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4-2.

*****


 宿屋の部屋。オミは丸いテーブルの上だ。分けてやった白身魚のムニエルを食らい、「魚もいいんだっ。とてもおいしいんだっ」などとがっつき加減の感想を語尾跳ねで述べる。どうでもいい。ほんとうにどうでもいい、際限なく純粋に、取るに足らないカラスなのである。


 明日の予定とそれにまつわる情報を展開してやった。一通り食べ終えたところで、オミは「宝箱なんて物があるのなら、探索者で芋洗いなんじゃないのかなあ。土曜日なんだし」と、かなり正しいことを言った。


 ――が。


「このわたしに週明けまで待てと?」

「せっかちだから、それは無理だと思うんだ」

「せっかちとの評価は心外だが、しかし、まあ、だろう?」

「ぼくもついていっていいかな?」

「よくない。おまえはわたしの帰還を待っていろ」

「意地悪だと思うんだ」

「馬鹿を言え。途方もない思いやりの成果だよ」


 オミが「確認なんだ」と切り出した。「地下三階まで潜ったヒトって、ほんとうに戻ってないの?」と訊いてきた。


「らしいぞ。ゆえに、三階の情報は皆無、となる。そもそも入った先のことなんてどうでもいいんだがな。そのほうがより一層楽しめる」

「彼らが深くを目指そうという理由――デモンはどう考えるんだい?」

「階を重ねればより良い宝を得られるのでは? そういうことなんだろう」

「やっぱりそうなのかなぁ」

「得体の知れない三階まで下りるのはリスキーとも言えるんだがな」

「それ、一般的なニンゲンの感覚を指してのことだよね?」

「もちろん、そうだ。そのとおりだ」


 オミが言った。「それにしてもわからないなぁ、どうしてなんだろう」。


「宝石を得られるっていうのは、得られるかもしれないという希望的観測に基づいた考えであって、危険を冒すほどのことなのかなぁ」

「ヒトがさまざまあることの証左だ」


 ウイスキーを一口飲んだ、デモン。


「うまいな。樽がいいんだろうな」

「ぼくも飲んでみたいんだ」

「酔っ払ったカラスなど、誰も見たくない」

「アルコールに耐性があるカラスなのかもしれないよ?」

「そんな奴はいない」

「根拠は?」

「ない。だから死ね」


 オミがやいのやいのと騒がんとなった段で、ドアの戸がコンコンコンとノックされた。「開いているぞ」と答えたデモンである。戸を開き、入ってきたのは宿屋の主人、リッチだった。


「夜分に申し訳ありません」

「まずは座るといい」

「恐れ入ります」


 リッチは鏡台のそばに置かれていた丸椅子を持ってきて、それに腰を下ろした。


「で、何の用なんだ?」と訊いた。

「紹介しておいてなんですが、ダンジョンに入るのはやめておいたほうがよろしいかと」との答えが返ってきた。


「ほぅ。どういう理由があって、そんな結論に至ったんだ?」

「いくらなんでも、あなたに踏破は不可能、かと」

「わたしに限って、それはないと思うがね」

「得体の知れない場所に足を踏み入れる――やはり正気の沙汰とは思えないのです」

「そこまで言うかね」デモンは小さく笑った。「どうでもいいことを訊こう」

「なんでしょう?」

「ダンジョンは大昔からあるのかね? それとも、できたのは比較的最近のことなのかね?」

「五十年ほど前に出現したようです。一夜にして、いきなりです」


 ますます意味がわからんなと思う。


「いかがですか? 私の進言にお応えくださいますか?」


 デモンは特に思考することもなく、だから間を置かず「答えはノーだ」とすぐさま言った。


「なぜですか? ここで巡り会えたわけです。何かの縁ではありませんか。私はあなたのような若く美しく、また才能に満ちた女性には死んでもらいたくないのです」

「才能云々についておまえがわたしの何を推し量るのか――という話だ。ある種の女性蔑視的発言でもある」デモンは鼻で笑ってやり、肩をすくめもたりもした。「一度、興味を持ってしまったんだ。もはや誰の言葉にも耳を傾けてやる気はない」


 暗い顔をして、リッチはいかにも「そうですか……」と残念そうだ。深く吐息をつくと立ち上がり、「忠告はしましたよ」と大げさなことを言い、部屋から出ていった。


 テーブルの上で、オミの奴が「どことなく変わったヒトだと感じたんだ」と述べた。「そうか?」、「まとう雰囲気が、僕にそう感じさせたんだ」、「根拠は?」、「それはわからないんだ」などというやり取りがあり――。


 このカラス、ヒトを見る目はそこそこある。だが「変わったヒト」の定義が曖昧であり、その枠を出ない以上、リッチはただの老人だ。当然のことである。


「にしても、きみはどこでも美人だと言われるね」

「完全無欠で完璧すぎる事実だろうが」

「ニンゲン、謙虚さが必要なんだ」

「カラスごときにも、それはあてはまる」

「ごときとは失礼千万なんだっ」

「いちいちやかましい奴だ」


 いかにも子供っぽい、変声期を迎える前の少年のような高い声なのだが、ずっと聞いていると飽きてしまうし、ならしゃべる必要はないなとすら思う。


 オミが足を折り、むくむくの状態になった。


「食べたし、飲んだんだ。はしごをしたいくらいなんだ」

「中年のおっさんみたいなことをほざくな」

「ねぇ、デモン、ぼくの身体はフツウのカラスのそれよりずっと小さいよね。どうしてだと思う?」

「生まれつき、そういう性質なんだろう」

「違うね。きみの細い左肩に乗るために、ぼくは小さく、生まれてきたんだ」

「大層な物言いだ」

「ぼくにも何か楽しいことが降ってこないかなぁ……」

「わたしといると退屈か? だったらどこにでも飛んでゆけ」


 オミは不本意そうな顔をした。

 無論、カラスの表情なんて判別がつかないので、見た感じの印象だが。


「二つ、考えられると思うんだ」

「二つ?」

「そうなんだ。一つ目は単純なケース。地下三階にまで至った探索者はそこで何かに殺された」

「二つ目は?」

「なんらかのかたちで捕らわれて動けない」

「二つとも、あり得んとは断言できんな」


 オミは「うんうん」と得意げだ。


「どっちにしろ、やっぱり危険だよね」

「しかし、わたしは潜るだけだ」

「後は野となれ山となれ?」

「それは存分に楽しんだ事後の話だよ」


 オミが少し身体を左右に揺らした。それからデモンに「眠いんだ、寝るんだ、おやすみなんだ」と矢継ぎ早に言った。クソ生意気な奴さんには明日を迎えることなく、ぽっくりと死んでもらえると嬉しいのだが。その旨、伝えると、オミは「酷いんだ……」とつぶやきしゅんとなった。カラスであるものだから、しゅんとなったというのも、やはり見た感じの印象でしかないのだが。


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