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4-4.

*****


 眠っていたらしいところを、「おい、デモン、デモン」と起こされた。案外、しっかりと熟睡していたようだ。視線を上げると、そこにはルークのごつい顔があった。デモンはまだ眠い。だからむにゃむにゃ言いながら、しかし記憶の断片くらいは残っているので、「怪我人と死体は? 処理は済んだのか?」と訊ねた。ルークいわく、「だいじょうぶだ。死人は仕方ないが、怪我人については漏れなく助かるみたいだ」とのことだった。


「わかった」と言いつつ、デモンは腰を上げた、めんどくさくはある。しかし、「先に進むんだな?」――。


「ああ。行こう。なんてったって、俺たちは先を知りたくて、ここにいるんだからな」


 とはいえ、先達て襲いかかってきた謎の宝箱のようなモンスターを向こうに回しては、この親子はまるで太刀打ちできないのではないのか。そんなふうに感じもするのだが、そのへんはそれこそ自己責任だろうとも考える。死を厭わないのであればじっくり進めばいいし、死にたくないのならただちに帰路につけばいい。生と死との選択なんて、今の世にあってはさほど珍しいシチュエーションでもないだろう。


「行くぞ」とデモンは言い。「さしたる問題はないんだろう?」


 まあ、そうなんだが。といったふうにルークは答え。含みを帯びていたように感じられたが、そうでもないのだろう、他意はないのだろう。


「だけど、危険が伴うのは確かなんですよ」と口にしたのは、ヒューだ。「何が起きるかわかりませんから、油断はできません」


 デモンは顔を皮肉に著しく歪め、「怖いなら、ここで待っていろ」とあたりまえのことを言ってやった。


「しかし、それはデモンさん――」

「ヒュー、おまえは何をしにきたんだ?」

「そのあたりについては、おっしゃるとおりですが……」

「命が惜しいのならすっこんでいろ。わたしは他に、言葉を持たん」


 少々考える素振りを見せたのち、ヒューは「わかりました」と力強く応え――。


「僕はデモンさんに続きます。先を見てみたいの一心ですから」

「その言い方だと、多少、弱々しいんだがな」


 ヒューが宝箱を目的としていないらしいことには、好感が持てた。


「もう少し進めば、下への階段がある」と言ったのは、ルークだ。「しかし、零階に宝箱か? みたいな怪物がいるとはなぁ。心底ちょっと、予想外だよ」


 デモンは「それはもう聞いた」と当然を述べ、「馬鹿か」と言い放った。「心構えをきちんとしろということだ。あらかじめ心の準備をしておけという話だ」と深く忠告した。


 ルークは「期待してるよ」と言い、デモンは「弱々しいことを抜かすな。立派なのは身体だけか?」とはっぱをかけたのである。



*****


 くだんの地下一階である。ふぅん、少々おかしいのかもしれないな。そんなふうに感じたデモンである。どうしてそのように思うかって、この階にも松明があるからだ。化物がいるという話なのだが、どうやって焚いたのだろう。まあ、「ある」という事実があるのだから、「誰かが設置した」ということについては疑いようがない。当該の階における化物とはそう強いものではないのではないか――そう予想してしかるべきである。


 ルークは「先を進もう」とだけ言った。二階まで踏破したニンゲンがいるのだといれば、なるほど、一階には用がない。すんなりであるならありがたいことだ。――「妙な感じがするんだよなぁ」とルークは言い。「だよね」と応じたのはヒューだ。確かに「何か」、ある。デモンもそう感じていた。


 そのうちに、だ。何か黒い生き物が、地を這うようにして、ぞろぞろ現れた。一見して気色が悪いと思わされた。ほんとうに黒い、なんぞやに似た生物だ――すぐに見当がついた。


「いいな、尊い。少々、異質だ」と、デモンは言った。「蟻なのかね? やはり蟻なのかね?」

「なんで余裕なんだよ、あんたは、デモンさんよ」応えたのはルークだ。「見てのとおり、蟻だよ。でかい軍隊蟻だ」

「じつに興味深い」

「こいつらにあちらこちらと食われて死んじまった奴も、きっと少なくないんだぜ?」

「だが、わたしは死んでやらない」

「って、言ってもだな――」

「特性は? フツウのより頑丈以外に、何かあるのか?」

「だから、俺は大した情報を持ってない」

「一階ごときでまごついていては先が思いやられる。違うか?」

「違わないが……」


 デモンはてくてく歩いて、前に進んだ。

 途端、軍隊蟻どもに囲まれた。


 びっくりしたように「お、おいっ!」と声を上げたのはルークである。しかし、なあんの問題もないので、デモンは返事をしなかった。蟻というよりゴキブリに近いなと感じ始める。駆逐の対象であることに違いはない。ガサガサガサガサ蠢くあたりはかなり凶悪だとも見て取れる、気色の悪いこと悪いこと――。


「おーい、ルーク。これくらい、おまえが解決してくれないか?」

「やってる!!」

「斧で一つ一つとは、難儀だな」

「それでも必死なんだよ。いいから戻れ! 蟻は弱くないぞ!!」


 承知した。そう言って、デモンは頭上で右のフィンガースナップ、ぱちんと指を鳴らした。途端、彼女を取り囲んでいた蟻と呼ぶにはあまりにも巨大な生物が激しい炎に包まれた。全部燃やしてやるつもりでいたから、全部燃やしてやった。圧倒的な戦力差とはこのことをいう――。


 デモンは後ろを振り返った。ルークもヒューもぽかんとなっている。ルークが「まるで圧倒的じゃないか、あんたは……」と戸惑ったように言った。ふんと鼻を鳴らして「その旨、否定はしない」と答えておいた。


「そも、わたしがいなければ、この蟻どもをどうやってやっつけたのかね?」

「だから、そりゃあ、一匹ずつやっつけるしかなかったさ」

「まるで効率性に欠けるな」

「だけど、魔法を使える奴なんて、そうはいないだろう?」

「それは、まあ、そうかもしれんが」


 デモンが「先に行くぞ」と言ったところで、彼女の腹の虫が音を上げた。ため息が漏れた。確かに空腹を感じているからだ。


「ルーク、食べ物は? 飲み物とワンセットくらいは、あるんだろう?」


 ルークは「あるさ」と言って、にこりと笑った。「少々早い気もするが、あんたがそうだって言うんだ。休憩しちまおう」と言った。


 ヒューが背負っていたリュックを下ろした。水筒と握り飯が入っていた。水はともかく、握り飯は妙手だ。塩の加減はちょうど良かった。


「二階は大したことがない。これは結論だ」

「いいのかよ、言いきっちまって」

「わたしがいるんだ。絶対に問題はない」

「とことん強気なんだな」

「そういうことだ。問題はその先だ。何せ、それを見て帰ってきた奴はいないんだからな」

「逃げだしたくなるわなぁ」

「何度言わせる? だったら引き返せ。わたしは一人でも、前に進む」


 どうして執着するんだ?

 右隣に座っているルークが、そんなふうに訊いてきた。


「殺されるかもしれない。そんな危険に身を晒したいんだよ」

「物好きだな」

「なんとでも言え」

「やれるかもしれません」と言ったのは、ヒューである。「デモンさんはすごいです。だからほんとうに、なんとかなるかもしれません」

「腹が減ってはなんとやら、だがな」デモンは握り飯にかぶりつく。「はてさて、何階まであるのやら」


 再び蟻が湧いた。何の前触れもない表出だが、現れるにあたり、法則性はあるのだろうか? デモンは立ち上がって奴さんらのいっさいを焼き払い、「さて、行くぞ」と二人に告げた。事も無げとはこのことを言う。現状、特に進むにあたっては、大した障害はなさそうだと言えた――。


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