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ぴかぴかのテーブルだった。一枚板なのだろう、非常に重厚な感アリ。いかにも金持ちが好みそうな造りである。その旨、口にしなかったのだが、レモンティーを振る舞ってくれた彼――執事のエドワード・フレッチャーは念を押すように「あなたのお考えは誤りです」と言った。「この家の方々は、贅沢に執着なさっていません」とのこと。事実なのか主人を庇っているのか、そのへんはどうだっていい。興味もない。エドワードが忠実であろうことは窺えた。まだ若いであろうに、飼い主に尽くす姿勢は大したものだと認める。
エドワードは向かいの席に着いている。デモンは「それでは、ソリン家とやらについて聞かせてもらおうかね。自由に話してくれていいぞ」といつもどおり、横柄に切り出した。
「ご息女であるペネロペ様のご両親は早くに亡くなりました。馬車においての事故です」
馬車の事故?
あまり聞かない話だ。
なんとも不運なことだと感じた。
「では、当主はペネロペ本人だと?」
「違いありません」
「彼女にきょうだいはいない?」
「おりません」
「いわゆる宗教家」
「『ブレイブ』です」
「それも聞いたわけだが」
デモンはレモンティーをすすった。
いい葉なのだろう。
香り高い。
「攫われたらしいな」
「はい。政府が手を下したのです。間違いありません」
「見当はつく。よほど鼻につく存在なんだろう。だから、御上が抑え込もうとした。となると、だ」
「そうですね。もはや、殺されてしまったのかもしれません」
「この国、『タイタン』はそれほどまでに酷くエグい国なのか? 歩いてみた限り、所感としては、そうとも思えんのだが。民草はそれなりに楽観的で、気楽に生きているように見えた」
エドワードが、「ここは出来てまだ間もないのです。『タイタン』……正確には、この国は『フィフス』というのですが――タイタンの五番目の植民地という意味です」と話した。
「ほぅ、フィフス」
「ご存じありませんでしたか?」
「わたしは自らに関係のないことについては、原則、知らなくていいと考えているんだよ」
「であれば、お教えします。野蛮な彼らはヒトを殺めすぎた」
眉を寄せたデモンである。
「なんらかの理由で粛清したと?」
「くだんの国からすれば、フィフスのニンゲンは蔑視の対象と言えます。気に食わなければ殺します。その一辺倒です」
「特段の意味もなく殺しまくる。素晴らしい考え方だ」
「本気で、そう?」
「どうなんだろうな。推し量ってみたまえよ」
「……基本的に、住まいは階級ごとに区分けされ、その地域地域によって身分は異なります。蔑ろにされる市民も少なくないということです」
デモンは「ふーん」と鼻を鳴らした。続けて、「つまらんな」と一刀両断、まさにそう感じたからだ。他者が他者から差別、あるいは区別されることには毛ほども興味がない。
「私見を述べよう」
「なんでしょうか?」
「ペネロペ嬢はやはり殺されていて、しかもそこに至るにあたっては、目も当てられない残酷な目に遭わされたのではないかね」
エドワードは「そうかもしれませんが」と口惜しそうに言い、実際、唇を噛んでみせた。「しかし、幽閉される以上のことはされていない可能性もあります。亡き者にしてしまっては、それこそ市民の反感を買うに違いないのですから」ということらしい。
「聞いている限りだと、そのような反感、レジスタンス活動と言えるな――は、事実として、政府からすれば簡単に収められるのではないのかね?」
「だとしても、ペネロペ様の、私の主人の生存は信じたい。そう思う事すら悪でしょうか?」
「誰も善悪の話はしていない」
「しかし――」
「うるさい、黙れ」
当該が生かされてはいるだろうと考える。おまけに、それなりに健康的だろうとも。その確率は極めて高い。論理的に脳を働かせるとそうなる。なにせペネロペ嬢は、一つの物語の主人公になりうるニンゲンなのだから。それは悲劇かもしれないが――。
「たとえば、ペネロペ嬢の救出をギルド等に依頼したことは?」
「そうしたところで効果があると思われますか?」
「手段を選べる状況なのかと申し上げた次第だが?」
「ですから、無謀な手を打ったところでなんの意味が?」
「だったら、自らが個人的に助け出そうとは?」
「それだけの力があれば、どれだけいいことか……」
今度は苦笑いのような表情を浮かべたエドワードである。
「ブレイブとやらは? 行動は起こさない?」
「何かを待っている……言わばきっかけですね、助け舟を求めている……そんなところだろうと察しています」
「それでは、何も生み出せそうにないな」
「ただ、あなたにその気があるのなら」
「その気?」
「はい」
他力本願がすぎる。
うざいな、デモンはそう思う。
しかし――。
「幸い、わたしは面白そうなことがあれば、首を突っ込みたいと考えるタチなんだよ」
「自らに無関係なことは知らないままで良いのでは?」
「おや。原則と付けたつもりだが?」
エドワードの表情が一転、明るいものになった。「ということなら、ぜひ」という声も弾んだ。ほんとうに自分自身では何もしないらしい。自らの無能に自覚的だからこその文言なのだろうが、彼にとっては得体の知れないデモン・イーブルに絶大な期待を寄せるのはいかがなものか。
「ぜひと言ったが、わたしにそれだけの実力があるように見えるのかね?」
「見えます」
「なぜ?」
「感覚的な評価です」
「それだけか?」
「それだけです」
「なるほど」デモンは嘲るようにハハッと笑った。「思いの外、阿呆な人物であるようだ。ああ、おまえはろくでなしだ。くだらんよ。小学校の低学年くらいからやり直したほうがいい」
するとエドワードはどことなく悲しげに俯いて、「たとえば私が魔法を使えたら、なりふり構わず特攻するでしょう」と小さく、呟くように言った。
「魔法を使えるニンゲン、その絶対数は多くない。そうである以上、剣を振るうのも一興だと考えるが? それともおまえはまだ死にたくないと言うのか?」
「そうとは申しませんが……」
「誰も無駄死にはしたくない。だろう?」
「ですから、誰かのための死であれば、そうとは言えないと思いますが……」
改めて確認だ。
デモンはそう前置きし。
「ペネロペ・ソリンは、現在の支配者層をこの国から追い出すことができる人物である。――そう感じている、あるいはそう信じているニンゲンは少なくないんだな?」
エドワードの「はい」という力強い返事を受け、デモンは小さく肩をすくめてみせた。
「わたし自身、貴族主義はわりと優れていると思うがな。弱者がほざく民主主義のほうが廃れるべきだ。数が多ければ多いだけ、そこには不具合が生じる。そも、ニンゲンは身勝手な生き物だからだ。ヒトが暮らすにあたってのコミュニティーは大きくないほうがいい。怠惰な民に政治を任せるのは愚者がすることなんだよ。エドワード、異議はあるかね?」
「ありません。しかし、ヒトに対する希望は、失いたくありません」
「そう言うだろうなとは思った。おまえの信ずるところがわかった気がするよ。ああ、そうだ。エドワード・フレッチャーという一冊の表紙を見た思いだ」デモンは皮肉に歪む邪な笑顔を浮かべた。「ヒトを見る目があるのは間違いないようだ。その点は尊く、また買える」
「最初に伺うべきでした。イーブルさん、あなたは何者なんですか?」
「“掃除人”と言って、わかるかね?」
エドワードは「えっ」と発した。明らかに驚きの声だった。大いなる希望を抱いたように、「だったら、成せるに違いありません!」と言った。確信を得たと言わんばかりの強い口調だ。“掃除人”が高い評価を得ている証左であるものの、盲目的に信用されても困る――いや、べつに困りはしないか。
「お会いください。お願いします。ヘルゲ・レインというニンゲンです」
「いきなりすぎる依頼だ。何者を指して言っている?」
「副代表です」
「ブレイブとやらの?」
「はい」
「名前からして男だな。どんな野郎だ?」
「幼いまでに活発で、奔放。彼を知るすべてがそう言うでしょう」
ガキっぽい奴は嫌いなんだがな。
デモンはそう言って、右手でうなじを掻いた。