目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第31話 あの剣について



 目を開くとすでに部屋は明るく、日照りが眠っていた俺を照らし続けていた。

 頼んでもいないのに、この日差しが嫌でも朝を自覚させてくる。


 マジ?

 もう朝かよ。

 まだそんなに寝てないのに。


 実際昨日……いや、今日旅館へ戻ってきたのは、午前4時だった。

 えらく呑気に眠りこけていた太陽を上から跨いでから自分の布団へ向かい、完全に眠ったのはおそらく5時頃。

 で、今が朝の8時だから眠っていたのはほんの3時間ということになる。


「燿ちゃん、もう起きたの? まだ寝てて大丈夫だよ?」


 俺は「なんだ、心菜もきてんのか」と仰向けのまま声のする方へ首だけ向ける。


「ワタクシもいますよ、先輩」


 と座って向かい合っている心菜とアリスは起床した俺に呼びかけてくれたが、どちらも視線をこちらへ向けてはいない。

 ただ一点を見つめているのだ。

 そう、円になった中心部。


 俺は体をのそりと起こし、その視線の先に目をやる。

 するとそこには、漆黒の鞘に納まっている剣の姿があった。

 あれは忘れもしない、昨日持ち帰った赤い持ち手に漆黒の刃という禍々しくも厨二病心をくすぐるようなデザインの剣だ。


「あっ! それ甲冑野郎の剣っ!」


「今、色々試し中なんです」


「試すっ!? 何を!?」


 俺の叫びにアリスはサラッと答えるが、一体何を試したのか気になってしまい、俺は完全に目が覚めたのだった。


「そろそろ朝ごはん、食べに行きましょうか?」


「私もお腹減りました〜。燿ちゃん待ってる間グルグルお腹鳴っちゃってたし」


 2人は空腹について示し合わせた後、そそくさと部屋から去ろうとしている。


「いや、だからね? 剣の話は何処いったのかなぁ?」


 と話題を無理に戻そうとするが、時すでに遅し。

 気の抜けたプライベートアリスは本当に人の話を聞かない。

 漆黒に染まる剣については迷宮入りと化そうとしているが、俺はとりあえずハネた寝癖を大雑把に直してから浴衣のまま2人の後を追った。



 ◇



 俺達の泊まった夕映亭の朝食は、昨日の夕食のようにすでに決まった豪華料理のフルコースではなくバイキング形式だった。


 各自がプレートに好みのおかずを盛り付け、それを自身のテーブルまで運ぶ。

 バイキングという響きは心躍るが、実はこれ店員さんの仕事の半分近くを客が担うという、店側にメリットが多い仕様なんじゃないかと昔何度か考えたことがある。

 そうだ、俺達は上手く利用されているんだなんて、誰に向けた反抗なんだと思うような感情を抱いたことがあるのはここだけの話だ。


 そんなくだらない昔の記憶を辿りながら、俺は朝食らしい鮭の塩焼きやサラダ、オムレツから、らしくない刺身、焼きそばなど多種多様のおかずを無理やりプレート上にコラボレーションさせてからテーブルへ戻る。

 そしてブレックファーストに欠かせないコーヒーを汲みに行って俺の朝食は完成だ。


 それから食事開始、アリスと心菜は食事中の所作こそ丁寧だが、なんとなしにいつもより食べる速度が速い感覚。


 現時刻8時半を過ぎたところ、朝食を食べる時間としては適切……いや少し早いまであるが、この時間にお腹が空くということは相当カロリーを消費したということだろうか。

 例えばあの剣について悩みに悩むことで、脳がカロリーを消費させたとか……。


「ダンジョンで拾った剣のことですが……」


 アリスが朝食のウインナーにかぶりつきながら、気になる本題に触れてきた。


「何か分かったのか?」


「……ええ。何点か」


 アリスは食べかけのウインナーをその小さな口いっぱいに頬張り、咀嚼、嚥下を終えてから話し始める。 


「まずはあのだんじょんですが、ワタクシ達が出てきてから約1時間後に姿を消したそうです」


「消した? 消したって?」


「あの球体がその場から姿を消した。つまりだんじょんの出入口になったものが無くなったので、物理的に入れなくなったということです」


「なる、ほど」


 ダンジョン自体が本当に消滅したのかと言われれば現状不明だが、出入りに使っていたあの球体が無くなったということはコチラからの関与は困難、ってわけか。

 それに鎧兜を倒したこのタイミングでの消失ってのは偶然じゃないんだろうな。


「次にあの浪川って男のこと……彼は、この間ワタクシ達が出会った先生という異能者の元仲間だそうです!」


「え……」


 あまりの驚きに俺は声が思ったように出せなかった。

 これが世に言う言葉を失ったってやつだろう。


「まぁ彼の話は少し長くなるので、帰ってから話すとして……先輩が気になっている本題、あの剣について」


「ほう?」


 浪川の件、気になるが、アリスが後でと言うなら仕方ない。

 話す側にも話したい順番ってのがあるだろうし、もしかしたら外では容易に話せない内容の可能性もある。

 ここは大人しく話の流れに従おう。


「今わかってることは2つです」


 アリスはそのまま続ける。


「まず、めっちゃ重いです」


「あ、うん知ってる」


 拍子抜けだった。

 めっちゃ焦らされたため、どんなことが分かったのか内心ドキドキだったのだが。

 そりゃダンジョンから部屋まであの剣を運んだのは俺なのだからその重さはよく知ってる。


「あともう1つはですね、鞘を抜いて持てません」


「うん、次は意味が分かんねぇぞ?」


 アリスはうーん、と視線を上に向けて考えてから正面に向き直し、えっとですね、と説明し始める。


 つまりこういうことらしい。

 鞘を抜いたあの剣を持つと人間でいう精力というか活力、また生命エネルギーとでも言おうか、まぁ要は握るだけで体力を持って行かれるとのことだ。


 それこそ今日の早朝、太陽が興味本位で鞘から剣を抜いてみたらしいのだが、最後まで抜くに至れずに目眩で倒れたようだし。


 鞘から抜くこともできなかったってことは、つまり10秒にも満たない間に太陽の体力は吸い尽くされたということになる。


「ちなみにワタクシはギリギリ30秒いかなかったくらいでした」


「アリスでもダメだったのか」


「はい、ワタクシも途中で気分が悪くなってしまい……本当に不甲斐ないです」


「いや、それだけ分かっただけでも充分だ。ありがとな、アリス」


 あの剣についての情報はここまで。

 ま、帰ってから俺なりに調べてみるかな。


 そして俺達は食事を終えた後、各自部屋で荷造りをして旅館を後にした。

 それからお土産を買ったり、お昼ご飯を食べに行ったりとまるで昨日の戦いが夢だったかのような時間を過ごしてから自宅へと帰ったのだが、本当にいい時間だったと思う。


 何せ、これから1ヶ月は気を引き締めないといけないのだから。



 ◇



 時間が経つのは本当に早いもので、1日1日があっという間に過ぎていった。

 そして今日がその約束の9月1日。


 運命を握る『一騎討ち』


 1つの物語が終幕を迎える日だ。



コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?