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2-1.

*****


 西へ西へと向かっているが、南北に蛇行し寄り道をしながら――ブレながら進んでいるので、つまるところ、行き当たりばったりの旅が続いている。脳で行き先を選ぶのではなく足に歩む先を任せているような、そんな感覚だ。他人に左右されることなく、誰に気兼ねするでもなく、己の気の向くままにせいを時代に委ねられることは、少なからず気分がいい。


 見知らぬ街道に至った。似たような平屋や二階建ての木造の建築物が道沿いに並んでいて、それらはなんらかの商店であり、多いのは宿屋である。人通りは少なくなく、交通の要衝として栄えているらしい。宿場町といった装いだ。


 高くもなく安くもないところを選んで、一泊することにした。素泊まりに決めた。ケチったわけではない。なんとなく、そう決めた。


 外で食事をとるべく夕暮れどきに道をゆく。ギルドを見つけた。ギルド――仕事斡旋所とも言う。どこぞからなんぞやの依頼を受け付け、その作業を有志に振る――といった機能を果たしている。ギルドに所属している者しか参加できない内々の案件もあれば、ふらりと訪れたフリーランスのニンゲンも仕事ができるケースもある。少々の興味を持って立ち寄ることにした。建物の中は薄暗かった。人いきれ、濃密な体臭。あまり清潔なところではないらしい。とはいえ、えてしてこういった程度の低そうなところにこそ玄人が集まったりするものだ。


 受付で依頼表を借りた。依頼表――文字どおり、依頼が一覧化されたファイルである。空いていた丸テーブルに着き、分厚いそれに目を通す。「ペットの猫探し」から、難易度が高いであろう「蛮族狩り」までと、さまざまある。なんでもアリということなのだろう。脈絡のない自由な営業方針には潔さを感じる。こういうギルドがあってもいい。


 面白いかもしれないと思えるような依頼を見つけた。長々と内容が記されているということはなく、たった一言、「ゴーレムをやっつけてほしい」とある。依頼人は「トレズ町」の「フラウ・プラット」。仕事の詳細は会って伝えたいのだという。いよいよ興味深いなと思い、だから出向いてやって、場合によっては引き受けてやろうと考える。訪ね先の住所だけメモして、依頼表――分厚いファイルを受付に返却した。


 ――と、外に出るべく身を翻して歩み始めたところで、三人の野郎に囲まれた。ああ、そうか、わたしは殊の外美しい女性だったなとデモンは思い出す。


 わたしとヤりたいのか?

 あるいはわたしにハメたいのか?


 そう訊ねると、野郎らは「へっへっへ」と下品に笑った。早くも股間に手をやっている男もいるくらいだ。その率直さに目眩がした。


 だから、手早く料理してやった――殴って蹴って殴り飛ばした。


 周囲のみながぎょっとしたような――店がそんな雰囲気に包まれる中、デモンは颯爽とギルドをあとにする。外に出たところで、屋根で待っていたオミが飛んできて、彼女の左肩に乗った。



*****


 朝の空気は淀んでいるように感じられる。今にも泣き出しそうな空模様だからだ。目的のトレズ町までは乗合の馬車を利用した。デモンがあくびをすると、彼女の左肩のオミもくあぁと倣ってみせた。妙な愛らしさを感じさせるものだからカラスも捨てたものではないなと思った次第――嘘だ。


 トレズ町は石造りだった。ごつごつとした石畳。建物はどれもグレーだ。古びた感はあまりなく、むしろいい味が出ているように映る。ヒトが暮らす風景としては、全然、悪くない。


 途中で馬車を降り、徒歩で進み、やがてはプラット邸に到着した。床面積の広い二階建てだ。他の建物と比べると小奇麗で、定期的に壁を掃除しているであろう旨が窺える。


 階段――五段上り、耳の長いウサギを模した金色のドアノッカーを三度鳴らした。返事はない。今度は強く打ち鳴らした。戸を押し開けて姿を現したのは白髪に白髭、正装の老人だった。執事の男性だろう――そうに違いないと勝手に決めつける。


 執事は深々と辞儀すると、「プラット家でございます。ご用件を伺いたく存じます」と口を開いた。事務的な態度には非常に好感が持てる。


「依頼について聞かせてもらいたい。『ゴーレムをやっつけてほしい』の件だ」


 値踏みするような、執事の視線。


「『賞金稼ぎ』でいらっしゃる?」

「わたしは“掃除人”だよ」


 ややあってから、執事は呟くように「道理で」と言った。何についてどう納得したのかは不明だが、警戒心は幾分薄らいだように見えた。


「ご案内いたします。どうぞ、中へ」

「カラスはダメか?」

「ご遠慮ください。汚されてはかないません」


 オミは「汚したりしないんだ」とは口にしなかったが、「カァ」と鳴いたのは抗議のつもりだったことだろう――屋根に向かって飛んだのだった。



*****


 通された客間は広くなかった。しかし、小ぶりなシャンデリアは古風なぶん高価そうで、陶器等の調度品には掛け値なしの品がある。幾何学模様の茶色い絨毯にも高級感がある。


「フラウ・プラットなの」


 そう名乗り、白いフリルスカートをつまんで裾を持ち上げてみせたのは少女だった。長く煌びやかな金髪は左右で二つに結われていて、リボンはピンク。年を訊いてみたところ、十一とのこと。背は低く、華奢な体型。年齢よりも幼く映る。


「デモン・イーブルだ」


 名乗り返してやって、握手を求めた。「大きな手なの」と言われた。「小さな手だな」と返しておいた。


 低い造りのテーブルの天板はガラスで――それを挟んで向き合う。ふかふかすぎない適度な反発力を持ったソファの座り心地が尊い。


「イーブルさんはとても綺麗な女性なの」

「否定はせん。デモンでいい」

「わかったの、デモン。私のことはフラウでいいの」


 承知したと答え、脚を組んだデモン。


「早速、詳細を聞かせてもらおうかね」


 利発そうな碧い瞳を刹那、まぶたが覆った――瞬き、というやつだ。


「どこから話せばいいの?」

「自由にしゃべってもらっていい」

「ゴーレムをやっつけてほしいの」

「それは知っている」

「私のパパとママがゴーレムに殺されたの。十日前のことなの」

「ほぅ」と、デモンは口をすぼめた。「ゴーレム、またの名を泥人形」

「そのとおりなの」フラウの表情がやや曇る。「犯人は、泥人形、なの……」


 フラウの隣に立つ執事に、デモンはちらと目をやった――深い意味はない。


「警察がそう断定したのか?」

「断定というより判断なの。パパが最後に私に言ったの。ゴーレムに気をつけろ、って」

「中途半端な遺言だが、まあいい。しかし、なぜだ? 連中の外見はまるでニンゲンなんだろう? 親父殿はどうしてゴーレムだとわかったんだ?」


 フラウがくりっと首をかしげ、「知らないの?」と訊ねてきた。

 デモンは「何をだ?」と訪ね返した。


「ゴーレムは十五歳で大人なの。誕生日を迎えたら、その日のうちに黒い入れ墨を彫るの」フラウは「ここに」と言いつつ、右手の人差し指で左手の甲を示した。「デザインは五芒星なの」


 初めて耳にする事柄だった。


「十五になったら必ず彫るのか?」

「導きの光の教え、『導光教』。ゴーレムはみんながその信者なの。みんな、規則に従って――だから入れ墨は必ずなの」

「導光教か。それも初耳だ」

「ほんとうに?」

「わたしはヒトやヒトのコミュニティーには大して関心がないんだよ――とでも言っておこうかね」


「素っ気ないの、なの」と口を尖らせてから、フラウは「とにかくパパは、犯人に入れ墨があるのを見たの」と言った。「若い男なの。茶色い髪に茶色い瞳なの。だけど顔そのものは言語化が難しいの」と続けた。


「この町にゴーレムは多いのか?」

「少なくないの」

「どこぞの集落で静かに暮らしているものだと考えていた」

「村はいくつもあるの。小さくて貧乏だけど、国家もあるの」


 ちょっと感心したデモンは、「へぇ」と、なかば唸った。

 彼女は、まさかゴーレムが主体の国があるとは考えていなかったのである。


「ここはゴーレムに優しい町、国。豊かでもあるから、きっと来るの」

「どうでもいい質問をする」

「どうでもいいのに、するの?」

「黙れ。ゴーレムはどうやって増えるんだ?」


 フラウはすんなり「セックスで増えるの」と答えた。「ゴーレム同士で交わるの」と平然と言った。


「ガキのくせにセックスは知っているのか」

「ガキじゃないの。フラウなの」

「わかっている。そう頬を膨らますな。ニンゲンとの混合種がいたりもするのか?」

「そこまでは知らないの」


 性器の形状が同じであるならあるいは――と考えるものの、特に興味があることでもないのでとっととうっちゃることにする。ゆえに「いてもおかしくはないのかね」くらいの発言に留めておいた。


「パパとママが殺されたので、三件目なの」

「連続殺人事件だと?」

「そうなの」

「そも、おまえはどうして今、息をしているんだ?」

「学校だったの。セバスチャンが迎えに来て、帰宅したら――だったの」

「二人とも瀕死だった?」

「ママはもうダメだったの」


 デモンは「なるほど」と呟いた。

 白い手袋をしている執事――セバスチャンのことが、少し気になった。


「だいたい理解した。ただ、力になれるとは思えんな」


 フラウはたいそう残念そうな顔をして――。


「やっぱり情報が少なすぎるの?」

「そういうことだ。この町の警察には知り合いもいないしな」

「それがわかっているなら、どうして訪ねてきたの?」

「いい質問だ」デモンはにぃと笑んだ。「じつのところ、わたしは自分に備わっている破天荒なまでの強運を信じていてね」


 不思議そうに目をぱちくりさせた、フラウ。


「破天荒なまでの強運?」

「そうだ。わたしのもとには望まずとも、必要な状況が降ってくるんだ」

「冗談を言ってるの?」

「さぁな。なんにせよ、この町には今しばらくのあいだ、留まろうと考えている。成果うんぬんはさておき、仕事は引き受けるということだ。ありがたく思うんだな」


 解決の糸口が得られたかもしれないと考え期待が膨らんだのか、フラウはぱぁっと明るい顔をした。


「誰も来てくれないからダメかなって思ってたの。いいヒトが見つかって、良かったの」

「いいヒトかどうかはわからんぞ」

「どこに泊まるの? 部屋を貸す?」

「結構だ。この家はなんとなく暗澹としていているから嫌いではないが、フラウ、おまえの無垢さ無邪気さは眩しすぎる。ずっと眺めているだけで灰になってしまいそうだよ」


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