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5-4.

*****


 年季が入った、きちんとした木製の椅子の上。それと併せて愛嬌の感じられる古びた卓を挟んで、ヤスオと向き合っている。店の名前は「うさぎ」という。なんとも愛らしい。食事処である。うどんが名物らしいが、「どんな物でもこの店が一番だ」とヤスオは言う。そのうち、目当ての品――ぜんざいが運ばれてきた。給仕の――一つにまとめた黒髪を左肩にのせたかわいらしい顔立ちの娘が、物珍しそうにちらちらとではなく、じろじろと見てくる。黒いスーツに黒いシャツ、黒いコートといった具合に全身真っ黒の出で立ちなので、まあ、物珍しくはあるだろう。怪しげでしかないかもしれない。


 給仕の娘はたっぷりとじっと見たのち、「ヤスオとはどういう関係なんですか?」と――なかばぷりぷり、怒っているように映った。ああ、そうか。そういうことか。まったく、わかりやすい娘っ子である。ヤスオは「一緒に戦ってくれたんだ」と説明した。「一緒にウキタを追い返してくれたんだ」と続けた。「えっ」と目を丸くした娘である。「ほんとうに?」と訊いてきた。「まあ、そんなところだな」と答えておいた。


「ご、ごめんなさいっ」娘は綺麗にぺこり頭を下げたのである。


 ぜんざいをすする合間に「べつにかまわん」と応えておいた。「しかし、うまいな。おまえが作ったのか?」訊いた。


「お母さんが作りました」

「いい母親なんだな」

「はい。いいお母さんですっ」


 語尾跳ねで物を言うあたり、元気な娘であるらしい。

 しかし、なぜだろう、いきなり娘は暗いとも取れる顔をして。


「ヤスオ? わたし、今日もヤスオが無事で良かったよ……?」


 ああ、そうか。

 やはりそういうことなのか、と思う。


「みんなのおかげだ。俺一人じゃあ、どうにもならなかった」

「みんなで戦うのはあたりまえじゃない。私もいざとなったら戦うからね?」

「馬鹿を言うな」

「でもっ」

「おまえがそうしないで済むように、俺は戦っているんだ」

「えっ」

「もう行く。今日もうまかった」


 十分すぎるだろう金を卓に置いて、ヤスオは席を立った。椀はすっかり空になっていたので、奴さんを追うことにする。「ごちそうさま」は忘れなかった――律儀で礼儀正しいなデモン・イーブル。自分で自分に感心したくなる。



*****


 ついていくと、小さな堤防に行き着いた。ヤスオは短い緑の草の斜面に座った。なぜだか大きいはずの背中が小さく見える。背中に「悩」と書いているようにも見える。そういうことだから、そういうことなのだろう。


 デモンは彼の右隣に腰掛けた。相手の右側に着いたほうが有利に立てるとの謎めいた験を担ぐのである。


「あの娘だけを守る。それでもいいと思うがな」

「村が踏みにじられてしまっては、守る守らないの話ではなくなってしまう」

「まあ、そうだ。娘の名前は?」

「マイという」

「まだ十代だろう? おまえはいくつなんだ?」

「俺のことはどうだっていい」

「そういう話でもないな」


 ヤスオは「どうあっても、ウキタに勝つしかないんだ」と噛み締めるように言った。納得がいく理屈ではある。しかし、そうしようとすれば、そうあろうとすれば、すべてを失ってしまう可能性もある。まあそんなこと、理解した上で物を言っているのだろうが――。


「ハヤテ・ウキタは弱くはないんだろう」

「そう感じたのか?」

「ああ。わたしよりは遥かに弱いだろうが」

「その自信はどこから来るんだ?」

「心の根っこからだ。どうだ? わたしと立ち合ってみるかね?」

「……いや。いい」

「賢明なことだ」デモンはふっと笑んだ。「どうやらおまえには、何が正しくて何が誤りなのか、そのへんを見極める目があるようだ」


 そんなものはない。

 ヤスオは吐き捨てるようにそう断言し。


「そのうち、負けるんだ」

「おや、弱気なことだな」

「どうにもならないことは、ある」

「マイとやらはどうするんだ?」

「だから、俺が守る、絶対に」

「それに加わってやろうかと言っている」

「要らない。やるべきは、俺だ」


 頑固な奴だ。


「しかし、わたしにだって意思というものがある」

「意思?」

「わたしは心の底から人殺しを楽しみたいだけなんだよ」


 ヤスオは目を閉じ、鼻からふぅと息を漏らした。

 どことなく、観念したような顔に映った。


「そうであってもいい――とは考える」

「わたしはわたしに正直なだけだ――と言いたいところだが」

「助けてくれる、と?」

「おまえは戦争がしたいのか? したくないのか?」

「したくは……ない」

「だったら話し合いでの解決を模索すればいいだろう。やってみなければわからんという話だ」


 デカい口を叩くくらいなら、和睦の線で動いてみろ。

 デモンはそんなふうに強く言ってやった。


「うまくいくと思うのか?」

「だから思わんさ。やってみろとだけ言っている」

「一緒にやってもらいたい」

「言いたいことはあるが、まあ、いいだろう」


 ヤスオはゆっくりと「そこまで協力してくれる理由を、つくづく聞かせてもらいたい考える」と言った。


「なあに。乗りかかったなんとやらだよ」


 それ以外の本音なんてない。


「まあ、ぜんざいはうまかった。それだけで、おまえには少々の価値がある」

「――たとえばだ、デモン」

「なんだ?」

「いや、たとえば、ハヤテには討ち取るだけの理由があるのかと思って、だ」

「わたしならやり遂げる。その思いは揺るいだりしない」

「どうしてだ?」

「面白いからさ。権力者を仕留めることは、快感を伴う。どうかね? 発想自体が俗物的かね?」


 ヤスオのそれは、嫌気が差したような表情ではなかった。


「明日の午後――遅い時間にもならないし、会うことはできるだろう」

「狭量ではないというわけだ。楽しみだ。いいさ、付き合ってやろう」

「危険を伴う」

「それを排除できない、わたしではない」

「感謝したい」

「そうだな。ニンゲン、謙虚で素直であったほうが、より美しい」


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