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3-8.

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 曇天が広がるその日、「野薔薇」が朝っぱらからやってくれた。首都の南西部――一部ではあるが――を攻め、すぐさま制圧、支配下に置いたらしい。奴らについて、取り締まる側はきちんと正確に内情を把握していなかったようだ。想定していた実態よりもよっぽど大仰で組織的。平和ボケに近い状態であろう連中からすればびっくりしてあたりまえだ。何一つ危機感を覚えない生活が悪いとは言わないし、むしろそのほうが比較的健全と言えるが、そうであった場合、何かの折には必ず出遅れる。足元をすくわれる格好になり、出し抜けを食わされる。上層部にいるニンゲンがいくら優秀だろうが、規則や規律といったものが末端にまで行き届くことはまずありえない。実際、事が起きてからの警察等の動きの鈍さは幾度も強調されるべき負の事象だ。どう観察しても御上はみっともない失態を晒した――ということになるのだが、今、それを言い出したところで何一つとして解決したりしない。情けない対症療法とはいえ、問答無用で尻に火がついてしまっているのだから、手を打たず、手をこまねくわけにはいかない。やるしかないのだ。



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 野薔薇の目的は市民をまさに人質にとることであり、その上で、彼らは国に回答を求めた。先日、野薔薇のリーダーであるアリスターが唱えていたとおりだ。「聖剣騎士団」と一戦交えたい――あるいは交えたいだけとのことだった。要求が飲まれないようであれば、ぼちぼち質を殺してゆくのだという。いかにも、待ったなし。純粋な戦いを求められている以上、望まずとも、剣を交えるしかないのだ。騎士団だって小さな所帯ではないが、何より筋肉質であることに重きを置いているため、中隊ほどの規模しかない。――が、アリスターたち野薔薇はヒトをたくさん集めて無作法に嬲ってやろうなどというつまらない真似はしないだろう。騎士団の実力をしっかりと見極め――そのためにスパイ等を活用して情報を得ていたことだろうが――彼らは「いい勝負」になる程度の戦力を見積もって迎え撃つはずだ。共有した時間は短いものだが、アリスターには相手を陥れる意図は皆無に見えた。主張を強調したいための手段なのではなく、彼、ひいては彼らにとっては戦闘こそが崇高なる目的なのだ。素直で正直で清々しい欲望ではないか。ぜひとも応援したくなるという気持ちに嘘偽りなどない。後押しするように「がんばれ、がんばれ」と手を叩きたくもなる。



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 詰所において、ケンからもろもろ、説明があった。数で押し潰すのが正しい方法であり、またあるべき姿なのではなのかとの意見もやはり上がったが、「じきじきに私たちが指名を受けている。約束を違えることで誰かの命を危険に晒すわけにもいかない」とケンが尤もなことを言ったので、誰もが意を決したようだった。このへん、ケンはしっかりとしたリーダーだと言えるのだ。稀有かつ有能な人物だ。代わりなどいない。――にしても、自分の立場は妙味に溢れているなとデモンは思う。デモンはケンのことはもちろん、アリスターのことだって知っている。どう考えたって、アリスターは悪戯に無力なニンゲンを殺したりはしないだろう。それをケンに教えてやればもっと違った作戦を立案できるはずだ。事に伴う犠牲者だって最小にまで限定されることだろう。――が、あいだを取り持つような真似は絶対にしてやらない。自らは状況を面白がるだけだと、彼女は決め込んでいる。


 騎士のみなが詰所から出ていったところで、ケンは「デモンにも白い鎧を着てもらえると嬉しいんだけどな」と言った。「黒いシャツに黒いネクタイ、黒い背広に黒い外套。そこまで黒にこだわる理由がわからない」と続けた。


「黒がね、途方もなく好きなんだよ」

「だから、その理由は?」

「好きな物、事に、理由は必要かね?」

「そんなことは――ないな」ケンは苦笑したように見えた。「なあ、デモン、裏切らないでもらえるか?」

「くどいな。レジスタンスを叩くことについては、わたしは協力的だよ」


 いつもジュリアとバレットがそれぞれ部隊を率い、彼らをてっぺんで統括するのがケンだ。だったらデモンの役割はというと――今日も一人遊撃隊らしい。好きなように動ける立場だが――。


 デモンは、「先方だって安易な負け戦にはしないはずだ」と言い、「わかっているな?」と念を押した。


「百も承知だ」力強い答えだった。「何を仕掛けてくるのかわからない。だが、最善を尽くす。それだけだ」

「立派な志だな」

「市民の命が最優先だ。最悪の結果は考慮したくないが、組織というものは、担当者が欠落してしまっても、なんとなく回るものだ」

「それはそのとおりだ。しかし、聖剣騎士団は民の支持を多く得ているように見える」

「それでも、替えは利く」

「だから、否定はしないと言っている」


 身を翻して歩を進めるケンに、デモンは続く。彼の背中は広く、なかなかに逞しく、また頼もしい――ヒトと比べての話だが。


 さて、誰が最後に笑うのかな?


 デモン・イーブルの心は、今日も邪に躍る。


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