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2-3.

*****


 宿の部屋での朝食後、デモンはコーヒーがもたらすささやかな愉悦に浸っているところだ。オミはテーブルの上でまだ嘴と喉を動かしている。「朝からローストビーフとは豪勢なんだっ、嬉しいんだっ」といった具合に超が付くほどご機嫌だ。「気前がいいわたしを褒めろ」と注文をつけたい。実際、わざわざリクエストして用意させたのだが、その旨を言の葉として紡ぎ出すのはいささかめんどくさい――またカップに口を付ける。やはりいい豆だ。飲むほどに味わい深い。舌はいつだって敏感で正直だ。


 計三枚、オミは肉を平らげた。おいしかったと言わんばかりに「カァ」と鳴いた。「ぼくもコーヒーが飲みたいんだ」などと言う。もちろん、くれてやらない。調子に乗るな、生意気をほざくなという話だ。


「今日も天気が良くないんだ」窓のほうを向きつつオミは足を折り、座った。「ここはそういう町なのかなぁ。底抜けに陰気な街なのかなぁ」

「どうでもいいな」デモンはフロントで買った新聞を読みながら――。「が、雨は降らん」

「天気予報が載ってるの?」

「いや。勘だ」

「あてになるのかな」

「さぁな」


 デモンは自身がときにいい加減なニンゲンに成り下がることを知っている。加えて、自分がとても捻くれていて斜に構えたがることもわかっている。そうでありながら自らが絶対的に最も尊い存在であると考えている。自分の思考や感情をポジティブなものと定義するのは彼女が得意とするところだ。楽しく生きるためだ、前向きであって何が悪い? ――と、いうことでもある。ヒトは無意識のうちに俗物化する――ということかもしれない。堕天使化とも表現できる。


 起きたばかりだというのにたらふく食ったせいか、オミはひどく眠そうな顔をしている。くあぁとあくびまでした。不真面目なカラスだとデモンは思う。


「これからどうするんだい? どこかに出かけるのかい?」

「『反ゴーレム党』に出向く」

「そうだと思ったんだ。場所はわかるの?」

「フロントで訊けばいいだろう」


 オミは「そうだね」と言うとぶるるっと首を振り、すっくと立った。「よし。眠いなんて言っていられないんだ。ぼくは今日も有意義な一日を送るんだ」などと続けた。対してデモンは「何をのたまうかと思えば。カラス風情が意義ある一日を、だと? ちゃんちゃらおかしいな」と嘲った。


「一言一句が失礼なんだ。差別なんだ。ぼくはおこなんだ」

「誰が作ったかもわからん阿呆な言葉を安易に吐くな。つくづく薄っぺらな存在だよ、おまえは」

「馬鹿にしてるのかい?」

「馬鹿にしてるんだよ」

「激おこなんだ」

「言ってろ」


 デモンは新聞を折りたたみ、椅子から立ち上がった。コートを羽織り、衣類が入ったバッグを持つ。フロントで洗濯を頼むことにする。小さくない宿だ。業者の出入りくらいはあるだろう。



*****


 突然訪ねてきたのはカラスを肩に乗せた一風変わったニンゲンであるわけだが、「反ゴーレム党」のリーダー、マックス・マクマホンは非常に柔和な笑顔で迎えてくれた。あまりに好意的に映る応対なので、当該人物は美人に弱いのではないかと勘繰りたくもなった。名乗り返して、握手に応じたデモンである。


「歓迎します。お客様は大切にしたい」

「有権者かもしれないからか?」

「そうは言いません」

「それはそれは。しかし、丁重さが過ぎるな」

「じつは美人に弱いんですよ」


 マックスのことを早速見損ないながら、デモンは小さく肩をすくめた。


 どうぞと勧められ、革張りの茶色いソファに腰を下ろす。向かいにはマックスが座った。党員だろうか――パリッとした身なりの若い女がトレイを持って現れ、コーヒーカップを並べていった。香りでわかる。中途半端な豆だ。


「早速ですが、ご用件を伺ってもよろしいでしょうか?」

「御党について話を聞きたい。そも、どういう集団なのか、そのへんからだ」

「わかりました」マックスは快諾してくれた。「簡単に言ってしまうと、なんらかの理由でゴーレムという種族にネガティブな意見を持つ――そんなニンゲンの集まりが、私たち、反ゴーレム党です」


 当然の説明でしかないので、デモンは続けて「なぜ、ゴーレムの排除を推進する?」と質問した。「ニンゲンの権利と義務、それらを侵害しているからです」との回答があった。


「ゴーレムはニンゲンより劣っている、と?」

「そう解釈すべきだ、ということです」

「一応伝えておこう。わたしは――」

「わかります。あなたはニンゲンだ」

「たとえば、ゴーレムが主体の集団は?」

「小さなグループはいくつかありますが、政党はありません」

「だったら、目くじらを立てるタイミングではないように思うが?」

「のさばられてからでは遅いでしょう?」


 合点がいく主張だと考え、実際にデモンは「そう謳うことは間違いではないな」と評価の言葉を口にした。そのいっぽうで、「それほどまでに、ゴーレムは悪なのか?」と問いかけもした。「ですから、我々にとってはそうだということです」との答え――。「利己的なことだ」と鼻で笑ってやると、平然と「そうです」と応えた。まあ、ニンゲンの本質から判断すると利他はありえないなと彼女は思う。


「助成金をいただくことができているので、潤沢とまでは言いませんが、資金はあります。継続して活動し、数を増やすことで、我々の考えをもっともっと市民に訴え、広めたい――そう考えています」


 そこにあったのはまっすぐな目――。


「今一度、訊きたい。未来永劫、ゴーレムは許されないのか? 時折、誰かが悪さを働く、くらいのものではないのか?」

「それもまた事実です」

「で、あるなら――」


 デモンの言葉を遮って、マックスは「私と妻とのあいだには子がありました」と言った。黙って聞いていると、「ベビーシッターとして雇っていたんです。二つになったばかりの折に虐待に遭い、殺されてしまいました」と告白した。ゴーレムに対して強硬な姿勢を取る理由――取り続ける原動力が、これではっきりした。根っこにあるのは私怨だというわけだ。底が浅いことだなと思わざるを得ない。無理もないかとも考える。


「無期懲役ですが、手緩い。泥人形なのだから」差別的な発言に、怒りの強さが見て取れる。「私は決して彼も彼らも許さない」


 無礼を承知で、デモンは「それは結構なことだな」となかば嘲笑った。が、マックスは特段、気を悪くしたということもないようで――。「話を変えよう」と、彼女はあらためて口を切った。


 デモンは自分の立場と、プラット家との関係について、まずはざっくり説明した。身分も明かしたわけだが、するとマックスは驚いたふうに「“掃除人”の方には初めてお目にかかりました」と寄越してきた。マックスはプラット家のことも、彼らの身に起きた惨事も知っていた。


「ゴーレムの仕業だと聞きました。左手の甲に黒い五芒星の入れ墨があったとか」

「そうだ。そして、この界隈では当該事件と同様の犯行――大ぶりのナイフを用いた殺人が連続的に発生している」

「同一犯であるらしいことも、もちろん知っています。注目せざるを得ない事件です」

「これといった目撃証言はない。金目当てではないこともわかっている」

「だとしたら、ニンゲンそのものに恨みを持っているのかもしれない」

「怨恨の線は否定せんさ」デモンは脚を組み替えた。「そも、そうなるに至った経緯にはあまり意味がない。どのような推理も現象の前には沈黙するからだ」


 マックスは柔らかな笑みを浮かべると、「その観点で言うと、確かな現象がありますよ。それこそ事実とも呼びますね」と言った。


「その現象、事実とは?」

「ゴーレムによる殺人事件であるわけですから、当然、市民の彼らに対する疑問の声は強まっている」

「願ったり叶ったりというわけだ」

「ええ。しかし、追い風には違いありませんが、今回の一件がなくとも、我々はそう遠くない未来に、思いを成就させ、目的を達成します。そのための努力は惜しみません。やりがいのある仕事ですよ。気合いも入るというものです。ただ、ミス・イーブル、私はあなたが首尾良く犯人を――平たく言えば殺害ですね、それが成せないことを祈りはしません。最後に幸運をとお伝えしておきます」


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