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暗く深い夜の時間帯。アルコールが入った状態で軍の――兵の訓練場を訪れたところ、誰もいないはずの黄色い土の上で、剣を持つ者らが鎬を削り大量の汗を流す剣の場でにおいて、男が女を乱暴に抱き、女が男に力強く抱かれていた。ケンとジュリアだ。まるで代わり映えのしない感想なのだが、たがいに好きものだなと思う。マニアックとも言える。二人とも行為に夢中になっているようで、デモンの出現に気づいた節はない。デモンは顎に手をやり、まるで立合でも見守るようにして、わりと興味深くその様を眺めている。ジュリアの高い喘ぎ声が月夜によく響く。美しい外見を有する男女の、言わば遠慮のない性交。なかなかにエロティックである。両者ともほんとうにはしたないことだ。笑えてきてしまうではないか――と、デモンは考える。
上半身は裸、下半身に下着を付けているだけのケンが近づいてくる。幾分不快そうな顔をしているように見えるのは気のせいか。気高く潔癖だから彼はそんなふうに捉えるのかもしれないが、だったらこんなところでセックスなどに興じるなという話である。ジュリアはゆっくりと上半身を起こし、デモンのことを認めると、着の身着のまま足早に走り去った。円柱状の建物、塔と言うべきか――へと消えた。頬は染めていないように見えた。恥ずかしかったかというとそうでもないのだろう――との結論を抱く。
デモンの並びにある椅子に、ケンは腰を下ろした。「いつから観ていたんだ? 趣味が悪いな」などと彼は言った。言葉のニュアンスと漂わせている空気から不機嫌ではないらしいと知る。髪を白いタオルで拭きながら、前を向いたままでいる。頬を緩めたように見えた。優しげな表情であることは間違いないし、やはりべつに怒っているとか、そういうわけではなさそうだ。
「絵になるワンシーンだった。素晴らしかったよ、団長殿」
「光栄だ、とでも言っておこう」
「動物的すぎて笑えたと述べているんだよ」
「きみはヴァージンだろう?」
「ほぅ。なぜそう思う?」
「汚れている感がまるでない」
「であれば、ジュリアの奴は汚れていると?」
「私が汚したと言っているんだ」
「なるほど」デモンはくつくつ笑った。「風邪を引くぞ。早く服を着たほうがいいな」
「それはそうなんだが――」ケンがようやっと目線をくれた。「デモン、きみは『野薔薇』と接触しただろう?」
「おや、ご存じだったかね」
「やむなくだ。ジュリアからすると、きみは信用ならないらしい」
尾行の気配には気づかなかった。違う。気づこうともしなかっただけだ。気を配ることすらしなかった。安全が脅かされている可能性など皆無と判断していた。まあ、何かの事象が発生しても面倒だと断じ感じるだけで、間違っても実害を被ることなどあり得ないのだが。
「実際のところ、の話だ。わたしに対する団長の印象を聞いてみたい」
「誰より美しいと思う。人間性も卓越している。武においても隙がない。超人とはきみを指すためにある言葉だ。疑いようがない。“超級”、なんだろう?」
超級。
それは最上級の“掃除人”を表す肩書き、称号。
デモン・イーブルがそうであることに、間違いはない。
デモンは脚を組み、右膝の上に頬杖をついた。にぃと笑む。ケンはいい。適切な評価を下せる、まさに優れた上司だ。ヒトを束ねるにふさわしい、上に立つ人材と言える。
「きみは野薔薇の連中と何を話した? 何をしようと考えている?」
「たとえば――」
「たとえば?」
「この国はテロをはじめとする破壊活動等ではびくとも揺るぎはしないだろう。だが、過ぎた愛国心を強要することでじつは民の分断を招き、その結果として火薬庫を抱えてしまっていることもまた事実だ。そのへんに面白味を感じながら野薔薇は何かしらしでかす。どうかね? こう述べることで、わたしは義理と職務を果たしているとは言えんかね?」
デモンは
「敵に回る、と?」
「くどいな。わたしは聖剣騎士団の一員なんだぞ?」
ケンは「ああ、そうだな」満足そうにうなずいて、そうであろうと思うところくらいはあって、その上で発現したのが苦笑だろう。「時が来れば相応に対応しよう」と言うと立ち上がり、背を向けた。「裏切られるのは御免だけどな」と残して立ち去った。
デモンは邪な表情を浮かべたまま、邪悪な視線で月を――ほとんど満ちた月を眺める。聖剣騎士団、それに野薔薇。彼らが近々ぶつかり合うのだと考えると胸が躍る。
よほど鼻が利くのか、それとも偶然なのかはわからないが、オミが現れた。土の上に軽やかに舞い下りると、とことこ歩いて近づいてくる。そのうちデモンのことを見上げ「カァ」と鳴き、不思議そうにくりっと首をかしげた。
オミが「やあ、いい夜だね」などと風流を気取った生意気を吐いたものだから、デモンは一気に顔をしかめた。
「どうしてこんなところにいるんだい?」
「そのセリフ、そのまま返してやろう」
「スザンナから聞いたんだ。野薔薇のみなさんは明日、決行するんだ」
「具体的な作戦内容は?」
「言わなくてもわかるんじゃない?」
「まあ、そうだな」
オミが脱力するようにして肩を落とした。
「レジスタンスって蜂起しないと気が済まないんだね。悲しいことだなぁ」
「いつかどこかで立ち上がってこそ――彼らの価値は、それだけだ」
「で、どう振る舞うのかな?」
「ひとまずわたしは騎士をやる。団長の部下だということだ」
「ぼくは不謹慎なカラスだから、楽しめるといいねとか言ってしまうんだ」
デモンは「わたしは適宜、刀を抜くだけだよ」と不敵に言った。
「そのシンプルさはとても尊いと思うんだ」
誠に遺憾なことながら、褒められてしまったのである。
「さあ、宿に帰るんだ。今夜も肉が食べたいんだ」
ほんとうにまったくもって、調子のいいカラスである。