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5-6.

*****


 村の正面には逞しい体躯の女、名はノゾミ――が、薙刀を手に堂々と待ち構えている。女だてらに一騎当千――などというと多様性の時代、さまざま誤解が生じるのかもしれないが、なんにせよ、とにかくえらく頼もしい存在と言える。敵を殺すにあたってもためらいなどしないことだろう、またそうあってもらいたいというのはささやかなエール――。


 食事処「うさぎ」の娘であるアカネが見送りに訪れた。馬上のヤスオを見て、彼女は泣きそうな顔をする。そこにある感情なんてもはや言わずもがなだし、だったら愛おしく、ゆえに死んでほしくないだろう、あたりまえのことだ。カケルもいる。「死ぬなよ、ヤスオ」などと静かに、しかし頼み込むように言った。メタ的な発言だが死亡フラグっぽいなと思う。誰も死ななければいいな、とは思わない。生きるべきニンゲンは生きるし、死ぬ奴は勝手に死ぬ。それをヒトはことわりと言う。


「ヤスオ、帰ってきてね? 私、待ってるから……」


 だからアカネよ、そういったセリフが不吉だというんだ――。


 しかし、ヤスオは頷いてみせた。「必ず、生きて帰る」と強く言った。口惜しそうに唇を噛むアカネ。戦いに生きる、否、戦いに生死を問うことしかできない男を愛してしまった――ま、哀れではある。


 思い残すことはない、思い残すことがあってはいけない。そんな勢いで、ヤスオは手綱をしごいた。馬がうまいようだ。すぐにスピードに乗った。「村を守りたくば続け!!」とデモンは大きな声を出し、馬を駆る。戦ったほうがいい、戦うべきだ。奪われることに、もはや飽いているのなら――。



*****


 敵の本陣は遠いのかもしれないと考えて然るべきなのか、だが――奴さん、ハヤテ・ウキタは前に出てくるのではないのか。戦闘狂なる評価しかできない男だからそう言える。馬上にあるヤスオは縦横無尽に進撃する。刀だけではないらしい。ヤスオは槍にも長けている。美学とまでは言わないまでも悪戯に長い物を使おうなどとは思わないから、デモンは馬の上に立ち上がった。馬を兵どもに突っ込ませながら飛び下りる。宙で刀を抜き、一人二人と素早く斬った、二人とも一気に上から下まで真っ二つ――。もはや至近距離。さらには囲まれている。そうである以上、奴さんらも飛び道具は使えない。同士討ちなんて御免だろうし、そんなのどうしたって冴えもしない。


 下馬したヤスオは景気良く槍をぶん投げた。剛槍とも表現できる太く長いそれは、連中を焼き鳥みたいに串刺しにした。デモンはぞくっとなった。自らの性欲に近い欲求を満たすにあたってはヤスオと戦うのが最も手っ取り早いのではないのか――。まあ、何せ敵陣だから、そんな真似、控えてやろうと正気に返るのだが。


 ヤスオと背を合わせた。包囲網は段々と狭まるわけだが、かかってきてくれたほうが、何かと容易い。多対二。二人きりの戦場。


「おいおい、ヤスオ。いくらなんでも味方の到着が遅いんじゃないのか?」

「遅くていいんだ。敵兵からの守りに徹してもらえたらそれでいい」

「その旨は聞いていたが、とはいえという話だ。やりきれるかね」

「落とすか落とされるか、早い者勝ちだ」


 敵がじりじりと迫り、踏み込むタイミングを計っている。


「だらだらと現状を続けることはできたはずだが?」

「そう考えていた。だが、千載一遇の不確定要素が生じた。それはあんただ、デモン・イーブル」


 いいな、いい返事だ。

 そうとも、わたしこそがイレギュラーだ。


 デモンは左手を前に向けた。敵は何層にもなっているが、やはり彼女は皮肉に顔を歪めるだけだ。「さあ! 死にたくない奴は颯爽とよけてみせろ!!」と叫び、手のひらから轟音を立てる巨大な火炎の渦巻きを放った。あっという間にヒトが焼け死に、焦げ臭い匂いが立ち込める。彼らには悲鳴を上げる暇すら許されなかったし、許さなかった――。


 しかし、放っておいたら地平線まで駆けるであろう炎を途中で遮った者がいた。百メートルほど先だ。刀で炎を真っ二つに斬り裂いたのが見えた。赤い髪、赤い甲冑、間違いない、ハヤテ・ウキタだ。即座に彼目掛けて、ヤスオは走った。ヤスオに背を預かりつつ、デモンも彼に続く。飛んでくる矢を刀と魔法を使って悉く撃ち落とす。我ながら器用なことだなと思う。だが面倒になったから、炎で全部焼き尽くしてやった。ついつい笑いが漏れてしまう、しかも盛大な、「フハハハハッ!」――。


 前を向いた。


 すでにヤスオはハヤテと鍔迫り合いの状態。二人の戦いに邪魔が入らないよう取り計らってやるのもアリといえばアリだが――否、待て。ずっと割り込みを排除するだけという閑職に就くべきだと? ――あり得ない。脇を通る際、デモンは「ヤスオ、わたしは先を行くぞ」と告げた。「ああ」と短く答えたヤスオ。ハヤテからすれば過ぎ行くことは許せないはずなのだが、そうでもないらしい。「行けよ、女ぁ。俺は聞き分けのねぇこの男とケリがつけられればそれでいいッ!」とだけのたまったのだった。潔い連中だ。まったく、反吐が出る。死んで詫びろ、いつか、わたしに――。



*****


 全部燃やしたし全部凍てつかせたし、全部斬ったし全部刎ねた。他愛のないことで、だからニンゲンそのものに虚しさを覚え、だから向かってくる者以外は無視した。まったくお優しいことである――と、デモンは自らに心地良い評価を与えた。


 城が大きく見えてきた。静かなものだ。城下の人々はわけのわからぬ女――デモン・イーブルの出現と存在に怯えている。速やかに前を目指す。ついこないだ下ろしたばかりの業物「グラン」の切れ味はすこぶる良好だ。友人として長い時間を過ごせるのかもしれない。――と、瓦屋根の屋敷が居並ぶ一角にあって、目の前に刀を携えた女が現れた。水色の長髪。少々の幼顔。いきなり“ダスト”認定してくれたアヤメ殿ではないか。


「やっぱり来たのですね、デモン・イーブル。ハヤテ様がおっしゃったとおりなのですよ」――なんとも悔しげな口調である。


「おや? わたしはいちいち名乗ったかね?」

「そんなことはどうだってよいのです。あなたは我が国家に仇をなす者。ここで討たねばならないのです」


 デモンはますます皮肉に顔を歪め――ぴんと右手の人差し指を立てた。


「つくづくだ、優先順位を誤っているんだよ、おまえたちは。勝ちで終わりたいのであれば、総力を挙げて、絶対にわたしを叩くべきなんだよ、実のところは、な」

「偉そうなことを言わないでください!」アヤメは明らかに怒ってみせた。「あなたがいなければ何も問題はなかったんです! なのになのに、なのにぃぃぃっ!!」

「ほんとうに、愚かだ」デモンは嘲笑する。「何もかも承知しておきながら、仲間も連れずに来るかね」

「勝てなくても勝つんです!」刀を上段に構えたアヤメ。「一撃です! 斬り伏せてやります!!」


 だが、アヤメはなかなか踏み込んでこない。踏み込めないのだ。その証拠と言うべきだろう、ぽろぽろと涙をこぼしたのだった。


「泣くくらいなら退けばいい。わたしはすべてを焼き払ってやるが?」

「うるさいうるさいうるさい!!」


 右手の中指で宙に二、三とデコピンを売った。小さな炎の球がアヤメに向かう。刃ですべて叩き落としたあたり、なかなかの腕前だ。「速く抜けぇっ!」と叫んできた。だが、デモンはまだ抜刀しない、してやらない。アヤメが上段から振り抜く。左方にかわし、右足で足を払ってやった。つんのめってべしゃっと前のめりに転んだ、アヤメ。どうにもならない力差というものはある。傲岸にそう言い放ってやると――めげずに立ち向かってくるのかと思ったのだが、正座した。刀を脇に置き、両膝の上で拳を握り、唇を噛んで泣き出した。


「殺して、ください……っ」

「何を抜かす? おまえにはそうほざく権利などないというのに」デモンは鼻で笑ってやった。「というか、どう考えても負け戦にはならんと思うがね」

「ハヤテ様がヤスオに勝てばたぶん……でも、負けたら――ッ」アヤメが黄色い砂を掴んで投げてくる。「くそぅっ、ちくしょうっ! おまえさえ、おまえさえいなければっ!!」

「こんなにおいしいバトルに首を突っ込めたことは幸運としか言いようがない。ハヤテの親父殿、アラシだったか? わたしが奴さんとどう向き合うかはまだ不確定だ。期待して待てばいい。だが、一つだけ伝えておこう。非力なんだよ、おまえたちは。そこのところだけは、どうしようもない」

「くそぅっ、くそぉっ、ちくしょぉぉぉぉっ!!」

「せいぜい噛み締めるといい。甘いばかりが味ではないぞ」


 デモンは高らかに笑う。



*****


 大方、天守でふんぞり返っているだろうと予測してたのだが、アラシ・ウキタこと禿げでデブのガマガエル殿は城門の前に立っていた。お供は少ない、せいぜい、十人ほど。もちろん、あちこちから飛び道具で狙われている感はあるが、にしたって無防備なことだと言わざるを得ない。


 アラシは太い腕を組み、ぶよんぶよんの顎を持ち上げてみせた。


「“掃除人”か。しかも“超級”の……。なるほど。敵わんわけだ。千人いても、敵わんと言うな」

「だったら千と一人を用意すればいい」デモンはにぃと笑んだ。「諦めるにはまだ早いぞ。だから、まだまだ抵抗してはくれないかね?」

「ハヤテもヤスオも、いい勝負をするだろう。嘘偽りなく、な」


 首をかしげたくもなる。


「何の話だ?」

「じつは、互いに互いのことを知り、思い合っている。この国が、この島がどうあるべきなのか、二人ともがわかっている」


 デモンは目を丸くした。


「おやおやおやおや、悪の親玉がそれをのたまうかね」

「おまえが訪れなければ、何も変わらなかったのだ。あるいは罪深き女よ、デモン・イーブル」

「重苦しい二つ名など要らん」デモンは両腕を左右に広げて、駒みたいにくるりと一回転した。「始末をつけてやろう。おまえが死にたいと述べるのなら」


 御付きの者が差し出した太い鞘から、アラシは大剣を抜いた。何せ太い身体だ。怪力なのだろう。ああ、そうだ。ヒトは偉くなると権力にもたれかかるから良くないのだ。常に貪欲であれば、簡単に後れを取ることなどないだろうに。


 アラシが剣を振りかぶった。デモンは右手を柄に手をかける、左足を引き、若干、腰を落とす。「若干」というあたりが、手抜きの象徴――。


「かかってきたまえよ、ガマガエル殿。一思いに、花の大袈裟だ」

「抜かすなよ、小娘」


 アラシの重々しい一歩の間に、デモンはひどく脱力、どろりと踏み込み光の速さで首の切断に迫る、そのとき走ったのは、速き一閃――。



*****


 頭は取り払ったが、挿げ替えの機会を与えただけだ。そう簡単に何かが変わるとは思えない。しかし、何も変わらないということもないだろう。そんなふうに思いながらの帰路、手近の馬を使って進んだ。さて、ヤスオとハヤテのバトルはどのようなかたちで幕を下ろしたことだろう――?


 ヤスオがハヤテの腰に手を回し、足を引きずり進んでいた。アヤメもいる。アヤメはアヤメでハヤテに肩を貸している。三人してなんとも不自由そうに、一緒くたになって歩んでくる。近づき、すぐに下馬し、「馬鹿か、おまえらは」と罵ってやった。一目散と言っていい速度でキツい目線を寄越してきたのはアヤメだ。「馬もいないんです! だったらがんばってお連れするしかないじゃないですかっ!」と叫んだ。「馬ならここにいる」と応えてやった。ヤスオが馬に乗り、だからデモンはその後ろにハヤテの身体をのせてやった。「落ちるなよ」、「落ちるかよ」、ヤスオとハヤテのそんなやり取りがあり、二人を乗せた馬はすぐに城下へと走り去った。正しい行動だ。運が良ければ、また時代が必要とするのなら、たとえ深手を負おうとハヤテは生かされるだろう。――ま、どうでもいい島における政治の問題だ。わたしにとってはどう転ぼうが不利益はないなと、あらためてデモンは割り切ることを良しとする。


 唐突に後ろに気配。何者かが斬りかかってくる雰囲気。かわし、足を引っかけると、当該人物はまたもやつんのめってどしゃと前に倒れた。土にまみれた顔を向けてきて――ひっくひくとしゃくり上げる。デモンは今日も今日とて皮肉に歪んだ表情を浮かべる。


「なんだ、アヤメ嬢。敗北が気に食わんかね」

「ハヤテ様が生きていればいいんです! だけど、だけど……っ!!」

「なんとなくのイメージで語るから、おまえはおろか、ハヤテだって物悲しいんだよ。ヤスオみたいに目の前のことにだけ励んでみろ。その上でまだ争おうと言うのであれば、いつかはわからんが、相手だってしてやろう。やぶさかじゃあないんだよ」


 力強く立ち上がり――そんなアヤメが刀を捨て、ひっくひっくとしゃくり上げ始めた。


「どうして、どうして、あなたはそこまで強いんですか……?」

「わたしはもちろん強いが、おまえが弱いということもある」

「私も強くなりたい、です……っ」

「だったら、簡単に刀を捨てるな。最後まで戦い抜くことを良しとしろ」


 アヤメはいよいよ膝から崩れ落ち、天を向くとわんわん泣いた。強くありたいから、理想と現状にギャップがあるから、そこに苦しみを見ざるを得ないから、素直に泣けるのだろう。有望だからこそ安易に死んでほしくはないな――と、らしくもないことを考え、わずかに苦笑したデモンだった。


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