

「ずばりだね。それを考えると、苦しくて苦しくて、もう死んじゃいそう」

「だったら、一刻も早く助け出す必要があるだろう?」

「簡単に言ってくれるなぁ」


 一つ、述べておこう。デモンはそう言って、「わたしが加われば、取り戻すことは不可能ではないだろう」と続けた。改めての宣言である。


 ヘルゲはまた目を大きくして。


「ホント、簡単に言ってくれるなぁ」

「わたしは“掃除人”だ。しかも“超級”の」

「ああ、そうだったね。でも――」

「舐めてくれるなと言いたい」

「ほんとうに?」

「なんとかなれと強く願っていれば、たいてい、なんとかなるものだ」

「なにそれぇ」


 あははと笑ったのは、ヘルゲである。


「それくらいの楽観視は、いつにあっても大切だということだ」

「手を貸してくれるの?」

「違う。先方に、わたしの暇潰しを手伝ってもらうんだ」

「豪胆にして傲岸」

「安易な評価だが、受け容れてやろう」


 どこからともなく女が駆けてきた。浅黒い肌をしたこの人物は二十歳そこそこだろう。長い髪はピンク色だ。生まれもってのものだとするなら稀有と言える。背が高く、なんともグラマラスな身体つき。一言で表現すると「エロい」となる。


「あんたって、誰?」


 眉を寄せて問い詰めるようにいきなりそう訊ねてくるあたり、礼儀がなっていない。初対面なのだから、ピンク髪のお嬢さんには最大限、気を遣ってもらいたい。たがいの年は、まあ近いのだろうが。


「デモンさんだよ。デモン・イーブルさん」と答えたのはヘルゲだ。「ウチの活動に加わってくれるヒトで、ちょっと超越してるよね?」

「かもしれないけど、それって確かにヘルゲの見立て?」

「そ。強いよ。黒い身なりもめちゃくちゃクールだし」

「辛気臭いニンゲンにしか見えないんだけど? お葬式みたいで縁起も悪いんですけど?」と言ってから、ピンク色は真剣な顔から一転、きゃはっと笑った。「でも、ま、いっか。兵隊は多いほうがいいんだし」


 ただの一兵だとの扱いを受けても、困るということはないのだが――。


「おまえ、名前は?」

「ララでーす。ヘルゲの恋人でーす。ってゆーか、いきなりおまえとか失礼じゃん?」


 ピンク髪――ララとやらがこじ開けるようにして、デモンとヘルゲのあいだに座った。「俺たち、いつから恋人になったの?」と若干不服そうなヘルゲ。「生まれたときからそうなんですけど?」と答えるあたり、ララはよほどヘルゲのことを愛しているのだろう。


「で、いつ攻め込むんだ?」

「わお、もうそのつもりなの?」

「ヘルゲ、わたしはせっかちなんだよ」

「能動的に暴力を振るうのは、よくないと思うけど?」

「だったら、もはや救出は諦めるか?」

「ううん。やるぅ」ヘルゲは明るく言い――。「もっと時間が経てば警備も手薄になるかもしれないけれど、俺だって早いところペネロペに会いたいからね。リスクは承知で、突撃したい」


 だったら今夜、決行だ。

 デモンは簡単にそう言った。


「えっ、そうなの?」と声を発したのはララだ。「いくらなんでも準備が間に合わないでしょ。ねぇ、ヘルゲ」

「そんなことはないよ」否定したヘルゲ。「ウチの連中は誰もがペネロペを取り戻したいと考えているんだから。常在戦場ってやつ?」

「それはちょっと意味が違うと思うんですけど?」

「いつだってやれる。いつだってかまわない。そうあろうとは心掛けてきたでしょ?」

「それもそっか」


 なぜだろう、真意はわからないが、ややあってからララがデモンを見た。続けてララは、「だったら、おいしいもの、たくさん食べておかないと」などと笑った。


「ララ嬢、あるいは死んでしまうことが不安なのかね?」

「そりゃあそうだよ。まだまだしたこともあるしね」

「年齢は?」

「二十二歳」

「ヘルゲより年上か?」

「そ。姉さん女房」


 デモンは「うまくいくといいな」と言い、するとララは「えっ」と発し。


「応援してくれるって?」

「さあな。今ある感想を言語化しただけだ」


 さて、どうする?

 今度はヘルゲに話を振ったデモンである。


「闇に紛れての急襲かな。ダメ?」

「いいや、それしかないだろう」

「具体的にはどうしたらいいと思う?」

「おまえの考えを言ってみろ」

「ウチのニンゲンを正面から突っ込ませる。その隙に対象を奪還、救出」

「仲間をおとりに使うということだな?」

「心苦しいんだけどね」


 ヘルゲは前に言葉を放つ。

 デモンも前だけ向いている。


「だけど、みんな納得してくれると思う」

「ペネロペ嬢が帰ってきた先に何を見る?」

「国を取り返したい。フィフスなんて名はあんまりでしょ?」

「民が飢えさえしなければ、それはそれで悪くない、有意義だと考えるが?」

「そんなの、俺は嫌なんだ」


 あたしも嫌だね。

 ララもそう言った。


「兵隊さんを突入させるあいだに、いったいどこから忍び込むんだ?」

「なるようになるよ。任せておいて」


 デモンが「ペネロペ嬢の居所の情報、その確度は?」と訊くと、ヘルゲは「そのへん、じつは超微妙」と苦笑交じりに答えた。


「ただ、城には地下牢があるらしいから」

「城に地下牢? あまり聞かん話だな」

「何も情報が得られない以上、一定の博打は必要だと思うんだ」


 失敗したときのことは考えているのか?

 デモンはそう訊ねた。


「考えてないよ。ペネロペに帰ってきてもらうまで、俺は死なない。死ねないとも言うかな?」


 多分そうだろうと思い左方を向くと、ぷくっと頬を膨らませているララの姿があった。よほどヘルゲに惚れているのだろう。ヘルゲはそれだけの人物に映る。どこか卓越した雰囲気を漂わせているのだ。己に自信があるのだろう。自分を信じられないニンゲンには何も成すことができない――デモンの持論だ。


「いよいよの作戦実行。ドキドキするなぁ」とヘルゲは言い。「なんとしても、成功させたいなぁ」

「そのためにあたしがいるんだよ」そう返したのはララである。「ペネロペについては気に食わない部分もあるけれど」


 それは嫉妬か?

 そう訊ねてやると、「べつにいいじゃん」と答えた。

 ニンゲン臭くて、至極まっとうな回答だと言える。


「夜、二十一時頃でいいかな? ウチに来てよ」


 ヘルゲはメモにさらさらと何やら記し、ちぎったそれを渡してきた――どこぞの住所だった。


「レジスタンスの存在は知っていても、俺たちがほんとうに反旗を翻すとは考えていないはずだよ。だからこそ、やってやれないことはないと思う」

「運任せなのはいただけんがな」

「そうおっしゃらずに」

「ああ。かまわんぞ。今夜はスマートに暴れてやろう。で、だ」

「ん? 何かな?」

「わたしは出会ったニンゲンのことを、そうは掘り下げないんだよ。どうしてだと思う?」

「さあ」

「どんなニンゲンも、わたしにとっては刹那的で、取るに足らないからだ」


 ヘルゲがベンチから腰を上げ、デモンの前に回り込んだ。「よろしくお願いします」と頭を下げ、それから「僕はあなたの辞書の範囲に収まりたくないです」と気の利いたことを述べた。



*****


 宿の一室にて。途中で仕入れた牛脂をオミに与えてやった。購入の理由はオミの奴が「おなかがすいたんだっ、おなかがすいたんだっ」といちいち語尾上げで主張してくれたから。まったくやかましい奴である、死ねばいいのに。


 デモンは椅子に座り、脚を組んでいる。その細い脚は我ながら美しいなと思う。「どんな話だったの? 知りたいんだ」とこれまたうるさいので端的にではあるがヘルゲらとの会話の内容を話してやった。「なるほどなんだ」と唸ったのは例のごとくオミである。


「ほんとうに行く気なのかい?」丸テーブルの上からオミが訊いてきた。

「行くさ。面白そうだからな」デモンは答える。

「死んでしまうかもしれないんだ」

「死ぬ? このわたしが? 本気で、そう?」

「ううん、そうでもないけれど」

「だったら黙っていろ、クソガラス」

「ひどいんだ。暴言なんだ。きみはとことん品性に欠けるんだっ」


 そんなことはどうでもいいので、デモンは「はたして、くだんの女子おなごは城内の地下牢とやらにいるのかね」と口にした。


「すでに刑務所に放り込まれた可能性もあるよね」

「裁判が執り行われた節はない」

「刑務所にはいない? だから地下の留置場?」

「おおよそ、それが適当だろうと言っている」

「捕らわれのお姫様かぁ」

「正確には、姫でもなんでもないんだがな」


 デモンは赤ワインをすすった。

 いい葡萄だと実感、評価できる。


「一仕事しようというのにアルコールなんて。いいのかい?」

「ヒトを殺すにあたっては、酔っているくらいのほうがいいのさ」

「そこにあるのは美学なんだ」

「言ってみただけだよ、馬鹿め」


 オミが黙って牛脂をつつく。

 そのうち日が落ち、闇が舞い下り――問題の時間が訪れた。


「オミ、おまえはどうする? ここに居残るか?」

「そうする。デモンの無事をひたすら願うんだ」

「嘘をつくな」

「うん。嘘なんだ」


 デモンが椅子から腰を上げると、オミは一つ「カァ」と鳴いた。「いってらっしゃい」の意――の、つもりだろうか。


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