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5-3.

*****


 先方――ウキタの軍が攻めてきたとの報があった。どういうわけなのか真意はわからないのだが、ほんとうにどうして定期的に襲いくるのだろう。意図と意味が不可解だ――なんてことはない。ウキタは継続的に戦闘を楽しみたいから、仕掛けてくるのだ。そこにある精神は、生けず殺さずだろう。弱い者いじめをするにあたっての常套手段と言える。浅薄で愚かしいと思う。死ねばいいのに。そこになんの価値があるという? 死ねばいいのに――。


 デモンは先陣の役割を果たすべく、ヤスオと一緒に馬の準備に取り掛かっていた。不利であろうと――否、むしろ不利だからこそ、一矢報いるために打って出るのだ。面食らわせてやりたい。敵わないかもしれなくとも迎え撃つのが肝要である。敗れたが最後、惨状が待っている。とても面白いシチュエーションだ。ヒトの命が軽いからこそ、戦場には面白味がある。全部ぶっ殺せばいい。弱い奴は死ぬしかない。事実だ。みながそのに従順であるしかない。従順であることしか許されない。


 デモンがヤスオとともに外に出たところで、門が閉じられた。すでに前線に防御は展開されていて、敵兵がいよいよ攻めてきた段になって、大男の「放てーっ!」なる野太い声が耳をつんざかんばかりに響いた。矢での応戦だ。達者らしい。手慣れている。特に馬上の敵をうまく射抜いた。それでも数的に不利だから討ち漏らさないわけはなく、だから残りには身体を張って立ちはだかるしかない。デモンとヤスオは馬を駆り、最前線へと躍り出た。所詮、馬は移動手段だ。彼我の距離が適切と言えるところで下馬し、今度は歩兵として向かってくる。大いに声を上げ駆けてくるほうが馬の上にいるときよりよほど凄味、迫力がある。圧が感じられて、強靭そうだということだ。みなが武骨な紺色の甲冑を着込んで足並みもそろっていることから強い団結力も窺える。フツウのニンゲンが見たらさぞ怖ろしかろう。フツウのニンゲンではないので怖ろしくはないのだが――。


 早々に馬から下りて迎え撃つと決めた。向こうにするは膨れ上がらんばかりの巨大な一軍――まだ五十メートル以上はあろうに、真っ赤な鎧をまとう先頭の男が駆けながら投じた「よぉ! ヤスオぉっ!!」なる大声は良く通った。もはや疑う余地はない。大物感たっぷりの奴さんがリーダーだ。体躯は大きくないが、得も言われぬパワフルさを感じさせる。よほど怪力、筋肉質なのではないか。にやにや笑っているところにはサディスティックさを感じざるを得ない。やるなぁ、アイツは、きっとやる。何より凶暴そうだ。だからこそ好みと言える。よだれを抑えるのに必死だ。


「安心しろ! 大勢で押し潰そうだなんて思っちゃいねーからからよぉっ!!」


 だったらどうして数を連ねて捻らんとしているのかと問い質したくもなる。ひっきりなしに矢を浴びせるのが有効ではないのか。相手にはおちょくっているようなきらいがある。しかし、根深い欲望のようなものも感ぜられる。自らの手で凌辱、蹂躙したい――そんな手応えを望んでいるように見える。奢りのようなものは見受けられない。どれもこれも、無闇な自信から来る言葉ではないように思われるのだ。やるのだろう。実際、やり手なのだろう、使えるのだろう。そんな雰囲気があって、デモン・イーブルは、そういうのがいっとう好きだ。だからこそ、地を蹴った。出し抜けではない。絶対的な先行だ。真正面から赤い甲冑の奴を目掛けて突進した。しかし、途中で方向を変更して突っ込み、奴さんの仲間を殺しまくった。デモンは存分に斬る、斬る、斬って斬って斬りまくる。どうあれどのような理由や目論見があったところで、数に恃んでいる時点でお里が知れる。弱いなぁ、ああ、弱い。敵と認めた敵が弱者であっても、ヒトを斬るのは好きだからやめられない――。


 たくさんを斬ったところで、デモンは初めて振り返った。戦況を辿ろうとした。と、赤い甲冑の男に斬りかかられた。大きな鉈を振りかぶり、振り下ろしてきた――が、それを受けられないほど弱くはない。デモンは一撃を防ぎつつ、「おい、おまえの相手はわたしではないだろう?」と言ってやった。「だからってほっとけるかよ!!」と怒りの――否、狂った笑いを含んだ返答があった。


 次の瞬間だった。気配を感じた。迫ってくる。赤い甲冑男の鉈を弾くように遠ざけて、左方からの刀を弾いた。水色の長髪の女だった。少女のように幼い。誰も訊いてないのに、「私はアヤメ・ハカマダ! 我が国に害を及ぼす“ダスト”は許しませんよっ!!」と叫んだ。いきなり“ダスト”扱いか。思い切ったことを言う女だなと思う。見所があると言ってやろう。


 瞬間的な思い、考え。アヤメとやらの刀を受けたままでは、赤い甲冑にまもなく斬られてしまうな。だからと言って、アヤメとやらの攻撃は受け止めるしかないのだ。さて、どうしたものか、などと刹那、脳を働かせると、戦闘にヤスオが飛び込んできた。赤い甲冑との真っ向からの鍔迫り合い――。


「はっはっは! 今日もやる気かよぉ、ヤスオよぉっ!」

「うるさいぞ、ウキタのボンボンが……っ」

「ボンボン言うな! 俺にはハヤテって名前があるんだよ!」


 どうやら男はハヤテというらしい。

 苗字はそのまま、たぶん、ウキタなのだろう。


「よそ見はいけないのですよ! それともよそ見ができるくらい余裕なのですか!!」


 残念、アヤメ殿。まるきり後者だよ。デモンはアヤメの腹部を左足で蹴飛ばした。吹っ飛んだところに渦巻く炎を放つ。しかし、素早い動きでかわして見せた。なるほど。まったくやれないわけではないらしい。アヤメ、おまえは少なくとも合格だ。強靭な精神性までもが窺える。


 突然、ハヤテが「アヤメ、退くぞ! 俺は大いに楽しみたんだよ!!」と笑った。アヤメは口惜しそうに唇を噛み、身を翻して、たたとダッシュ。一目散に駆けてゆく。ハヤテは堂々としたものだ。のっしのっしと歩いて去る。「ヤスオ。テメーは俺の獲物だ。逃げんじゃねーぞ!」とのたまった。ヤスオは何も応えなかった。追いもしなかった。ハヤテからすれば、しょうもないかたちで勝敗を決めるつもりはないのだろう。おいしいものは極力取っておきたいタチなのだ。まあまあ立派だし、面白い人格と言える。


 握っていた刀を、デモンもヤスオも鞘に納めた。村のほうへと足を向ける。やがてノゾミと合流した。戦いぶりを見られていたらしい。「デモン、あんた凄いじゃないか」と褒められた。「そうだ。わたしは凄いんだ」と事実のみを少々自慢げに伝えておいた。


「ハヤテはどうだい? やりそうかい?」

「それよりアヤメとやらのほうが気になる。いきなり“ダスト”認定してくれたんだからな」

「なるほどね。でも、それは言葉の綾ってものじゃないのかい?」

「定義が曖昧だから、そうとも言えないのさ」

「まあ、そうかもしれないね。とにかく休みな。疲れたろう?」

「あれごときで疲れるものか」


「デモン、ぜんざいを奢らせてくれ」


 不意にヤスオがそんなことを言った。


 ぜんざい?

 粒あんと餅が入っている甘ったるいアレか。

 昔に食べた覚えがあり、まずいものではなかったとの記憶がある。


「いいだろう。ご馳走になってやろう」


 好意くらい、受け取ったっていいだろう。

 たまには、の、話ではあるが。


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