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4-5.

*****


 階下――地下二階へと至る階段を、ルークを先頭に下りながら。


「やはり妙だな」とデモンは口を利いた。

「何がだ?」と答えたのはルークである。

「簡単なことだ。地下一階の蟻どもは、どうして零階にはいなかったんだ?」

「ああ、言われてみると、そうだな」

「だろう? どうしたっておかしい。シームレスであるはずだ、そのへんは」

「まあ、いいじゃないか。俺たちはこうして下りているんだからな」


 あっはっは。そんなふうに笑い飛ばすルークにはお気楽さしか感じようがない。まあ、深刻になられるよりはずっといいが。


「ルーク、確認だ。一階までは潜ったことがあるんだな?」

「そうだ。長らくかけて一階だ。我ながら情けない限りだよ」

「情けないうんぬんはどうでもいいとして、となると……そういうことか」

「何が、そういうことなんだ?」

「そのくらい自分で思考しろ、馬鹿め」

「酷いなぁ。さあ、地下二階だ。気張っていこうぜ」


 下り立った。零階、一階、二階と、徐々に面積は狭くなっている。どういう仕組みであり、またからくりなのかはまったくもって、現時点ではわかるはずもないのだが、深く潜るごとにきな臭く、また胡散臭くなっているのは事実だ。これは少々ヤバいかもしれない。このまま行けば恐らく――否、間違いなく、ルークとヒューはいずれお荷物になるだろう――そんな気がしてならない。


「なんだぁ? 何もいないじゃねぇか」そう発したのは、ルークである。


 そんな呑気な父親がある一方で、息子のヒューは厳戒態勢、いつでも矢を取り出せるように構えている。ヒューのほうが尊い。ルークはもう少し賢く、警戒したほうがいい――そんなこと、面倒なので言ってやったりはしないが。


 ルークが右に左にと目線を向けながら、さらに前へと進む。デモンは「やはり松明があるな」と思うところを口にした。


「誰かがこしらえたんだろう」とルークは言い。


 だが、どうしてもそのへん、引っかかるデモンである。


 ――と、そのときだった。


 ルークが「ぎゃあぁっ!」と低い悲鳴を発したのだ。松明があると言ってもそこまで明るくはない。それでも目を凝らして見つめた。ルークが細かい蜂に襲われているのがわかった。特別、蜂に造詣が深いわけではないので蜂としか言えないが、えらく大きな種類だとは判断がつく。ヒューの動きは早かった。矢なんて当たるわけがないと思ってのことだろう、ナイフを手にして突っ込んだ。ルークはルークで手斧を振り回している。まあ、なんにせよ、どちらも要領を得ないなと考え、デモンは此度もフィンガースナップ、見えうる限りの蜂を炎で焼いた。続けて「戻ってこい!」と発した。奥にもっと巨大で妙な気配を察知したからだ。


 そのうち、それは出現した。一メートルはあるであろう、胸部と腹部が綺麗にくびれた、獰猛な顔をしたそれは、間違いなくスズメバチだった。


「おいおいおい、あんなの見たことないぜ」ルークはそう言い、まさに驚いてみせた。「でかいな。ビビらないほうが嘘ってもんだ」

「どうするのが正しいんだろう……」少々不安げな、ヒュー。「引き返すことは、できると思うけど……」

「馬鹿言え。男がここで引けるかよ」

「でも――」


 デモンは彼女自身が自覚しているとおり、「あー、あー、あー」と不可解な声を発した。それから「私は休んでいていいかね?」と訊ねた。自らの身に危険が訪れるのであればなんだが、そうでないうちはやらせておきたい。男なら自らなんとかしろという話である。


 ルークとヒューは顔を見合わせた。

 その様子を見て、「殺してみせろ」とはっぱをかけたデモンである。


 あっさりしてるな。

 ルークが手斧を片手に突っかかったのである。


 ヒューが素早い手つきでどんどん矢を放つ、なかなかに鋭い。連射するにあたっての手際がいい。たかが辺鄙な村の小僧っ子のくせに、大したものだ――くらいは思う。


 巨大スズメバチの尻の針はいかにも凶悪だ。しかし、その攻撃をかわしながら、ルークは幾度も手斧を叩きつける。ルークはルークで、やるものだ。引くことなく、対等に渡り合っている。そのうち、尻の針を叩き折ることに成功した。ルークは叫んだ。


「今だ、ヒュー、やれ!!」


 ヒューが深く息を吐いたのがわかった。目を閉じ、目を開け、そして一撃を放った。矢は見事にスズメバチの眉間を捕らえた。羽をぶんぶん動かし舞っていたが、終焉、戦闘は親子の勝利で幕を下ろした。やるものだ。なかなかの連携プレーだった。拍手の一つや二つはくれてやってもいい。


 ルークとヒューが戻ってきた。二人とも嬉しそうな顔で、特にルークについては「危ねぇ、危ねぇ」と冷や汗交じりに言いつつも、晴れやかな面持ちだった。「面白い見世物だったよ」と感想を述べてやると、「だったら良かった」――軽口を叩けるあたり、まだまだ平気らしいと知る。


 元気なルークは早速身を翻し、フロアの探索に向かった。宝箱があるかもしれないと考えてのことだろう。浅薄なことだが、わけのわからない化物をやっつけたのだ。報酬くらい得られてもいいだろう。息子殿にも同じことが言える。


 ヒューは探索には向かわず、デモンの左隣に腰を下ろした。


「ヤバいです。ちょっとヤバいなぁ」などと、ヒューは言った。「もう戻ったほうがいい。そうは思いませんか?」

「何度も言わせるな。おまえがそうしたいと言っても、わたしは先に進む」

「食料もないのにですか?」

「だから、そのへんはうまくやる。なんとでもなるんだよ」


 ヒューが両膝を抱えた。

 それから、「父さんは、楽しいのかなぁ」と小さく言った。


「おまえだってそれなりの目的があって、付いているんじゃないのか?」

「まあ、そうです」ヒューは苦笑じみた表情を浮かべた。「生活についての金銭うんぬんに関して言うと不安はついて回りますけれど、そうでなくとも、僕は父さんと一緒にいたいんです」

「本人に言ってやれ。さぞ、喜ぶことだろう」

「それはなんだか照れ臭くて」

「なるほど、な」


 しばらく二人して黙っていると、ルークがぱたぱた駆け、戻ってきた。彼曰く、見てきた範囲でも結構な財宝が見つかったらしい。ルークは難しい顔をして、「うーん、どうしたもんかなぁ」と腕を組んでみせた。言いたいことはわかる。お宝を持って帰り道を行くことはなんらおかしいことではない。


 だが、「いや、進もう」とルークは言った。「二階までは潜れることがわかったんだからな。だったら、深くに戻るほうが正しいってもんだ」と豪快に笑ってみせた。


「戻っても、何も恥じることはないんだぞ?」とデモンは言った。

「そうもいかないさ。やっぱり、男のロマンなんだよ」とルークは受けた。

「ロマンで飯が食えるのか?」

「そうでもない。でも、前人未到の三階を踏破したほうが、勲章になるってもんだろ?」

「意味のない勲章だ」

「それでも、行こう」


 金よりも、じつは名誉なんかよりも、好奇心が勝るのだろう。

 ならば、付き合ってやろうと考える。

 ルークもヒューも、まあまあ面白い――。


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