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デモン・イーブルは乗合の馬車で北西へと向かっている。向かいの席にはきちんとした身なりの三十には満たないであろう女がいる。気が合ったとか打ち解けたとかそういうわけではない――のだが、他にすることもないのでおしゃべりをしている。ふと、デモンは「このあたりに面白いところはないかね?」とざっくりの質問をぶつけた。「ないことはないわね」という口調にも孤高さと品が窺える。
「あなたは腕が立つ。たとえば、ゴミの掃除なんかは得意なんでしょう?」
「遠からずと、言ったところだな」
「ダンジョンの村と呼ばれる集落があるのよ」
ダンジョン。
それはなかなかに興味深いなと思い、デモンは「ほぅ」と受けた。
「言えば、この馬車は、そこに寄るのか?」
「ええ。村と言っても、町とも言える規模だから」
「たとえば、ダンジョンを踏破した際には、それこそ金銭が得られるのかね」
「たぶん、そうね。じゃなきゃ、得体の知れない洞窟になんか、誰も潜らないでしょう? 誰かが何かを目的に、中へ入ることを奨励しているのよ」
もっともなことを言う女である。
「わかった。寄ってみるとしよう。情報、感謝する」
「えっ、そうなの?」
デモンは眉を寄せた。
「何か不思議なのか?」
「素直に御礼が言えるタイプには見えないから」
「心外だな」
「それにしても、服は黒一色。暑くないの?」
「わたしは好き嫌いがはっきりしているんだ。暑さは度外視だと言っていい」
くすくすと笑った女である。「徹底してるのね」との感想は褒め言葉だと解釈し、ありがたく頂戴することにした。
「ダンジョンに入るには、通行手形みたいなものが必要なのだろうか」
「そこまでは知らないわ」
「まあ、そうだろうな」
デモンは大きな声で、「『そこ』に寄ってくれ」と御者に伝えた。
村の名は「ニヨル」というらしい。
何とも迫力に欠ける名称である。
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今日も左肩にオミを乗せて――。村に入ってから少々散策してみたのだが、なるほど、確かに町と言える規模に思えた。正確には村と町のあいだといったところだろうか。街路樹が多く、白い石畳は清潔だ。家屋はレンガ造りもあれば、木造のものもある。落ち着いた感のある明媚な風景なのである。
まずは宿探しだ。金には不自由していないので、高級そうなところを探す。歩いた中でいっとう広い道路に面した見るからに値が張りそうな石造りのそれを見つけた。もうこれ以上歩きたくないという思いも相まって決定した。フロントで手続きを済ませ、鍵を持たされ、部屋に入る。クローゼットを開け寝間着を確認――白い。見るからにシルクだ。黒ではないが、これくらいは許容してやろうと考える。我ながら懐の深いことである――と、デモンは自分に深く感心する。良い傾向だ。
荷物を置いてフロントに戻った。情報収集が目的だ。痩躯、七三に分けた白い髪――もう七十くらいであろう老人にくだんのダンジョンについて訊ねた。場所は町外れ。森を抜けたところにあって、ぐわんと大きく口を開けているらしい。通行料は要らないが、一筆書かされるようだ。中に入ったが最後、たとえ死んでも自己責任だ――という内容。それなりに危険を伴うということだろう。危なっかしいのであれば行政がもっと管理して然るべきだと思うのだが、それこそ自己責任なら認めていいと判断したのだろう。過去、探索を禁止した際に、反対運動が起きたのかもしれないとも予想する。なんにせよ、なかなかにいい感じだ。ヒトの命が軽すぎる。そういうのが、好きだ。
「私はダンジョンについて、あまり明るくありません」と老人は言った。「ただ、詳しいニンゲンは知っております。事前に予備知識を得ようというのであれば、紹介いたします」
デモンは少し考えた。ガイドみたいな連中がいるということだろうか? べつに必要ないのだが、どうせ手は空いているので、訪ねてみることにした。話くらいは聞かせてもらおうと思う。
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宿の主人から教えてもらった住所に到着した。真っ白な石製で二階建て。小さくも大きくもない一軒家だ。コンコンコン程度では聞こえないことだろうから、ドアノッカーを派手に叩いて大きな音を立てた。中から「はーい!」と明らかに良く通る声。姿を現したのはでっぷりと太った女だった。四十がらみくらいに見える。もっといってるかもしれない。
「まあまあ、上から下まで見事に真っ黒だね。いかにも怪しい女って感じだね」
まったく、いきなり失礼な女である。
「『スズラン』なる宿のリッチという主人から教えられ、訪れた」
「リッチさんから?」
「ああ。少々、話を聞かせてもらえないだろうか?」
「何の話だい?」
「ダンジョンに明るいと聞いた」
「そうでもないと思うけど、まあ、数だけは潜ってるね。わかった」
中へと招き入れてもらえることになった。
オミは屋根のほうへと飛び立った。
「カラスとご一緒だなんて珍しいね」
「奴さんは貴重な話し相手なんだよ」
「まさか」
女は豪快に笑った。
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ダイニングテーブルに通された。背もたれの付いた椅子に座っていると、紅茶を出してもらえた。香りはそうでもないが、味は決して悪くない。
すぐ近くで二人の少女がデモンのことをじーっと見上げている。ライラとレイラというらしい。年子で六つと五つ。物珍しそうに見られているわけだが、悪い気はしない。そのうち、きゃーっと発しながら、二人は走り去った。鬼ごっこが始まった。無邪気だなとは思う――。
「私はレコアさね」と女が名乗った。「いい名前だろう?」
名前に良いも悪いもないと思う。
デモンも名乗っておいた、デモンでいいと付け加えておいた。
「主人は? いないようだが?」
「日中は大工をやってるさね」
「他に子どもは?」
「男が二人。学校だよ」
「子は計四人か」
「貧乏子沢山ってね」とレコアは笑う。
「ダンジョンにはいつ潜るんだ?」
「土日だね。もはや趣味みたいなもんさ」
「危険を伴うと耳にしたが?」
「それでも行くのさ。男のロマンってやつさね」
ロマン、か……。
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――やがて夕方になり、男兄弟が帰ってきて、主人も帰宅した。
禿げ頭にがっちりとした体躯の主人はルークという、年は四十五。
背の高いほうの兄はヒュー、細身で、十六歳。
短躯の弟はポール、十四とのこと。
ライラとレイラにも言えることだが、子らはみんな黄色い瞳で、赤茶けた髪だ。瞳の色はルークの遺伝で、髪はレコアから受け継いだのだろう。
レコアが席を立ち、代わりに男衆三名が席に着いた。デモンの正面にはルークがいて、彼女の左隣にはヒューがいる。
「いやあ、びっくりしたぜ。客なんて多くないし、しかも、空恐ろしいまでの見た目ときたもんだ」ルークが言った、笑顔だ。「早速だが、何の用だ? 何かあるんだろう? 美人さん」
「美人であることは事実だが、デモンという名がある」
「じゃあデモンさん、いったい何が悲しくてこんな辺鄙な土地に来たんだ?」
かくかくしかじか。
デモンは手短に説明した。
「そうか。リッチさんからの紹介か。でも、どうしてウチが選ばれたのか……」
「知らん。そのへんはどうでもいい」
「俺たちより多く潜ってる奴だっているのになぁ」
「だから、それはどうだっていい。知っていることをとっとと話してくれないか?」
「そうだなぁ……」とルークは顎に手をやり。「やっぱり、何か質問してもらえると助かるんだが」
――ということらしいので、デモンはしょっぱな、「そも、どうしてダンジョンに潜るんだ?」と訊ねた。先達てレコアが言ったとおり、「それはロマンがあるからさ」と返ってきた。「といっても、もっと即物的な理由もあるんだけどな」と続けた。
「即物的な理由?」
「宝箱だよ。運が良ければ、目も眩むような宝石が得られるんだ」
なるほどと、デモンは頷いた。
「即物的というより、俗物的だな」
「そう叩かれると何も返せないんだがな、ははっ」
「多くの探索者がそうだとして、しかし、宝箱なんて早い者勝ちだろう? そう何個もないはずだ」
「俺は何よりダンジョンの危険性を、まずは示したいな」
「怪物でもいるのか?」
「そうなんだよ」
宝箱があるから、危険を顧みることはしない。
それはまあ、わかる。
だが――。
「早い者勝ちと言った。重ねよう。だったらもう宝箱なんてないんじゃないのか?」
「それが、あるんだよ」
「どういうことだ?」
「首尾良く宝箱を見つけて中身を拝借しても、何日かが経てば、また宝箱の中には宝石の類が入っているんだ」
突拍子のない、あるいは不思議な話を聞かされたわけで、だからデモンは「はぁ?」と眉をひそめた。
「意味がわからんぞ。どうしてそんなことになるんだ?」
「俺たちにもわからない。だけど、事実だ」
断言されてしまうと、納得するしかないだろう。
「ルークは宝を得たことはあるのか? ああ、ルークと呼ぶぞ?」
「かまわないさ。宝については、一度だけお目にかかったことがある」
「やはり、中には?」
「そうなんだ」ルークはにっこりと笑った。「思いもよらない臨時収入ってやつだった」
「何階で得たんだ?」
「地下一階だ」
「それ以上は潜っていないんだな?」
「ああ。なんだかんだ言っても、俺たちにはそれが精一杯だと思ってるよ」
宝箱の中身が復活することは理解したが――。
「ちなみに、怪物どもも際限がないのか?」
「ああ。ランダムで何度も湧く」
「他の情報としては?」
「三階まで潜ったらしい奴はいるな」
「何階まであるのかは、わからないということか」
「そうなるな」
ルークは少々、苦笑じみた顔を見せた。
「じつは、宝箱を頂戴したいのには、もう一つ、理由があるんだよ」
「それは?」
「チビどもをみんな大学まで行かせてやりたい」
「なるほど」合点がいった。
ここでデモンの隣のヒューが、「そんなの、気にすることないのに」と困ったように笑った。「俺も町で仕事をして、週末になればダンジョンに潜る――そんな生活でいいんだ」と今度は真剣な顔した。「だって、気楽だからね」とまた笑った。
「宙ぶらりんは俺だけでいいと言っているだろう?」
「父さんだけだと心配なんだ」
「よく言うぜ」
ルークが笑顔を浮かべたあたり、ヒューが同行してくれることを頼もしく思っているようだ。やってやろうというヒューの意気込みもまずまず評価できる。
「でだ、デモンさんはダンジョンに入るのか?」
「暇だしな。あらためてみようと考えている」
「やりそうな雰囲気はある。だが、かなり危ないぜ?」
「危ないくらいが、ちょうどいい。日々、退屈しているんでな」
「こりゃ参った」ルークが表情を崩した。「どうしたって不安になっちまうなぁ」
不安がられるいわれはない。
だが――。
「付いてくる分には構わんぞ」
「ああ、それは助かるな。あんたに対する心配が和らぐってもんだ」
「尚、わたしの場合、足を引っ張られることはない。自分の身は自分で守れ。ヒューもだ。若いからって、甘えるなよ」
いつか僕もダンジョンに行くんだ。
ルークの隣でポールが呟くようにそう言った。
ささいなそのやる気すら、まあ良しとしてやろうではないか。
「では、これで失礼しよう」
「晩飯を食べていかないか? 今日はシチューだ。ウチのかみさんのはべらぼうにうまいんだぜ?」
「他人の施しはできるだけ受けたくないんでな。遠慮する。目的地の場所はリッチとやらに聞いておく。明日、ダンジョンの前で待ち合わせだ」
「了解だ。いい日になるといいな」
デモンはテキトーに「そうだな」と答えておいた。