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カケル・シバタ――村の長である彼の館だ。館と言うと大げさか。それもそのはず、相も変わらず単なる茅葺屋根の一軒家だからである。主人であるカケル、他にヤスオ、ハヤテ、アヤメの姿があり、それぞれ適当な位置で座布団の上にいる。形式的かつだるい話し合いなどに興味はないので、デモンは縁側にてあぐらをかき、なんとなく見上げている。いい具合の雨空だ。外に出るのはやめておけ――。偉そうに、そんなふうにのたまってくれているように映る――。
「ヤスオを向こうに回した男は必ず死ぬという」落ち着いた口調で、カケルは言い。それから「あなたもそうなのでしょうか、ハヤテさん」と紡ぐと、病弱そうな咳をして、「いかがですか?」――。
「俺は死なないな。今にあっては、そんなに深手でもない」と、ハヤテは答えた。「ただ、身体中が重い。しばらくは、まともに動けん」
「だったら私が戦います」なんて言ったのはアヤメだ。「舐めるなですよ、カケルさん。我々、ウキタは敗れませんっ」
するとハヤテは「そういう問題でもないんだよ」と言い、そしたらアヤメは「わかっています。気に食わないだけです……」としゅんとなり――。
「和睦の方向で話を進めたらどうかね?」視界にぴよぴよ鳴くヒヨドリなんかを捕捉しながら、デモンはつくづくテキトーに物を言う。「屋台骨――すなわちウキタの物理的な強さが揺らいでいる今、それはこの島が一体になるにあたってのいいきっかけなのではないのかね。いつか他国の侵攻を受けるかもしれない。いつか、凌辱されるのかもしれない」
「かもしれないかもしれないとか、うるさいです!!」
「だから吠えるなよ、アヤメ嬢」
ここでヤスオが「それは、わかりきったことだ」と述べた。「俺だって、より大きな敵の影があるなら、それに備えたい」と続けた。ハヤテはハヤテで優しげに、「俺たちは島の未来について話をするべきだ」と唱えた。ほんとうに穏やかな口調だった。
だったらだったで、仲良くすればいい。
誰も死なずに済む絶対の国家を協力して構築すればいい。
綺麗事に過ぎない考え方だと考えるが、そういうのがあってもいい。
「今日の話し合いは終わりだ」座布団から腰を上げたのはヤスオである。「ここで解散だ。俺はデモンと話がしたい」
デモンはまだ、縁側から曇天――雨を降らす空を見上げている。
「話とはなんだ、ヤスオ」
「すぐに島を離れるんだろう? だったら最後にぜんざいを奢らせてくれ」
「またぜんざい、か。酒のほうがいいんだが?」
「だったら、それでもいい」
「冗談だよ。アルコールより甘味のほうが尊い場合もある」
玄関へと向かう途中、後ろからカケルが声をかけてきた。アヤメの声も、そしてハヤテの声もそれに重なった。
その言葉は、「ありがとう」。
まったく、クサい連中だ。
どうしてこういうときだけ一致する?
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傘を差しつつ、ヤスオと二人で食事処「うさぎ」を訪れた。中途半端な日時だから閑古鳥を予想したのだが、そんなことはなく、店内は見るからにいっぱいだった。「いらっしゃいま――」、そんな妙なところで語句を止めた従業員である若い女――マイは盆を左手で抱き、右手で口元を押さえてみせた。わかる。唐突に現れた想い人であるヤスオに抱きつきたいのだろう。抱き締めてもらいたいのだろう。見るとヤスオは穏やかな顔をしていて、しかしどこか照れ臭そうに、右手の人差し指と中指を立てた。「ぜんざいを二つ」と言った。
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ぜんざいが運ばれてきても、ヤスオはすぐには手を付けなかった。「食べないのか?」と問うと、「あんたが食べるのを待っている」――。まったく、律儀というかなんというか。
そのうち店内が片づき――そのあいだにぜんざいはすっかり冷め、しかしなんら悪い気はせず、やがてマイがやってきた。盆を両手で胸に抱き、うるうると目を潤ませている。純情なんだなと思うとほのかな笑いも込み上げてくるというものだ。
「ヤスオぉ、良かったよぅ、良かったよぉぉぉ……」
「マイ、めそめそするな。言ったろう? 俺はどこにも行かない」
「だからって、だからってぇぇ……」
ここで抱き締めてやるくらいなら劇的に見直してやったりもするのだが、あいにく、ヤスオなるニンゲンはぶきっちょで非常に生真面目だ。だから、ぜんざいをすするくらいしかしない。「あったかいな」くらいしか言わない。「うまいな」としか言わない。デモンもぜんざいをすする。冷めたくらいが甘みも増して、ちょうどいいのかもしれない。掻き込むようにがばがば食べて、すぐに器を空にしてやった、ざまあみろだ。
「デモン」
「なんだ、ヤスオと言う名の英雄殿」
「やめてくれ、そんな言い方」
「事実だろう?」
「この島の在り方を変えたのは、全部、あんただ」
「もっと無茶苦茶にしてやるつもりだったんだがな。おまえたちが存外整然としていて、それに驚かされたよ」
わたしとしても楽しましてもらった。
デモンのその言葉に、嘘はない。
デモンは緑茶をすすった。
「みながみな、争いなど望まず、島の安定と安寧を願っていた。なのに、どうしてだろうな、みながみな、そこに疑いを持ち、だから戦が絶えなかった。戦争は、終わらなかった」
デモンのそんな物言いについて、ヤスオは「心の底ではわかっていたんだよ」とあたりまえの答えをくどいように説いて――。
マイはなおもぽろぽろと涙をこぼす。
ついにはデモンに対して「ありがとう」を言った。
感謝される柄ではないので、とっとと店を出たのだった。
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港――島から出る船に乗るべく――。
見送りなんて必要もないのに、桟橋――目の前にはヤスオの姿がある。穏やかな顔をしている。自分もきっとそうなのだろうなとデモンは思う。忙しない日々を過ごしたという感じしかしないが、それでもまあ、楽しめた。予期せぬことがあり、それは「世にはあまり悪い奴はいないらしい」と感じたことである。きっとうまくやるのだろう。この島の民はこの先、きっとみなでわかり合って、わかり合えないなら努力をして、助け合いながら生きることを良しとするのだろう。なんとも微笑ましい話ではないか。反吐が出そうになるのは内緒だ。
「あんたには感謝している」
「しつこいな。褒めたところで何も得られないとは、いよいよ思わんかね?」
「デモン」
「なんだ?」
「最後に抱き締めたい」
「かまわんよ」
二人して、お互いに、柔らかく、抱き締め合った。
「悪魔だ、あんたは。だが、とてもいい匂いがするんだな」
「あいにく、わたしは女だからな。達者に暮らせ」
「ありがとう」
ありがとう。
何度言われようが、慣れはしない。
待ちかねたと言わんばかりに、デモンの左肩に、オミがスッと舞い下りたのだった。