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4-9.

*****


 生きていくため――そのくらいの金は潤沢にあるわけで、よって帰り道に配置されている宝箱は無視した。途中で駆け足になった。ダンジョンを、きっと魔法で生成した主が死んだわけだ。魔法は切れたも当然だ。よってダンジョン自体がなくなってしまうのではないかと考えた。


 地上に達したところで、後ろで大きなゴゴゴゴゴッなる重苦しい音がした。ダンジョンの口が沈下し、そのうち土にめり込むようにしてその姿を消したのだ。運が悪ければ、あるいは判断が遅れていればダンジョンに閉じ込められるか押し潰されるかしていたわけだ。どうあれわたしが生き残ることはいつだって必然かと強気に納得した。


 外は昼間で、ダンジョンに入るにあたっての手続きをしている者らで賑やかだった――らしい。出入り口が突如として消えたことに驚いているらしいニンゲンが大半であるように映る。五十年ものあいだ居座っていたものが、いきなり消失したのだ。まともなニンゲンであれば、そりゃびっくりする。


 ダンジョンは、もうない。

 だから探し当てるべき宝箱も、もうない。


 残念だったな、諸君。

 神さまの野郎はおまえらにきちんと働けと言っているぞ。


 ニヨル村を構成する中心地に足を向けていたところ、そのうち、左の肩にオミの奴が舞い下りた。一つ「カァ」と鳴いた。「おかえりなんだ」ということらしい。


「ケガをしているね。珍しいね」

「ああ、最悪だ。袈裟懸けにされた。服を新調しないとな」

「予備は持っているじゃないか」

「それが尽きたら、いざと言うとき、困るだろう?」

「そうだね。いつだってぼくはきみのことを尊重するんだ」

「何があってもその縛りは守れよ、馬鹿ガラス」

「それは酷い物言いなんだ。文句を言いたいんだ」

「だから、黙っていろ」



*****


 すぐに宿に戻って出立の準備を整えてもいいのだが――礼儀とか思いやりとか、そんなことだってどうでも良いのだが、亡くなった二人のことを、その家族に伝えてやろうと考えた。奴さんらは立派だったのだろう。ただ悔やむべきは、挑戦の心が少々過ぎて突っ込むのを良しとしてしまったことだ。男とは総じて馬鹿なのだという思いを新たにするしかない。



*****


 ルークの女房でヒューの母親――レコアは目を潤ませ、だがみっともなく泣き喚くような真似はしなかった。わんわん泣いたのはガキどもだ。まだ小さなライラとレイラは揃って泣いた。父が、兄が「死んだ」ということについて、きちんとわかっているのだろうか。「死」という概念がわかっているのだろうか。少なくとも、二度と帰ってこないことは理解しているのだろう。そう見えた。


 デモンはダイニングテーブルに着き、話しているわけだ。


 えーんえんと泣く双子、ライラとレイラ。

 両足を踏ん張って、涙をこらえるレコア。

 口惜しそうに唇を噛み、両手を握り締めているポール。


 みながみな、悲しんでいい。

 悲しんでもらえるよう、故人をしのんでもらえるよう、伝えたのだ。


 ルークよ、それにヒューよ。

 わたしはわたしの役割を果たしたと思うんだが、そのへん、どうなんだ?


「私が舐めていたのかねぇ」目元の涙を右手の指で拭い、レコアが言う。「ほんとうに、趣味みたいなものだと思っていたんだ。でも、止めるべきだったのかねぇ……」

「結果的にはそうだと思うが」デモンはふっと笑った。「何か障害があれば、それを踏破したくなるのも、また人情なんだろうさ」

「旦那のことも息子のことも、見送ってくれたんだね?」

「ああ。しっかりやったつもりだ。担いできたほうが良かったか?」


 ゆっくりと、レコアは首を横に振った。


「ありがとうね。あんたがいてくれたおかげで、きっと二人は報われたんだ」


 そう思ってもらえるのであれば、それで良しとしておこうと考える。


 今、ダイニングテーブルにおいてレコアと向き合っているわけで、デモンの左隣にはポールがいるわけで――。


「残念だったな、ポール。もはやダンジョンはない。消えてしまった。くだらん帰結だな。しかし、いつか笑い話になるだろうさ」

「どうして、そんな冷たいことを言うんですか?」ポールの表情はそれはもう悲しげだ。「べつに言わなくたって、いいことですよね?」

「若くして正論を吐けるのは素晴らしいと言える。だが、駄々をこねるあたりは評価できんな」

「そんなの、わかってます」

「今のおまえにできることを言ってみろ」

「それは……」

「ああ、それは?」


 俯けていた顔を、ポールは上げ。


「俺の役目は、父や兄に代わって、家族を守ることです」


 いい答えだ。

 デモンはらしくもなくそう言い、微笑んだ。


「すぐに出立されるんですか?」

「そうする。もはや用事はないからな」


 ポールは立ち上がり、気持ち良く頭を下げてみせた。


「ありがとうございました。俺、あなたのことは、絶対に忘れません」


 デモンは「そうしろとは言わんがな」と言い、少々笑った。「というより、わたしのような美人のことは簡単には忘れられんだろうさ」と軽口も叩いた。ほんとうにらしくない、らしくないことだが、ほんの一秒、一時くらい、彼らのことを慮った。


 強く生きろと言うのは簡単だ。

 だからこそ、強く生きろという言葉には力がある。


 デモンは席を立った。


 ライラとレイラの頭をそれぞれ撫でてやり、それから自分でも驚いてしまうくらい優しい声で、「達者でな」と口にした。


 暇潰しの寄り道は、今回も一定の成果を見た。

 たいそうな口振りで言うと、やりきった――となる。


 有意義な時間だったと言えなくもない。


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