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5-5.

*****


 言ってみれば「和」、を感じさせる白き城のてっぺん、そのすぐ階下。広くはない板の間にて先方と向き合った。当主はアラシ・ウキタという。ふちに白い髪が残っているだけの禿げ頭のデブだ。ひどく太ったガマガエルに似ていると言って差し支えない。その脇でハヤテ・ウキタが顎を持ち上げなんとも偉そうに座している。二人とも、あっという間に斬ってやろうかと思う――それはしない。あくまでも和睦が目的であり、デモンと並んでいるカケルにもヤスオにも「ろう」というキツい気配はないからだ――。デモンら三人を挟む格好で左右にずらと控えている輩どもからは卑猥な視線を感じる。デモン・イーブルは殊の外イヤラシイ身体をしているので、邪念が尽きないのだろう。わかる話である。わかる話でしかない。


 禿げ頭でデブでガマガエルのアラシが、「で、唐突に何の用事だ?」と訊ねてきた。すると「ですから、和睦を」とカケルは答えた。


「今さらの降伏などなんとする? さんざん、抵抗してくれただろう?」

「その点、悪かったとは申し上げません」

「だったら、なんと?」

「お互いに血を流す現況は良くない。そう言ってます」

「多少の血など、我々からすればどうということはない」


 言ってくれる、豪胆だし、図太いな。

 強者の振る舞いとしては間違いではない。


「俺は斬る」とヤスオは力強い。

「だから、流れる血など取るに足らんと言っている」とはアラシの嘲笑。「いったい、おまえたちは何のつもりで、何様のつもりなんだ?」

「ですから、引き分けにしようというのです」カケルはくどい。「くだるというのではありません。人権は保障していただきます」となおもくどい。


 ゲラゲラと笑ったのは赤い髪のハヤテである。「抜かせ。目ぼしい物はついばむ。イイ女がいたら抱く。それだけだ」と彼は堂々と言い放った。


「私どもは、最大限、折れようとしています」

「だからな、カケルさんよ、それでは足りんと言っているんだ」

「ハヤテ殿、あなたの物言いは多少ならず乱暴かと」

「だったら、死合おうじゃないか。それで俺は満足だ」

「他にはないと?」

「ああ、ない。ないな」


 やはりこの場ですべて斬れば斬り捨てれば良いのだろうか。そうすることですべてがうまく回るのだろうか。しかし、デモンは素早く立ち上がろうとしたヤスオのことを、左手で制した、待ったをかけた。話し合いに来たわけだ。ここで事を起こしてしまっては、いよいよ「シバタ」の名に傷が付きかねない――良くないだろう、それは。


「ただ、わたしにエロい視線を向けるのはやめてもらえるかね」デモンは敢然と――。「随分な扱いだと感じるよ。すべからく、殺したくなる」


 ざわとなった。ギャラリーの幾名かが刀の柄に手をかけた。ハヤテも「女ぁっ」と低く言ってにやりと笑ったくらいだ。


「こたびはやってやらんと言っている。帰らせてもらおうか」

「速やかにそう願おう」と言ったのはアラシだ。「次はないぞ。心得ておけ」


 あまりにおかしなお節介だったので、デモンは大笑いしてしまった。アラシもハヤテも眉を寄せた。そこにはじつはただならぬ怒りが込められているのかもしれない――きっとそうなのだろう。


「おまえたちを殺せる日が来ることを待ち望む。刀の錆にされたくなければ、せいぜい刃を磨いておけ。腸の中身も綺麗に洗浄しておいてもらえると臭くなくて助かる」


 そう言い切り、デモンは「よっこらせ」と腰を上げ、「馬鹿な豚どもに祝福を」と述べつつ後ろを向いた。「愚者は死ね」とネガティブなセリフを強く吐きもした。先の邪魔をする者がいれば容赦はしないつもりでいた。それもやむを得ないと考えていた。障害とあらば、速やかかつ悉く取り除くしかないだろう。そういうものだ、人生とは。



*****


 カケルの屋敷である――。デモンはヤスオと並び、主人のカケルと向かい合っている。障子や襖の類が開け放たれているので風が通る、頬を撫でる。冷たくはないので爽やかだ。心地が良いとすら言える。


 カケルは顎に右手をやり、思い悩むようにして首をかしげている。ヤスオはというと、彼も難しい顔だ。思ったとおりのリアクションと言える。だが、もはややるしかないところまで来た。覚悟を決めろと言いたいし、覚悟を決めるより他にない。


 ――そんなふうに考えていると。


 カケルがクスクスと笑い出した。おやと思い目を丸くすると、左隣のヤスオも納得顔で頷いた。少々意外な反応である。


 デモンが「なんだ。はなからやるつもりだったのか」と訊くと、カケルはすんなり「そうですよ」と答えた。笑みを作ってみせたくらいだ。ヤスオについても、「当然だ」と応えた。「やるしかないのだから、やるしかない」とあたりまえのことをあたりまえに説いてくれた。


「しかし、完全に分が悪い」と、デモンは言い――。「そのへん、どうするんだ? 女子供を説き伏せる文言などないように思うが?」

「男が戦うとなれば、という話です」

「納得してくれると?」

「みながみな、ウキタのことが嫌いですから」微笑んだ、カケル。「我が村は無事で済んでいる。しかし、周囲の集落の多くは、すでに略奪に遭った。それは誰もが知る真実で、だからいつか懲らしめたい――。我が村に住まう人々の総意だと考える次第です」


 デモンは小さく頷き、「そこまでわかっているのなら、口を挟む余地はないな」となかば折れた。ヤスオのほうを向く。無言ではある――両の瞳に宿る色は、猛き獣のそれだった。


「配置は? どうするのかね?」

「守備に徹します」

「それでは勝てんだろう?」

「守っているうちに、首を刎ねてもらいます」

「ハヤテとアラシか。可能だと?」

「はい。デモンさんがいらっしゃるわけですから。もはや互角だと踏んでいます。あなたにはそれだけの雰囲気がある」


 なんとまあ、すでにカンペキに仲間としてカウントされているらしい。そうあろうとは考えているが、数に加えられてはいささか不満も感じる。ヒトに使われることが得意ではないからだろう。しかし、敵方と「互角」だとの評価はすこぶる良い。実際、そこまでの差はないだろうと予測している。それは感覚的なものだ。だからこそ、信じるに値する。


「しかし、貫けるかね」

「数には敵わないと?」

「だから、そうは言わんさ」デモンは右手の人差し指をちっちと振った。「舐めないでもらいたいな」

「俺たちは勝つ。勝つしかないんだ」ヤスオが口を開いた。「誰かの影に怯えて生きる……もう終止符を打っていいはずだ」

「ヤスオは逞しいなぁ。僕の鼻も高いというものだよ」

「カケルにだって勇気がある。だから、俺も俺たちも戦えるんだ」


 まったくクサいことを抜かしやがるヤスオである。二人して握手までした。男の友情というやつだ。あってもいいが、はたから見るとかなり気色悪い。


 表から「カケルさん! カケルさーん!!」と彼の名を呼ぶ高く大きな、少年のそれのような声がした。「おいで!」と応えたカケルである。庭にちょんまげ頭の若者が現れた。はぁはぁと荒い息。見るからに慌てている。「あっ」と声を発し、片膝を地についた。「いいのに」と微笑んだカケルである。


「明日、攻めてくるそうです」

「主語がないね。ウキタのことかな?」

「は、はい。そのとおりです」

「いつものことながら、息をつく暇すらないね」悲しそうに穏やかに、目を細めてみせたカケル。「しかし、正々堂々と宣戦布告とは……。ほんとうに律儀な連中だなぁ」

「だったら、わかり合えればいいのにな」と、デモンは他意なく言い――。「ヒトが死ぬ。多く死ぬ。それでも勝たなければ、未来はない」

「私も戦います」

「しつこいな、馬鹿を言え。病人など足手まといだ」

「それでも、私はこの村のおさですから」


 その目は強い、力感がある。

 なれば、もはや伝えてやることも、教えてやることもない。


 カケルが生き抜けるようであれば、村の将来は明るいことだろう。

 暗いなら暗いで、そんな未来も興味深いが――。


 ああ、そうだ、ウキタ殿ら。

 せいぜい激しく朗らかに、明日も見ずに、死合おうじゃあないか――。


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