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わたしは姿勢が良いのだと、デモンは自身を高く評価している。背筋を伸ばし早足で歩く。一本道。迷うはずもないから、目的地――「城」だったか――否、「巣」にはスムーズに到着できるだろう。道中、考えた。報酬が得られることは間違いないが、にしたって、このような突発的なイレギュラーに首を突っ込む必要があったのか。ないだろう。成り行き上、やむなくとでも言うべきなのだろうが……まあ、相手が単なる“ダスト”であろうと、いや、“ダスト”だからこそ遠慮なく暴力を振るえるのだ。ありがたい話ではないか。“掃除人”は天職だと思わなくもないわけだ。旅する中でこれからも面目躍如を果たす場面は、きっと数多く訪れることだろう――などと考えると、これからもそれなりに楽しく生きていけそうな気がする。性善説を信じる気持ちと似ているのかもしれない。とりあえず前に進め――そんな気分、心持ち。
三キロ程度は歩いただろうか。突然、ゴブリンらの姿が見えてきたので、デモンは脇の林に入り、草木に紛れるように身を隠した。戦いたくないわけではない。戦ってしまうとカーラン村のレジスタンス――リズらの出番がなくなってしまう。それは本意とするところではないし、連中にはきちっと仕事をしてもらわなければならない。自らの自由くらい自らの手で勝ち取れという話だ。たとえどれだけの犠牲を払うことになろうとも。おぼろげなビジョンでも、見失ってもらっては困る。
ゴブリン――まさに“ダスト”の括りにふさわしい醜い生物だと思う。石斧を、あるいは槍を弓矢を持ち、練り歩く。先日のザギ兵長と同様の兜、鎧を身に着けているのが二匹いる。正直なところ、百は下らないであろう数に加えて、ザギ兵長と同等の力量を誇る輩まで複数いるとなれば――。リズの細い身体がゴブリンどもに犯される姿は想像するに容易い。ついほくそ笑みたくもなるというものだ。
ゴブリンどもの行進を見届け終え、デモンはあらためて目的地へと向かう。
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残りは二、三百メートル程度だろうとなったところで走りだした。やがて三十匹ほどからなる守備隊と遭遇。壁のように並んでいる。統率ありきの陣形だ。連中は一様に驚いたふうで、揃ってぎょっとなった。それでも思いのほか素早く態勢を立て直し、前衛は石斧を持って襲いかかってくる。後ろの連中は矢を放つ。
走りながら、デモンは抜刀した。
稲妻の峻烈さで駆け、駆け、駆け、風を切り矢は刀で叩き落とし、目標を袈裟斬りにする。首を刎ねる。胸を突く。どんどん殺す、駆逐する。紫色の血が宙に描くアーチは美しくない。緑が生い茂る森を抜け、大きく口を開けた岩窟が見えてきた。あれが巣だ。中にもうじゃうじゃいるのだろうか――面倒だから思考は明後日の方向へとうっちゃり、なおも駆ける。ずいぶんと天井の高い闇の空間にあっていくつもの松明が焚かれている。嫌な臭いがする。濃密なまでに酸っぱい。ゴブリンが風呂に浸かるとは聞いたことがない。
斬って斬って斬りまくる。
そのうち通路が左方へとうねりだした。下っている――地下へと続く。左右の穴から出てくるゴブリンがいる。駆け回り、片っ端から斬って斬って殺す。最優先事項は「みな殺し」だとすでに決定している。それにしても、まるで「蟻の巣」だなと思う。多くの数を収容できる。アジトとするにはうってつけだ。
ねずみ色の兜に鎧。兵長クラスだが、あいにくともたもたしてやる気分ではなく、ゆえにデモンは駆け抜けざまに横薙ぎ一閃、首を刎ねた。刀を縦に振り、付着した血を飛ばす。さらにスピードを上げる。「献上されたニンゲンはいないだろうか」、そんなふうに考える。今のところ確認できていないわけだが――やはり男は労働力、女は性奴隷として、どこかで生かされているのだろうか――どうでもいいから、駆ける、駆ける、駆ける。
一息に最奥まで駆けた。
三メートル以上はあろうゴブリンが、巨岩が成す椅子に大股を開いてどっしりと座っていた。どこからか奪ってきたのか、それとも誰かに造らせたのか、赤い宝石で彩られた金色の冠をかぶっていて、太鼓腹、巨大な性器は剥き出しだ。そばにはいくつもの若い女の死体。アレを強引に突っ込まれたら当然、たちまち身体は悲鳴を上げるだろう。女は使い捨てであり、となると、ここに生存者はいないと見るべきか……。
それにしても、金冠が似合わないなと思う。
――が、体躯と貫禄からして、間違いなく、奴が「王」だ。
ゆっくりと歩を進め、彼我の距離は五メートルほど――立ち止まる。無尽蔵のスタミナを誇るデモンは、息一つ切らしていない。
王は緑色の醜悪な顔で笑み、野太い声で嘲るように笑った。「武器を持ってここまで辿り着いたニンゲンは初めてだ」と言い、おかしそうに丸い腹を叩く――大きな左手で近くにあった女の死体を持ち上げ、大口を開け、頭をがぶりと食いちぎった。ごきごきと咀嚼する。なるほど。なかなか豪快だ、興味深い。
「おまえを俺の側近にしてやろう。奪うも殺すもやり放題だぞ」
ありきたりな発想には吐き気すら覚える。
口を開かない、デモン。開かないものだから、「どうして応えない?」と王は不思議そうな顔をした。
デモンは顔を歪めるようにして微笑み、「貴様は怯えている」と指摘した。
「俺が怯えているだと?」
「ああ、そうだ。すべてを失うことを無意識に悟っている。その感じ方は正しい。だが、多少は抵抗してくれないか。わたしの内には黒い色をした邪心の種火が常にあってね、そこに焼べるのは善悪問わずの刺激という名の薪だ。焼べつづけるうちに小さかった炎はやがて燃え盛り、その業火は無限の快楽を生み出してくれる。得難い事実だ。貴重な現象とも言える。要するに、わたしは何度も何度もイキたくてイキたくてしょうがないのさ」
顎をしゃくり、デモンは立つよう促した。その気になってもらえたようだ。目を見開き、憤怒の表情。王は大きな大きな石斧を右手に立ち上がった。
「おまえのことも食ってやるぞ!」と凄むような低い声。「生きたまま食ってやるぞ!!」
ほんとうに凡庸なことしか言えないらしい。
生き物としての価値など皆無と言って差し支えない。
どかどかと歩み至近距離――手頃な位置に達したところで、「があぁっ!」とのかけ声とともに石斧を振り下ろしてきた。避けることに労力を使うことが面倒で、デモンは左手一本で受け止めた。王が「なっ!?」と驚くのは当然極まりないのだが、現象そのものはすべて必然だ。石に指を食い込ませ、鬼のような握力で砕く。さらに邪な笑みを浮かべてやる。怯えの色はもっぱら濃さを増す。しきりに瞬きをして、「たたっ、助けてくれ」と懇願してみせた。
「さあ、もっと抵抗してくれ。もっと薪を焼べろと脳がわたしを急かすんだ」
「お、おまえは異常だ」
「そんなの百も承知だよ」
右手に持つ刀を使って、王の左足の甲を突き刺してやった。醜い悲鳴。左足の膝から下を斬り落としてやった。がくんと崩れ落ちるとともに怒号のような苦痛の叫び。石斧についても放り出した。じつに弱い。軟弱で貧弱で脆弱だ。やはりただのゴミだ、“ダスト”だ。そのカテゴリーを出ない極上の愚物だ。
「言い残すことはあるか?」
「だ、だから助けてくれ」
「それは言い残すこととは言わん」
デモンはいよいよ太鼓腹の真ん中を貫いた、ゆっくり、ゆぅぅっくりと。ずぶずぶ、ずぶずぶ、ずぶずぶ……。王は「やめろぉぉぉっ!」と首を横に振る。みっともなく涙を流す。
――飽きた。
素早く刀を引き抜きジャンプ、左肩から右の脇腹にかけて袈裟斬りにしてやった。王は「ぎゃああぁぁっ!」と醜く発し、仰向けに倒れた。デモンはおどけるようにして、二歩、三歩と後方にステップを踏む。左手を前に向ける。すると火柱が上がった。紅蓮の炎が王を包む。もはや身をよじりじたばたするくらいしかできないのだから、「ぎゃあああぁっ!」と叫びつづけて絶命するしかない。
デモンは刀を鞘に納め、身を翻した。
低い声でクックと笑い、「燃え尽きるがいい」と死刑を宣告した。
そして、ゆったりとした足取りで帰路についた。