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言ってみれば「和」、を感じさせる白き城のてっぺん、そのすぐ階下。広くはない板の間にて先方と向き合った。当主はアラシ・ウキタという。ふちに白い髪が残っているだけの禿げ頭のデブだ。ひどく太ったガマガエルに似ていると言って差し支えない。その脇でハヤテ・ウキタが顎を持ち上げなんとも偉そうに座している。二人とも、あっという間に斬ってやろうかと思う――それはしない。あくまでも和睦が目的であり、デモンと並んでいるカケルにもヤスオにも「
禿げ頭でデブでガマガエルのアラシが、「で、唐突に何の用事だ?」と訊ねてきた。すると「ですから、和睦を」とカケルは答えた。
「今さらの降伏などなんとする? さんざん、抵抗してくれただろう?」
「その点、悪かったとは申し上げません」
「だったら、なんと?」
「お互いに血を流す現況は良くない。そう言ってます」
「多少の血など、我々からすればどうということはない」
言ってくれる、豪胆だし、図太いな。
強者の振る舞いとしては間違いではない。
「俺は斬る」とヤスオは力強い。
「だから、流れる血など取るに足らんと言っている」とはアラシの嘲笑。「いったい、おまえたちは何のつもりで、何様のつもりなんだ?」
「ですから、引き分けにしようというのです」カケルはくどい。「
ゲラゲラと笑ったのは赤い髪のハヤテである。「抜かせ。目ぼしい物はついばむ。イイ女がいたら抱く。それだけだ」と彼は堂々と言い放った。
「私どもは、最大限、折れようとしています」
「だからな、カケルさんよ、それでは足りんと言っているんだ」
「ハヤテ殿、あなたの物言いは多少ならず乱暴かと」
「だったら、死合おうじゃないか。それで俺は満足だ」
「他にはないと?」
「ああ、ない。ないな」
やはりこの場ですべて斬れば斬り捨てれば良いのだろうか。そうすることですべてがうまく回るのだろうか。しかし、デモンは素早く立ち上がろうとしたヤスオのことを、左手で制した、待ったをかけた。話し合いに来たわけだ。ここで事を起こしてしまっては、いよいよ「シバタ」の名に傷が付きかねない――良くないだろう、それは。
「ただ、わたしにエロい視線を向けるのはやめてもらえるかね」デモンは敢然と――。「随分な扱いだと感じるよ。すべからく、殺したくなる」
ざわとなった。ギャラリーの幾名かが刀の柄に手をかけた。ハヤテも「女ぁっ」と低く言ってにやりと笑ったくらいだ。
「こたびはやってやらんと言っている。帰らせてもらおうか」
「速やかにそう願おう」と言ったのはアラシだ。「次はないぞ。心得ておけ」
あまりにおかしなお節介だったので、デモンは大笑いしてしまった。アラシもハヤテも眉を寄せた。そこにはじつはただならぬ怒りが込められているのかもしれない――きっとそうなのだろう。
「おまえたちを殺せる日が来ることを待ち望む。刀の錆にされたくなければ、せいぜい刃を磨いておけ。腸の中身も綺麗に洗浄しておいてもらえると臭くなくて助かる」
そう言い切り、デモンは「よっこらせ」と腰を上げ、「馬鹿な豚どもに祝福を」と述べつつ後ろを向いた。「愚者は死ね」とネガティブなセリフを強く吐きもした。先の邪魔をする者がいれば容赦はしないつもりでいた。それもやむを得ないと考えていた。障害とあらば、速やかかつ悉く取り除くしかないだろう。そういうものだ、人生とは。
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カケルの屋敷である――。デモンはヤスオと並び、主人のカケルと向かい合っている。障子や襖の類が開け放たれているので風が通る、頬を撫でる。冷たくはないので爽やかだ。心地が良いとすら言える。
カケルは顎に右手をやり、思い悩むようにして首をかしげている。ヤスオはというと、彼も難しい顔だ。思ったとおりのリアクションと言える。だが、もはややるしかないところまで来た。覚悟を決めろと言いたいし、覚悟を決めるより他にない。
――そんなふうに考えていると。
カケルがクスクスと笑い出した。おやと思い目を丸くすると、左隣のヤスオも納得顔で頷いた。少々意外な反応である。
デモンが「なんだ。はなからやるつもりだったのか」と訊くと、カケルはすんなり「そうですよ」と答えた。笑みを作ってみせたくらいだ。ヤスオについても、「当然だ」と応えた。「やるしかないのだから、やるしかない」とあたりまえのことをあたりまえに説いてくれた。
「しかし、完全に分が悪い」と、デモンは言い――。「そのへん、どうするんだ? 女子供を説き伏せる文言などないように思うが?」
「男が戦うとなれば、という話です」
「納得してくれると?」
「みながみな、ウキタのことが嫌いですから」微笑んだ、カケル。「我が村は無事で済んでいる。しかし、周囲の集落の多くは、すでに略奪に遭った。それは誰もが知る真実で、だからいつか懲らしめたい――。我が村に住まう人々の総意だと考える次第です」
デモンは小さく頷き、「そこまでわかっているのなら、口を挟む余地はないな」となかば折れた。ヤスオのほうを向く。無言ではある――両の瞳に宿る色は、猛き獣のそれだった。
「配置は? どうするのかね?」
「守備に徹します」
「それでは勝てんだろう?」
「守っているうちに、首を刎ねてもらいます」
「ハヤテとアラシか。可能だと?」
「はい。デモンさんがいらっしゃるわけですから。もはや互角だと踏んでいます。あなたにはそれだけの雰囲気がある」
なんとまあ、すでにカンペキに仲間としてカウントされているらしい。そうあろうとは考えているが、数に加えられてはいささか不満も感じる。ヒトに使われることが得意ではないからだろう。しかし、敵方と「互角」だとの評価はすこぶる良い。実際、そこまでの差はないだろうと予測している。それは感覚的なものだ。だからこそ、信じるに値する。
「しかし、貫けるかね」
「数には敵わないと?」
「だから、そうは言わんさ」デモンは右手の人差し指をちっちと振った。「舐めないでもらいたいな」
「俺たちは勝つ。勝つしかないんだ」ヤスオが口を開いた。「誰かの影に怯えて生きる……もう終止符を打っていいはずだ」
「ヤスオは逞しいなぁ。僕の鼻も高いというものだよ」
「カケルにだって勇気がある。だから、俺も俺たちも戦えるんだ」
まったくクサいことを抜かしやがるヤスオである。二人して握手までした。男の友情というやつだ。あってもいいが、はたから見るとかなり気色悪い。
表から「カケルさん! カケルさーん!!」と彼の名を呼ぶ高く大きな、少年のそれのような声がした。「おいで!」と応えたカケルである。庭にちょんまげ頭の若者が現れた。はぁはぁと荒い息。見るからに慌てている。「あっ」と声を発し、片膝を地についた。「いいのに」と微笑んだカケルである。
「明日、攻めてくるそうです」
「主語がないね。ウキタのことかな?」
「は、はい。そのとおりです」
「いつものことながら、息をつく暇すらないね」悲しそうに穏やかに、目を細めてみせたカケル。「しかし、正々堂々と宣戦布告とは……。ほんとうに律儀な連中だなぁ」
「だったら、わかり合えればいいのにな」と、デモンは他意なく言い――。「ヒトが死ぬ。多く死ぬ。それでも勝たなければ、未来はない」
「私も戦います」
「しつこいな、馬鹿を言え。病人など足手まといだ」
「それでも、私はこの村の
その目は強い、力感がある。
なれば、もはや伝えてやることも、教えてやることもない。
カケルが生き抜けるようであれば、村の将来は明るいことだろう。
暗いなら暗いで、そんな未来も興味深いが――。
ああ、そうだ、ウキタ殿ら。
せいぜい激しく朗らかに、明日も見ずに、死合おうじゃあないか――。