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第30話 戦いの終わり



 静寂した空気の中、鎧兜の地面を蹴り出す音のみが耳に入る。

 音が届いた頃には、ヤツはすでに剣を水平に振り始めていた。


 俺はアリスの時同様、刀で威力を受け止める。

 ここから彼女は迫り合う中で相手の鍔まで刀を滑らせて相手の力を弱めていたが、俺はやり方を変えた。

 今回はあえてそのまま力で押し負けてやったのだ。

 これはただ刀が弾かれるわけではなく、相手の力を利用し後方へ下がるという我流の受け。


 鎧兜の振り抜くタイミングで真っ直ぐへのベクトルが働く角度で刀を受け止める。

 そうすることで、一直線に後ろへ身を引けるというわけだ。

 そんなことできるのかって話だが、今できたのだから物理的にはできるという結論になる。


「オモシロイ」


 ヤツの剣技を受け切った様子を見て、鎧兜はニタリと口角を上げた……気がした。

 実際には口がついていないので分からないが。


 その直後、鎧兜は何度も剣を縦に横にと大振りしてくるが、俺はギリギリの間合いで避けていく。


 シュッ――


 シュッ――


 風を切る音だけが鳴り響いている。


「ナゼ、アタラナイ」


「それは、左肩が無いことを恨むんだな」


 俺は躱しながら問いに答えた。

 だが、俺の回答にピンときていないのか、鎧兜は相も変わらず剣を振り続けている。


 別に俺だってコイツの動きについていけているわけでもない。

 ただして動いているのだ。


 そしてそれを可能にさせたのはヤツの戦闘スタイル、片手剣術なのだが、本来両手剣術に慣れているからか、動きがどうしても大振りになってしまっている。

 ただえさえ片手剣術は刀の制御が難しい。

 それをいきなり慣れろというのも無理な話だ。

 これは力づくとかそういう次元ではなく、技術的に会得するものだからな。


 つまり鎧兜の剣の振り始めで、あらかじめどこに振り下ろされるかが丸わかりになっている。

 いくら動きが速くても、剣筋が分かりゃ躱わすのは容易ってことだ。

 さすがにアリスのような異能者で受け止められない剣撃をまともに受けようなんて思えねぇし。


 鎧兜の動きにもだいぶ慣れてきた。

 そろそろ反撃だ。


 俺は攻撃の合間に、相手の左側から背後へ回り込む。


「箕原流剣術 四の型 竜魔の槍」


 鎧兜を横切る時、左股関節の隙間に刺し込み、栓抜きの要領で外した。


「マタカッ!」


 こうなったらジリ貧だ。

 あとは時間の問題。


 鎧兜はバランスを失い、さっきよりも太刀筋が不安定になった。

 しかし左上下肢を失ったのだ、最早立てているだけでもスゴいことなのに、事もあろうかまだヤツは剣を振ろうとしている。


「マダ、戦イタイ、マダ、戦イタイ」


 それはもう壊れた人形のように同じ言葉を繰り返し、乱雑に剣を振り回す。


「俺は、楽しかったぞ。鎧兜よ」


 最後に少しでも念が晴れると、と思い、俺はそう声をかけてから右股関節を外してやった。


 ドサッ――


 仰向けに倒れた鎧兜。

 動けなくなった時点で自覚したのか、言葉が止まる。


 あぁ、終わったんだ――


 再びやってきた静寂は俺にそんな自覚を芽生えさせた。


 さて周りをみると、アリスはちょこんと座っている。

 なんだ、俺の戦いを見てたのか。


 一方浪川は鎧兜の裏拳打ちで気絶したまま、兎亜も同様、壁にもたれて倒れている。


 本部隊全滅じゃねーかなんて思いつつ、とりあえず順番に呼びかけていくかと思っていると、


「コノ剣ヲ……」


 今はもう動けぬ鎧兜から声がした。

 一瞬罠かもという考えがよぎったが、すでにあれは自身の力でどうこうできない状況だ。

 その心配はないだろう。


 そう思って、できる限り傍に寄った。


「マダ、コノ剣ハ、戦イヲ望ンデイル」


 鎧兜のコノ剣というのは、今コイツが倒れた状態でも大事に握りしめている剣のこと。


 大きさはかなり大きい。

 鎧兜用だからか、おそらく全長1メートルはある。


 そして俺のとはまた違う。

 こいつは、俺も初めて見た。

 剣ってのは峰が付いている片刃とは違って両刃、いわゆる西洋剣というもの。

 どっちかというとファンタジー世界やゲームの世界で使われているイメージがある。


 鎧兜はゆっくり握りしめた手を開いていく。


「頼ンダ」


 その後、ヤツが口を開くことはなかった。


 剣柄、つまり剣の持ち手や鍔は赤く、刃全体は黒く染められている。

 そんな禍々しい剣を譲り受けるには少し抵抗があったが、懇願する鎧兜に悪意は感じず、むしろ同じ剣士としての深い信頼のような感情が伝わってきた。


 試しに握ってみたが、特に違和感もない。

 とりあえず持ち帰ってみるか。


 そして俺は浪川と兎亜を回収したが、息もしている。

 どうやら無事のようだ。 


 それからアリスの分身体が気絶している2人を背負って、俺達は外へ足を運ぶことにした。


 帰り道は鎧兜を倒したからか、同じ空間をループすることなく着実に出口へ迎えている。

 なぜそんなことが分かるのかというと、隊列の最後尾だったアリスがこっそり道標として500円硬貨サイズの石を等間隔にばら蒔いていたからだ。

 さすが管理官、この部隊のリーダーってだけはある。


「先輩、すみませんでした……」


 隣から沈んだ声が聞こえる。


「どした?」


「ワタクシはりーだー失格だなって……」


「あの鎧兜の件か?」


 そう問うと、静かに頷いてから語り始めた。


「あの戦い、ワタクシは立場上みんなを引っ張らなくちゃいけなかった。だけどそれどころかチームは全滅、結局部外者である先輩が倒してしまう始末。こんなの、りーだー失格……ううん、異能対策部として終わりです。詰んでるんです……」


 今回はダンジョンの調査が主な目的だ。

 それについては果たせているし、全員無事での帰還。

 落ち込む必要なんて何も無い……ってまぁそういうことじゃないんだろうな。


「アリス、それは違うぞ」


「えっ?」


 彼女は俯いた顔をあげる。


「たしかに結果だけ見りゃそうだ。だが俺をここに呼んだのは誰だ?」


「え、えっと……ワタクシ?」


「そう、アリスだ。つまり今の自分達じゃ心許ない、そう思ったんだろ?」


「はい。ワタクシ達はまだ異能を手にして間もない。戦闘用の武道を心得ているのもワタクシのみでしたから」


「ほら、お前は自陣の戦力を把握してリスクヘッジをした。それだって充分リーダーの仕事だと思うぞ。つまり今全員が無事なのは、アリス管理官のおかげってことだ。それに俺も1人じゃ勝てなかったしな」


「そう……ですか」


 それ以上アリスは口を開かなかった。

 しかし流れる涙は留まることを知らないらしい。


 アリスが言葉を飲み込んだってことは、俺の声は届いたということだ。

 彼女は地頭がいい。

 俺の言った意味も充分理解しているだろう。

 しかし心はそういうわけにはいかない。


 きっと不甲斐ない自分を責め、あの時ああしていたら、こうしていればなんて考えている。

 思えば昔からそう。

 道場に通っていた頃から、負けた理由をあーだこーだと垂れていた。

 だけどそれが……そのタラレバが彼女をここまで強くしたのだ。


 今のアリスはあの頃と同じ顔をしている。

 涙で真っ赤に腫らした目、微かに膨らました頬に尖らした口元、未だにその癖は変わってないらしい。


 歩いていると出口が見えてきた。

 俺達が通ってきた入口であり、出口でもあった壁に埋まる黒い球体。

 あれを通れば煌石洞に戻れるはず。


「よし、アリス、着いたな」


「先輩……」


 アリスの呼びかけに俺は「なんだ?」と返す。


「ありがとうございました! いっぱい言葉、かけてくれて。へへっ」


 彼女は昔のようにニカッと笑ってみせる。

 あれは自分の失敗を……後悔を全て受け入れた時の顔。

 考えの末にみせる表情だ。


 そうか、全部スッキリしたんだな。


「いんや、納得したんならそれでいい」


 そう言って俺達はこのダンジョンを後にしたのだった。

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