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シバタ村の
あいだには何もなしに座布団の上でカケル向かい合った。なるほど。まだ若いことはやはり言わずもがな、であろうに居住まいはきちんとしているし、礼儀正しさも兼ね備えている。いい奴なのだろう。静謐なニンゲンであるだけで賞賛に値する。最近はくだらんことを声高にほざく無駄に騒がしい若人が多すぎるという内心での文句、いちゃもん――。
「あなたが入村されたのは、じつは知っていたんです」だろうなと言えることを、カケルは述べた。「その点、申し訳ありません。島において目立ったことがあれば、私のところに知らせるルールになっているんですよ」
目立ったこと? そう疑問に思い、しかしすぐに納得して、デモンは「申し訳なくはない。そんなことはあたりまえだろうさ」と受けた。「むしろ、そうあるほうが逞しいし頼もしい。ノゾミはきちんと仕事をしているようだ」と続けた。他意はない。どう見たって考えたって、ノゾミは見るからに強そうだった。
「そうですよ」カケルは穏やかに笑み――。「彼女は自慢のヒトなんです」
「それはそうだろう。見た目だけでも威嚇できる活発さがある」
「彼女は立派だなぁ。いつもいつも村のことを思ってくれているんだなぁ」
「勲章くらい、くれてやってもいいと思うぞ」
「私がもたらしたところで価値なんてありません」どことなく無念そうに、カケルは微笑んだ。「私には何の力もありませんからね」
「とはいえ、長なんだろう?」
「まあ、そうなんですが」
いちいち穏やかに笑むあたり、カケルは奥ゆかしい人物であるらしい――と知る。
「ところで、デモンさん、あなたは何をしたいとおっしゃるんですか?」
「わかるだろう? わたしはよりプリミティブな戦闘に身を置きたいだけだ」
「だから、我々に与すると?」
「勝ち戦より負け戦のほうが面白いだろう?」
「というと、我々はやがて敗れると?」
「違うかね?」
「違いません」
すんなりと答えるあたりに、あらためて好感を覚えた。
「ウキタとやらは、そこまで強いのかね?」
「本気で潰しにかかってこられたら、どうにもなりません」
「だったら白旗を振ってしまえばどうだ?」
「そうもいきません」
シバタ村のニンゲンは「勝利」こそを「絶対」としていることだろう。負けるより勝つほうがいいに決まっている。にしたって、戦う以外の選択肢がない現状というのは、どうしたものだろうか。かなりキツい、のではないのか――。
「ウキタが来るのは三日後です」
「ほぅ。わかるのか?」
「彼らの攻撃は定期的ですから」
「なら、攻撃される前に攻撃すればいい」
「そう考えています」
「だったら――」
カケルはこほこほと咳をした。
なるほど、青白い表情が物語るとおり、それなりに病弱であるらしい。
「おつらいようなら、誰か後進に村の権利を譲るべきだと考えるがね」
「いえ。私の立場は貧乏くじですから。誰かに任せるわけにはいきません」
「涙ぐましい志、だな」
デモンは「ふん」となかば嘲るように鼻を鳴らした。「話を蒸し返すようでなんだが、で、戦うにあたって、たとえば局地戦であれば、勝てるくらいの見込みがあるのかね?」と問うた。「断言はできません。しかし、どのような戦況をもひっくり返せる男がいます」ということらしい。「ひっくり返せるであろう」ではなく、「ひっくり返せる」と断言したみせた。よほど自信があるのだろう。そこにあるのは大きな信頼と絶対的な確信なのだろう。
「そいつの名は?」
「ヤスオ・リクドウといいます」
「古臭い名だな」
デモンはまた鼻で笑ってやって、それから小さく肩をすくめた。
「よっぽど強いんだな?」
「よっぽど強いですよ。比肩する者など、この島にはいない」
「井の中の蛙かもしれんぞ?」
「そんなことはないと思います」
「じゃあ一度、わたしがヤスオと立ち合ってみようかね。途端、島の一番とやらは入れ替わるぞ」
「ですからそんなことはないと思いますが。だとしても、それはやめてください。疲弊は免れないと考えますから」
やるつもりはないから、だからデモンは「くどすぎる。まずは味方をしてやると言っているんだよ」とわかりやすく率直に告げ、それから「そうであることすらいかんかね?」と問いかけて――。
「そうあってくださると、とても助かります」カケルはほっとしたような顔をした。
「しかし、わたしは自由を標榜しているからな。いつ裏切るかわからんぞ」と釘を刺しておく。
「敵対したくはありません」
「だから、それならそうならないよう祈っていろ」
「無情ですね」
「それがわたしなんだよ。つくづくヤスオに会いたい。会おう」
わかりました――と、カケルは応え、「すぐに呼びます」と続け。手は空いているはずだから、すぐに応じてくれるだろうとのこと――。
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確かに、カケルが呼びに行ってから、十分ほどで、くだんのヤスオはデモンの目の前に姿を現したのだった。
デモンは座布団の上に着いたままで、ヤスオも腰を下ろした。二人して向き合った。心地の良い会話を始めようと思う。にしても、ヤスオのゴツさったらない。指だって拳だって大きく、手首も太い。よく鍛えられている証拠だ。紺色の作務衣も堂に入っている。まるで暗い性格なのか一つも言葉を口にしたりしないが、無駄におしゃべりをしないあたりは好きになれそうだと思う。
どういう反応を見せるか興味があって、デモンは「ヤスオ殿、楽にしたらどうだ?」と勧めた。「いや、俺は」と静かに応えた。黒い髪は七三、髭もなく、だから几帳面さと清潔さが窺い知れるわけだ。生真面目な人物であろうとも言える。
デモンはなおもあぐらをかいている。「対等がいい」とあらためて告げた。納得してもらえたらしい。ヤスオも足を崩してみせた。
ヤスオが「俺に何の用だ?」とやにわに強めに訊いてきた。「見てみたいと思ったんだよ」と答えた。
「見てみたい?」
「このちっぽけな村の、否、島か? その最強とやらに会ってみたかった」
ちっぽけな――との表現が気に入らなかったのかもしれない。ヤスオは脇に置いてあった刀を即物的に手にしようとした。その前にデモンは「待て」と放った。腰を上げようとしたところで、ヤスオの動きは止まった。「まあ、座りたまえよ」とデモンは上から告げ、するとヤスオは案外すんなり元の姿勢に戻った。刀を置き、再びあぐらをかいたのである。一気に斬り伏せても良かったのだろうが、そこに不確定要素を見たから仕掛けなかった――のだろうから、そこは買える。賢明である。なかなかの人物だ。
「現場をやってるおまえに訊きたい。戦況は? どうなんだ?」
「俺が二十人……いや、十人いれば勝てる」
デモンは「それは不可能な希望であり、そして傲慢だよ」と高らかに笑った。
いっぽうのヤスオは顔を歪め顔を俯け――。
「そんなの、わかっているんだよ。なあ?」
ヤスオにそう問われ、二人の様子を見守っていたカケルは、苦笑のような表情を浮かべながら、やむを得ないとでも言わんばかりにこくりと頷いてみせた。やはりヤスオの物言いは的を射ているらしい。
「頭のてっぺんから両足の爪先まで負け戦としか映らない。それでもやるのかね?」
「これからも続けるし、そう言っているつもりだ」とヤスオは答えた。「みんな、苦しんでいる」
「主語が大きい。ほんとうにそうなのかね? 支配されると知った上で、それは仕方がないことだと諦めているニンゲンも、じつは少なくないのではないのかね?」
「それは……」
「まあいい。御手並拝見といこう」
「他人事だから、優雅に振る舞っていられるんだ」
「おや。そうではないと、私は言ったかね?」
「……言ってない」
従順すぎるかな、ヤスオ・リクドウ――。
静かな雰囲気の中、カケルがまた、こほこほと咳をした。