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3-9.

*****


 問題の地区を訪れた。わけのわからぬ、なんとも形容しがたい悲鳴や雄叫びがこだましたり、あちこちから煙が上がっていたり――ということはない。が、反対に静かすぎる。「野薔薇」の連中が支配しているのは間違いないのだろう。この短時間でよくやったものだ。なかなかに優秀な集まりなのだろうと思う。単体としてはどうだかわからないが、複数としては良質な塊であって、かなり強いのだろう。軽率に動くわけにはいかない。野薔薇、ひいてはアリスターを知らない連中の立場から客観的に評価した場合、いつ人質が殺されてもおかしくない――となるわけだから。


 ケンは馬上で右手を顎にやり、悩ましげに「うーん」と唸った。「しつこいようだが、話し合いで解決できるのであれば、ありがたいな」と難しい顔で言った。話し合いで解決? そんなのあたりまえだ。あたりまえだから、あえてツッコミは入れなかった。「デモン、きみが探りを入れてくれないか?」と発言するあたりには賢明さが窺えた。それはそうだ。誰かを偵察にやるなら、デモン以上に適当なニンゲンはいない。野薔薇とは面識があるし、加えて力量的に単独行動でもさして問題は発生しない。そうでなくとも部下であるわけだし、だから「引き受けよう」と答えた。今更急いだところで仕方がないと判断し、歩きはじめた。なあに。適切に進めば、そのうち爆心地に辿り着くことだろう。



*****


 道中、ところどころにすでに死体がこしらえられていた。ちょっと意外だった。たとえ無意味で無価値であろうと、アリスターが罪無き一般市民を手にかけるケースは想定していなかったからだ。思わぬ反撃に遭いやむを得ず――といったところだろう。指揮命令系統が末端まで行き届いていないから、という理由は薄い線だ。虐殺はいかにもコスパが悪い。



*****


 アリスターは短い草の空き地にいた。木製の丸椅子に座っている。「粗末な陣もあったものだな」と嘲ってやると、「ヒトの家を本拠とするのはよろしくないでしょう? 極力、誰にも迷惑はかけたくないんですよ」――武器を持って蜂起した時点で多方面に影響を与えているのは間違いないのだが。要はそのへん、それなりに申し訳なく思っているということだろう。


 デモンは椅子の上のアリスターを見下ろしている――。


「この状況にあっても、たった一人を寄越してくる。『聖剣騎士団』そのものは、よほど俺たちと事を構えたくないようですね」

「団長は、この期に及んでも話し合いたいとかほざいていたな。どうあれ、おまえたちにとって、あまり長引かせるのは良くない。こちらだって馬鹿ばかりではない。どのタイミングで圧死させようか……上層部はそう考えているはずだ」

「それは怖いんですが、そうは言ってもなぁ」

「アリスター、おまえ、魔法は使えるのか?」

「使えますよ。ですから、誰より先頭に立って死んでやるつもりです」


 なるほど。

 やはりアリスターもやり手ときたか、と――。


「ダリオは? ダリオ・スタークだ。奴さんはどうした?」

「もう配置についています。いつでも動けます」

「おまえたちが国につけば、それはもう強力な軍を成せると思うがな」

「お断りです。愛国心はそのヒトそのヒトの心から生まれるものです。誰かに強いられて心得るものではありません」

「が、死ぬぞ?」

「ですから、その相手として、騎士団を選んだんですよ」


 デモンはクックと笑い声で喉を鳴らした。


「ここでわたしを殺すのも一興だと考えるが?」

「できませんよ。不確定要素はそれ以上ともそれ以下とも判断せず、そのままにしておきたい。きっと面白くなる。その予感だけは確かなんですよ」

「だったら、ただただ歓喜へ至ることだけを祈り、願ってやろう」

「恐れ入ります」


 野薔薇のメンバーであろう若い男が駆けてきて、デモンの隣でピタッと止まった。


「アリスターさん、騎士団が迫っています」

「わかった、了解だ。手始めに人質を二、三、殺そう」


 物騒な発言にデモンが目をぱちくりさせると、アリスターは肩をすくめてみせた。本気だ。真っ向からやる気構えらしい。「さて、我々が“ダスト”なのか彼らがそうなのか、見極めようじゃないか」と言い、にこっと笑った。


 デモンはにぃと笑みを返した。


 そのとおりだよ。

 まったく、やるじゃないか、アリスター。



*****


 野薔薇が支配した地域自体は広くない。あちこちで戦闘が発生しており、現場を尻目に歩を進めているのだが――興味が湧くほどのレベルにあるであれば問答無用で乱入してやるのだが、しかし、何をおいてもケンと合流するのが先決だと比較的まともなことを考え――。彼のそばが最も激しい戦いになっているだろうと思われるからだ。幸か不幸か得られた、自由な立場。聖剣騎士団でも野薔薇でもない、第三者の立ち位置。好き勝手に戦場を横切ることができるのはとても愉快で楽しい。



*****


 いっとうの見世物に出くわした。広い通りにおいて、浅黒い肌をした巨躯のバレットを見つけた――どうでもいいバレット、デモンにとってはカスみたいなバレット――。彼の前方、数メートル先には野薔薇の用心棒ことダリオ・スタークの姿がある。バレットは部下らに下がっていろと命じ、背の鞘から大剣をぬっと抜いた。いっぽうの、まるで幽霊のように華奢で不確かな存在感を醸しだしている黒髪の男――ダリオは、腰を低くし、準備万端の居合の構え。左足を大きく引いているところが少々特徴的だ。


 バレットは弱くない。それは知っている。ただ、力の差は明らかだ。ダリオのほうが、ずっと強い。少し腕の立つニンゲンなら見ればわかる。


 剣を振りかぶったまま、不格好だが、一気に叩き斬ってやればケリがつくのでわかりやすくはあり、それを望んだであろうバレットがまっすくかけて突っかかる。バレットは振り下ろすことすら許されなかった。ダリオが音の早さで閃光を走らせたのだ。バレットの身体は腰から上と下に分かれ、上半身下半身ともに、前のめりにどっと落ちた。ダリオは優しい男だった。バレットの後頭部を突き刺すことでとどめを刺したのだから。


 デモンが近づくと、ダリオは彼女の首まで薙ごうとした。素早く刀を抜き、受けた。あり得ない速度の抜刀だったせいか、ダリオは病人のそれのように覇気のない目を丸くした。


 デモンは「相手を間違うな。軽い命には、したくないだろう?」と邪に笑んだ。ダリオはとっとと納刀し、さっさと歩きはじめた。やはりだ。ダリオ、馬鹿ではない。誰もが敵に見えるのは油断できない状況のせいだろう。ハイになっている部分もあるかもしれない。過敏なのは間違いないだろう。


 騎士団の連中にとっては敵に成り下がったように見えたのか、そうであろうと無理もないのだが、バレットの部下らがデモンに襲いかかってきた。手心など加えず、のっけの一人を頭から股間まで真っ二つにしてやった。「死にたければ、かかってこい」と挑発した結果、戦いたところは見せたものの、ちゃんと立ち向かってきた。命を捨てる覚悟は買える。だから、たっぷり殺してやろうと思う。



*****


 首尾良くジュリアと接触するに至った。広くはない通り、尖った石畳の上には死体が散らばっている。ジュリアは各個撃破を目的としているのか、それとも逃げながら戦っているのか――いずれにせよ、彼女がられればかなりの痛手だろう。双方に相当の被害が出ていることは間違いないが、バレットが削られた以上、戦況は野薔薇のほうに傾いているのではないか。ジュリアら御一行からすれば、多くの人質を取られている以上、戦い方は限られてくるわけで――できることなら数を得た上で制圧といきたいところだろう。にしてもだ、ほんとうに騎士団が全滅するようなことになれば……。その場合、上でふんぞり返っている連中は満を持して大軍を投入するだろう。そうあるべきだし、その判断で正しい。後手に回っても事態を収拾できさえすれば、言い訳なんてなんとでもなる。理由をこじつけるのはそう難しいことではないのだ。


 ジュリアは必死なようだ。美しい女が一心不乱に戦う様は尊く美しい。数名をしなやかに斬り伏せたところで、見物していただけのデモンと目が合った。「どうして助けてくれないの?」という目ではない。「どうして戦わないの?」という目ではある。デモンは両の手のひらを身体の横でそれぞれ上に向け、やれやれと首を横に振った。仲間と思われていたのであれば心外だ――とは言わない。しばしば酒を酌み交わした仲でもある。同情くらいはしてやってもいい。


 だが、ジュリアはそんなこと、望んでいなかったようだ。そこにどんな心の流れが発露したかは不明だが、彼女の瞳には確実に憎しみの色があった。胸の前でケンを構え、キツい視線を向けてくる。


「まるっきり心外だな、ジュリア嬢。わたしは何もしていないぞ」

「だったらどうして敵といるの?」ジュリアは息を切らせ――怒りを帯びた低い声だ。「その男はダリオ・スタークでしょう?」

「おや、知っているのか」

「もはや問答無用よ。あなたは野薔薇のニンゲンなのね」

「しかし、それを知っていて、団長はわたしを捨て置いた」

「ええ。やはりあなたは始末すべきだったのよ」


 そう言われてもな――と口にし、デモンは嘲笑した。


「やるなら、それでいい。だが、おまえの剣は私の喉元には決して届かんだろうよ」

「どういうこと?」

「言葉どおりの意味さ。おまえの相手は、この無口な男がする」

「こうなってしまったけれど、私は、あなたをっ――」

「これは異な事。まさか信じ合えるとでも思っていたのかね? わたしにとっておまえと過ごした時間は取るに足らないものであり、ゆえにほとんど何も思い出せないというのに。ほんとうに価値のない無意味で無意義なコミュニケーションだったよ」


 頃合いだと見計らったのか、ダリオがぐっと腰を下ろした。いつでも抜刀できるよう構える。


「やっぱり、あなたたち……っ」

「口惜しそうだが、散るんだな、ジュリア嬢、それはもう美しく」


 ダリオがたたと駆け、大きく踏み込んだ。左の腰から鋭く抜刀、薙ぎの一太刀をジュリアは防いだ。やる。力負けもしない。


 二人は離れた。


 次の瞬間、デモンがジュリアに向けた左手からはごぅっと渦巻く炎が発射され、灼熱のそれは彼女の身を焼いた。高い悲鳴をけたたましく発しながら地面に転がる、ジュリア。徐々に動きが鈍くなり、するとダリオが彼女の胸を突いてとどめを刺した。


 ダリオがデモンのことを鋭い目で睨みつけた。同じ人殺しだろうにずいぶんと冷たい態度だなと皮肉りたくもなる。邪悪に微笑むだけにとどめておいたが。


 これでいよいよ騎士団は丸裸だ。やがては統率を失い、放っておいても瓦解することだろう。いつどこに何が待ち受けているかわからない。強固な集団でも些細なことがきっかけで崩壊するなんてこともあり得る。現象がそれを証明している。絶対などという移り気な性質を信じたが最後、いずれは足元をすくわれることになる。


「おまえは次も狩るのかね?」


 ダリオは何も答えなかったが、駆け出したのは最後の相手を探すためだろう。



*****


 楕円形の真白の広場において――。


 死体の海の真ん中で、ケン・ウインザーが高い位置の日を仰いでいた。右手には剣を持ち、左手は握り締めている。何か悔しいことでもあったのかね? ――などと酷いセリフを吐こうとするあたり、つくづく自分はシニカルだなとデモンは思う。ついでにとことん嫌な奴だなとも――。


 剣で斬られた者、魔法で壊された者、死体はいろいろある。


 ケンが良く通る声で「デモン、ジュリアは? バレットはどうなった?」と訊いてきた。このようなしょうもない戦闘においてとなると憐れむ気持ちくらいは湧きそうなものだが――。


「やはり、死んだのか……」

「結果は結果、結論は結論だ。民草からすれば、おまえたちは頼もしいだけの集団だったろうに、軍からするとそうではなかった。駒であることに変わりはない」

「騎士団の消滅は、ある種の必然だと?」

「ああ。圧し潰すし、圧し潰されるだけだ。人質の死があったとしても、不幸な出来事の一言で済まされ、そのうちみんな、忘れてしまう」

「ヒトをゴミみたいに言うんだな」ケンは「やれやれ」と肩を落とした。「何がきみをそこまで捻じ曲げたのか、疑問だな」

「勝手にそう思っていろ」デモンは愚弄する。「この状況を予測できなかったのであれば、それはおまえの想像力不足だ。おまえが、おまえたちがうまくやっていれば、なんの問題もなかった。甘えるなとの旨が結論だ」


 デモンは右手でフィンガースナップ、顔の隣で指をパチンと鳴らした。途端、炎が発生し、周囲の死体は瞬く間に黒ずんだ灰へと姿を変え、その粒子は乾いた風に乗って消え失せた。地面から物という物が一掃された。


「わたしはいっさい邪魔をしない。正々堂々と戦いたまえよ、ケン・ウインザー卿。戦って、駆逐してみせたまえ。しかし、ダリオは弱くないぞ」


 ……参る。

 腰を落とし、左足を引いた、ダリオ。


 ケンはダリオのほうに向き直り、悲しそうに「来い」と告げた。


 ダリオは突進し、居合、左から右へと滑らかな弧を描くように――。後ろに飛び退くことでケンはかわした。両手で握り締めた刀、その切っ先を向け、今度は突く。じつに速い一撃だったが、ケンはそれすら左方によけた。ダリオが鋭いことは知っているが、ケンの身軽さにはあらためて舌を巻きたくなる。薄いながらも鋼の鎧をまとっているのだから、大したものだ。攻防は一進一退に見える。ただ、ケンは魔法が使える。ダリオはどうなのか。そのへん踏まえると、状況はどう転ぶのか――。


 ケンが使った。左手の人差し指をダリオに向け――青白い光を帯びた魔法の刃だ。弓なりの小さなそれを幾度も放ち、ダリオの左足に傷を負わせた。脛から下がぶらんぶらんの深手だ。それでもダリオは折れない、片足でぴょんぴょん跳ねて斬りかかる。最後の一撃を振りかぶる。しかしケンは冷静で、額の前で刀を受けると、足払いでたいを崩し、仰向けに蹴倒し、剣で胸を上から貫いたのだった。なかなかに鮮やかな手並みで、だからその様子を眺めていた観察者たるデモンは彼への拍手を惜しまなかった。


 ケンがゆっくりと――正対した。


「デモン・イーブル、きみはいったい、何がしたい?」

「面白さを望むだけだ。まあ、ゆえに始末が悪いわけだが」

「結局のところ、きみの一存だった。きみの立ち位置と振る舞い次第で、状況はどうとでも変化した」

「だから、そこまで悲観することはないと考えるが――とはいえ、おまえたちになんの選択肢もなかったことは事実だな」デモンは邪悪に――高らかに笑った。「滑稽だな。ああ、とても滑稽だ。聖剣騎士団、立派なのは、もはやその名だけだ」


 デモン。

 きみは“掃除人”じゃない。

 きみこそ“ダスト”そのものだ。


 ケンの指摘は的を射ている。

 まったくもって、正しい。

 ――が、それがなんだという話ではある。


「デモン、私はきみを殺したくない」

「そうしたところで、誰も帰ってはこないからか?」

「ああ、そうだ。犯罪人として訴えるつもりもない。とっととどこかに行ってしまえばいい」

「わたしはおまえと戦いたい」

「なぜだ?」

「当初から、それだけが目的だったからだ。べつにダリオが勝っても良かったんだよ。生き残ったほうと死合う。甘美な瞬間はそこにしかないと踏んだ」

「断ったら?」

「わたしが申し込んでいるのは決闘だ。おまえは騎士だろう? 違うのかね?」


 ケンは目を閉じ、ふっと短い息を吐くと、気を取り直したように「よしっ! 戦おう!!」と元気に発した。意志を固めたらしい。だが、かっと見開いた両の目からは、はらはらと涙が流れていて――。


 魔法を牽制に使えば、また違った戦い方ができたのかもしれない。だが、ケンは真正面からの突進を良しとした。芸のない奴だとは思わなかった。剣の腕だけで勝負しようと考えたのだから、むしろ潔いと言えるだろう。すべてを失った男の悲壮な覚悟を見た気がして、心地良くすらあった。少しカンジてしまったくらいだ。


 ――およそ五分後、デモンの左肩にはオミの姿があった。

 面倒事に見舞われる前にさっさと出国することにした。


 デモン・イーブルは、今日も決して悪びれたりしない。


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