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2-2.

*****


 プラット邸を出たのち――。


 町を行く中、左肩にいるオミが「カラスはダメだとか、失礼しちゃうんだ」と心外そうにぼやいた。「それがフツウの対応だ」とデモンがなかばあたりまえのことを述べてやると、不満そうに「カァ」と鳴いた。つくづくやかましい鳥類である。死んでしまえばいいのに。


「それで、どういう話になったの?」


 オミが訊ねてきた。カラスがしゃべるわけだからすれ違うニンゲンは目を丸くするわけだが、そういった反応にデモンは慣れているし、彼もまたそうだ。


「引き受けた。やる気があるとまでは言えんが、まあ、なんとかなるだろう」

「若い身空で殺伐としたことに首を突っ込んで時間を費やすのは――なんて言うとセクハラかな?」

「加えて、お節介でもある。到底、許せんな。焼いてやろうか」

「焼き鳥にはなりたくないんだ。デモンは恋人が欲しいと感じたことはないの?」

「ないな。恋愛対象として興味を持った男など、この世に存在しない」

「寂しい人生なんだ」

「おまえに言われたくないぞ」


 ゆったりと歩みを刻んでいると、曇天――白黒の世界にあって、花屋を見つけた。主張が強い店だ。通りに面しているのだが、種類も数も豊富。つい足を止め、品々を愛でてしまう。ザクロ色の薔薇が美しい。暗い最中にあってほんとうによく映える。恐るべき美麗さとはこのことだ。


 腰が曲がった老婆が現れた。顔は皺でくしゃくしゃだ。デモンの隣に立ち、彼女と同じく薔薇を観察する。「いい物だね」と口にした。同意できる感想だった。高く買える薔薇と言えた。


 茶化したりからかったりするつもりは微塵もなく、まさに他意なく、デモンは「ばあさんが薔薇を買うのか」と言った。老婆が見上げてくる――「失礼な女だね」とでも言いたげな顔。しかし鼻をふんと鳴らしただけで、本人は気を取り直したようで――。


「おじいさんのお供えを買いに来たんだよ」

「いつ死んだんだ? 最近か?」

「五年も前の話さね。仲は良かったね」

「オシドリ夫婦というわけだ」

「それは褒め言葉じゃないさね。連中は一生を添い遂げることはしないさね」


 勉強になったと、デモンは感心した旨を伝えた。


「ところでばあさん、ここで会ったのも何かの縁だ。わたしは腹が減ったんだ。昼食を奢ってくれないかね」


 老婆は「いきなり何を言い出すんだい。ほんとうに無礼な女だね」と応じ、呆れたような顔をした。


「一人で食べるよりは幾分楽しいと思うがね」

「誰が一人だって言ったんだい?」

「違うのか?」

「違わないさね」


 白い髪に包まれた慎ましやかな薔薇の花束を女の店員から受け取ると、今一度とでも言うように、老婆はデモンの両の目をねめつけ――そのうち警戒感が薄れたのか、ふぅと吐息をついた。


「わかった。ついといで。うまかろうとは言えないけどね」


 気が利くばあさんだと評価しつつ、デモンは老婆のあとに続いた。



*****


 軽い食事を終えると、新しい紅茶を淹れてくれた。あらためて向かいの席に着いた老婆である。テーブルにはオミの姿があり、彼は先程から白い小皿に置かれた牛脂をつついている。その様子をじっと見ている老婆が「かわいいじゃないか」と微笑んだ。デモンが「だ、そうだぞ」と呼びかける。オミは当然だと言わんばかりの不遜な「カァ」を飛ばした。


 紅茶を口にし、安っぽいカップを安っぽいソーサーに戻す。左方に目をやる。ちょうど窓の光が差し込む位置に置かれた華奢な脚のローテーブル――その上には小さながくが立っていて、油絵具で描かれているのはまだ若い男性と女性だ。ベンチに座り、肩を寄せ合うようにして、二人とも笑顔――。新婚旅行で遠出をしたとき、ある港町で露店を広げていたどこの馬の骨ともしれない画家に描いてもらったのだという。宗教によっては位牌なる物があるわけだが、それに近い意味合いがあるのかもしれない。買ってきた薔薇は絵の脇にそっと手向けられている――優しい光景と言える。


 デモンは「プラット家から仕事を引き受けていて、それでこの町に滞在している」と切り出し、「プラット家と言って、わかるかね?」と訊ねた。「知ってるさね」と答えた老婆である。


「でも、プラットの一家は揃って殺されたって聞いたよ」

「依頼人は娘だ」

「へぇ、生き残りがいたのかい」

「知らなかったのか?」

「他人様のことはどうだっていいさね」


 気が合いそうだなと思い、「同感だ」と打ち明けておいた。


「犯人はゴーレムらしい。主人が死に際に言ったそうだ」

「他人なんてどうでもいいと言ったくせに、どうしてそんなことを話すんだい?」

「世間話だよ。付き合って損はない。得もないがな」

「正直なことだね」

「そのへんは美徳とするところだ」


 悪いが力になれることはないさね。

 そう言って、老婆は首を小さく横に振った。


「たとえばだ、ゴーレムについて造詣が深い者を知っていたりはしないか?」

「詳しいニンゲンを紹介しろということかい?」

「話ができるのであれば、猫だっていい」


 老婆は「そうさね……」と呟き、目線を上にやって考えるような素振りを見せたのち、「造詣うんぬんと言われてパッと思い浮かぶのは、『反ゴーレム党』さね」と答えたのだった。


「党ときたか。主義や目的は?」

「名は体を表すというさね」

「となると、党の連中からすれば、ゴーレムが悪事を働くという状況は望ましいと言えるな。より排他的になっていいという根拠になる」

「難しい話はわからないよ」


 何も難しくないと言ってやると、「知らないよ」と老婆はぷいっとそっぽを向いた。年寄りのくせに手のかかる子どものようだ。


 デモンは「まあいい。まずは何も考えずに会ってみよう」と結論づけ、それから「さて、それではそちらの話に付き合ってやろう」と心の広いところを見せた。


「おやまぁ、なんだい、急に優しくなって」

「わたしは常に優しいが?」

「よく言うね、まったく。じゃあ、うちのおじいさんの話でも聞いてもらおうかね」

「馴れ初めか?」


 からかい半分の発言を無視して、老婆は「じつはね、おじいさんはゴーレムと一緒に仕事をしていたんだよ」と言った。「腕も良かったけど、それ以上に人が良くてねぇ」


「ゴーレムに理解があったということか」

「そうさね。そのあたりの若造と同じだって話していた」

「旦那はどうして亡くなったんだ?」

「仕事中の事故さね。ヒトもゴーレムもなく、みんな泣いてくれた」

「ゴーレムも涙を流すのか」

「そうらしいさね」


 老婆はぐしゅりと鼻をすすると、ティーポットを持ち上げ、おかわりをそそいでくれた。「どれだけ思い出してみても、いい思い出しかないさね」というあたり、そこにはほんとうの愛情があったのだろう。縁遠い話だなとデモンは思わされた。


「いいニンゲンもいれば、いいゴーレムもいる。それだけのことでしかないように思うさね」


 賛同できる意見だ。実際、そのとおりなのだろう。まさにゴミクズみたいな輩ばかりであれば、それはそれで“掃除人”の腕の見せどころだとは思うが。


「そろそろ辞去させていただこうかね」デモンは席を立った。「礼を言う。長居をしてすまなかった」


 老婆は「いいんだよ。あたしゃ死ぬまで暇だからね」と言い、くしゃくしゃの顔をもっとくしゃくしゃにした。悪くない笑顔だ。「お茶が飲みたくなったら、またおいで」とまで申し出てくれた。気に入られてしまったらしい。相思相愛だなと思ったり思わなかったりのデモンである。


 オミが彼女の肩に乗る。

 一つ「カァ」と鳴いたのは、牛脂の礼のつもりだろう。


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