目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

3-3.

*****


 戦地において――。力尽くで圧死させた――そんな戦争だった。大方の予想のとおり、初戦はディパンの圧勝に終わった。敵国も弱くはなかったが力差は歴然としていて――歯牙にもかけないとはこのことだった。最前線に立ち、手当たり次第に斬り、存分にヒトを殺めたデモンは、死体の山に囲まれる中、つぅと静謐に納刀した。ぬめりとしたものを感じて右の頬に右の人差し指をぴっと走らせるとその先端に血液が付着した。返り血だ。にぃと笑んでしまう。心地良い。極めたい「武」はヒトを斬りに斬った先にあるわけで、人殺しの先にこそ未来はあるわけで、あるべき最たるかたちを単純化、先鋭化してしまえば、「道」とは美学と同義だ――となる。だからこそ自分は頑固でありながら自由なのだと、デモンは強く考えている。誰にも邪魔させない意志こそが、ヒトがヒトたる証だろう。誰にも否定はできないはずだ。


 デモンが周囲の死を満喫している中にあって、ケンが彼女の隣に並んだ。剣を振って血を落とす。「つらいな、このような戦争は」などとしょうもないことを呟いた。


「ディパンの戦上手は何も今に始まったことではないだろう?」

「歴史を振り返れば確かにそうだ。しかし――」ケンは曇天を仰いだ。「これはあまりにも酷すぎる」

「そうかね。どこにでもよく見受けられるような惨状でしかないと思うが?」

「そうだとしても、痛む心はあるということだ。きみには? ないのか?」

「あっても口にしたりはしない。わたしは軍人でもないしな」

「あくまで“掃除人”だと?」

「そんな難しい話でもない」


 ケンはしばらくのあいだ何も言わず、やがて「後は引き継ぐ。我々は帰投する」――晴れ晴れとした顔をしないあたり、つくづく心根が優しい男なのだろう。そういうニンゲンに限って早死にしてしまうものだが、そのへんは言わないでおいてやろうと考える思いやりに溢れるデモンである。


 死体をゆっくりと見回した、ケン――。


「なあ、デモン。聞かせてほしい。私たちは、正しいのか?」

「弱い者を嬲り屠ったから、そんなふうに考えるのかね? その上で、わたしにそうではないと答えてほしいのかね? くだらんな。所詮この世は弱肉強食。それは理というものだろうが」


 ケンは苦笑じみた表情を浮かべ、「私の理想はきみにあるのかもしれないな」と言った。「このたびの敵というのもまた“ダスト”だったのだろうか?」と続けた。


「悪くない感じ方だ。自分にとって敵とは“ダスト”のことであり、敵にとっての自分たちもまた然り。要するに、戦なんてものはゴミ同士の目くそ鼻くそでしかないんんだよ。滑稽なことだ。無節操にも映る。生産性がないとはこのことだ――が、意味のない行動にこそ、ヒトは価値を見い出すものだ」


 心得ておこうとケンは言い、身を翻して歩きだした。デモンはあとに続く。ここにはもう、用がない。



*****


 ナナセ・フェドラに呼び出されたケンに、デモンは付き合わされた。首相官邸――。値が張りそうな木材が用いられたと見える横長の執務机の向こうの椅子――に、ナナセが座っている。


「今回の戦争の結果を受けて、かの国は外交での解決を求めてきました。たいへんな成果だと言うことができますね」微笑んだナナセ。「宣戦布告から三日足らずでの制圧。ご苦労でした、ウインザー卿」


 ケンが「私よりも彼女のほうが貢献したものと考えられます」と持ち上げてくれた。デモンの口元はへの字のままだ。自らの成果を自慢げに強調するなど馬鹿のすることなのでしかない――真理だろう。


「フェドラ首相、次の指示をいただきたい。立ち止まらなければいけないほど、騎士団は消耗していません」

「ひとまずは国内におけるテロ対策に従事しなさい。しかし、あなたたちが行く必要はない」

「あらためて、将軍の指示を仰ぐ必要はないと?」

「私は将軍より偉い。幾度も伝えていることです、ウインザー卿」


 あまりに高慢なセリフであるものだから文句を言ってやってもいい場面だが、ケンは「わかりました」と答えただけだった。素直なこと、従順であることが美徳だとでも考えているのだろうか――まあ、確かに美しくはある。


「話は変わりますけれど」と前置きした、ナナセ。「特にデモン、あなたはユージン国王に興味はないかしら?」


 デモンは「ない」と即答――断言した。


「ほんとうに?」

「しつこいな」デモンは眉を寄せ――。「しかし、会えるのか?」

「ええ」ナナセはゆったりと笑んだ。「じつは彼に頼まれているの。どこかであなたの噂を聞きつけたらしくって」


 高性能な耳だなと思う。にしても、「彼」呼ばわりか。二人の力関係が見て取れるというものだ。仮に民草がこの事実に気づいていたとして、だったら彼らはどのように考えているのだろうか。国が平和でありさえすればそれでいい? もしくは政治やその周辺のことについて興味がない? ――面白くもなんともない話だ。ディパンは大きな国家なのだから、よほどのことがない限り、滅びはしない――それくらいの認識で十分すぎるだろう。


「出向くのは嫌だ。畏まるのも面倒だ。会いたければそちらから来いと伝えてもらいたい」

「その言葉、そのまま使っていいんですね?」

「そう言っている」

「わかりました。セッティングします。明日、昼食をとってからここに来なさい。十三時。いいわね?」

「いいだろう、承知した」

「ウインザー卿は?」

「承知しています、フェドラ首相」



*****


 夜、最近にあってすっかり行きつけと言える酒場――。


 四人でテーブルを囲んでいる。デモンの斜向かいにいるジュリアの表情が少々硬く、暗い。せっかくさまざま料理が並んでいるのに手を付けようとしない。それもこれも、ケンが顎に右手をやり、難しい顔をしているからだろう。じつのところ、二人は恋人関係にあるのかもしれない――。デモンの左隣のバレットは先程からビールをうまそうにがぶがぶ飲んでいる。香ばしい匂いを一心に放つ厚切りのステーキを頬張り、満足そうに笑む。飲み込み終えるとげっぷまでした。


 デモンはケンとジュリアに対し、「どうして冴えない雰囲気なんだ?」と問うた。すると、ケンは「なかなか割り切れないのさ」と自嘲的に微笑んだ。


「弱い者いじめ――やはり、そんな戦争はお断りだと?」

「領土を侵し、攻め取るという考え方が嫌いなんだろう。私の場合、何かを守る戦いのほうが向いているようだ」

「嫌気が差すようなのであれば、騎士である必要などない」

「辞めてしまって、どうやって食っていけばいい?」

「仕事なんていくらでもあるだろうが」デモンはビールに口を付けた。「にしても、天下の騎士団様がなにゆえナナセの私兵みたいになっているのかね。今さら感の否めない話ではあるが、じつはそのへん、わたしは結構、不思議に思っている」

「あなたたちのことは私が一番うまく扱える」白ワインを口にしたケンの頬は幾分赤い。「首相はかつて、俺にそう話したよ」

「あの女に権限が集中しているのはどうでもいいんだが、そんな国家に未来などあるのか? くらいには考える」

「未来を創るのは私たちだ。首相もそのうちの一人にすぎない」

「筋金入りの独裁者を指して、頼もしいことだな」デモンは皮肉を言い、肩をすくめた。「だが、あの女はおまえたちのことすら駒として勘定しているぞ?」


 ここでジュリアが「それはあなたにも当てはまることよ」と口を利いた。クールな女ではあるものの、若干くらいは不機嫌そうだ。ケンが馬鹿にされたように感じたからこその物言いだろう。


「わたしは駒扱いされても、何も困らんのだが?」

「軍に参加しているのは気まぐれだだとでも言いたいの?」

「今、それを訊くかね」


 にわかに目を吊り上げた、ジュリア。とりなすようにケンが「やめろやめろ」と割って入り――バレットも「おいおい、喧嘩はよそうぜ」と窘めた。彼は「俺たちは仲間じゃねーかよ」とも言った。仲間――デモンにとってその言葉は常に違和感を帯びている。ケンは殊の外優しく、そうでありながら毅然と、「とにかく私たちは別命あるまで待機だ」――。ジュリアは柔らかな笑顔を作って「はい」と答え、バレットに至ってはがははと笑い「おうよ!」と返事をした。あらためて場違いな感を覚えたデモンである。三者三様で面白い限りではあるのだが――。三人とも愚かで馬鹿馬鹿しいなとも考える。分かち合える日は来ないだろう。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?