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4-3.

*****


 雲の合間から鈍く冴えない日が差し込んでいる、それでもいい風くらいは吹いていて――。体質なのかあまり暑がったりする身体ではないし、汗っかきでもないデモンである。


 森を抜けた先に、ダンジョンはあった。大口を開けている。芋洗いとは言わないまでもそれなりに賑わっていて、潜ってやろう、やってやろう、といった具合の覇気があるニンゲンばかりであるように見える。でかい男もいれば、細身の奴もいる。ただ、女は見当たらない。今日はいないだけなのか、それとも普段からいないのか、当然、そのへんはわからないが、ダイバーシティが叫ばれる昨今だ。まあ、そういうことであり、そういうことなのだろう。多様化を推し進めると分断が進むだけなのだが、そんなのどうだっていい――。ダンジョンのすぐ脇にテーブルが置かれていて、何やらヒトが対応している。何らかの決め事に同意させるための受付だろう。


 それにしても、ルークにヒューめ。わたしを待たせるとはいい度胸ではないか――と不機嫌になりそうになる。予期せぬ余計な待ち時間が発生したので、デモンは受付の椅子を多少強引に失敬した。


「あ、あの、そこは同僚の席なんですが……」

「が、今、そいつはいない」

「えぇーっ」

「受け容れろ、馬鹿者めが」


 そんなふうに受付の男をやっつけて、デモンは座ったままでいる。腕も脚も組みふんぞり返る。


 そのうち、ルークが「おーい」という大声とともに走ってきた。ヒューは軽装だ。ルークは灰色の鎧を着込んでいて、だから進むたびにがしゃがしゃと迷惑な音が鳴る。ルークは息せき切らせているが、ヒューは至って涼しい顔。若いほうが体力があるということだろう。四十のなかばであるう以上、ルークだってまだ老け込むような年齢ではないが。


「悪い悪い。矢を値切るのに時間がかかっちまって」


 矢を値切るのに時間がかかった?

 ヘンテコな理由である。


 ルークは背にごつい手斧を、ヒューはそう大きくはないリュックを背負っている。ヒューの場合、腰に大振りのナイフと矢筒を提げていたりもする。準備万端といったところだろう。頼もしい限りだ――とは思わない。だってガキなのだから。


 三人とも受付にて、「一度中にに入ったら以降は自己責任だよーっ」的な書類にサインした。三人並んで、ダンジョンの口を眺める。ほんとうに、大した大きさだ。否が応でも期待が膨らむというものだ。


 行こう。

 先頭に立つのはルークらしい。

 偉そうな限りだが、年上は敬ってやろうと思う。



*****


「零階にはモンスターはいないんだ」歩きながら、ルークである。「でも、宝箱はときどき発生する。多くの同業、探索者は、それ狙いなんだ」


 デモンは「そのたび、決まった位置に現れるのか?」と訊いた。


「いや、法則性はないはずだ」

「不思議な現象だな」

「俺もそう思う。そもそも、どうして宝箱が、言ってみれば湧くのか」

「考えてもしょうがない。にしても、明るいな」


 松明が短い間隔で設置されているのである。


「安全なフロアだからな。松明くらい、いくらでもあるさ」

「ふぅん」と鼻を鳴らしたデモン。「探索者は? 普段はこれくらいの人数なのか?」

「いや。今日は少ない。礼拝の集会があってな」

「おまえは敬虔な信者ではないと?」

「信者なんだけど、まあ、そういうことだ」

「罰当たりな奴め」


 そう言ってやると、ルークは豪快に笑った。


 デモンが「広いな、ここは」と感想を述べると、ルークが「地下一階はここよりずっと狭い」と言った。


 しばらく歩いた。


「宝箱の気配はないな」

「まあ、足繁く通わないと、得るのは難しい」

「階下に行けば競争率は自然と下がるんだ。だったら下を目指せばいい」

「おっしゃるとおり、だな」


 ルークがまた笑った。ヒューは静かなままである。少なくとも性格は父に似なかったようだ。奥ゆかしいと見える。美徳と言える。


 しばらく進んだところで、人だかりを見つけた。ごつごつとした壁――壁際で何かを囲んでいる。ああ、これはたぶん――。


「宝箱を見つけたみたいだな」と、ルーク。「まったく、運がいい連中だ」

「だが、早い者勝ちなんだろう? だったら――」

「みんな、中に何が入っているのか、見たいだけなんだろうよ」

「強奪するのはダメなのかと言おうとした次第だが?」

「そうもいかない」

「わかっている。冗談だよ」


 いきなりのことだった。


 ぎゃあっ!

 そんな悲鳴がこだましたのだ。

 何せ悲鳴だ。

 発生したのは穏やかな類の事象ではないのだろう。


 まるで蜘蛛の子を散らしたようにみなが逃げ出す。追いかけ、手当たり次第に彼らに噛みついているのはなんとまあ宝箱そのものだ。どういう仕組みなのかはまったくもってわからないが、ぴょんぴょん跳ねて口を開けてがぶっ――移動速度が速いものだから、逃げきれずに結構なニンゲンが歯を立てられている。腕を丸ごと持っていかれたり、身体を削ぐような噛みつき攻撃に晒されたり――。


「なんだぁ、ありゃあ」ルークが半ば呆れたように言った。

「撃つよ」ヒューが矢を放とうとする。

「えらくスピーディーだ。当たるとは思えんな」と、デモンは口にした。「ルークよ、零階は安全ではなかったのかね?」

「今までこんなことはなかったはずだ。聞いたことがない」


 左腕を失った男が、デモンらのほうに駆けてくる。坊主頭。まだ若そうだ。早々に人生から退場したくはないだろう。男のことを宝箱の化物が追う。相手をしてやる必要があるように考える。


 デモンは「伏せろ!」とデカい声を発した。理解したらしい。男はばたんと前のめりに突っ伏した。男の身体をぴょんと飛び越え、思ったとおり、宝箱の怪物は向かってくる。ルークが手斧を構える。ヒューはいよいよ射ようと弓を引く。しかし、彼らに出番は寄越してやらない。デモンはすっと前に進み出ると、素早く抜刀し、振りかぶり、大口を開けた先方のことを上から下へと両断した。二つに分かれた箱は地に転がり事切れたことだろう、後ろを向いて確認するまでもない。


「す、すごいな」ルークは驚いたようだった。「頑丈な箱だ。そんな物、刀で斬れるのか?」

「斬れたんだから、斬れるんだろう」


 ヒューはヒューで目をぱちくりさせている。


「それより、いいのか? 死人や怪我人が出ているようだが」

「ああ、そうだな。連れて帰るのを手伝ってやらないとな」

「わたしはここで待っている。戻るのがめんどくさいからだ。そも、重労働は嫌いだということもある」

「だいじょうぶだ。搬送くらい、俺たちでやれる」

「ああ。行ってこい。とっとと帰ってこいよ」


 デモンは壁際で腰を下ろした。

 暇潰しに、眠ることにした。


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