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第29話 対鎧への秘策



「先輩……何か策が?」


 俺の発言に対して、アリスが食いつく。

 と同時にこの場の視線も集まる。


「ま、みんなにも手伝ってもらって、だがな」


 そう言うと、全員ピンと来ていない顔をするので、軽く説明をした。


 話を終えると、「そんなことできるのか!?」と男が懐疑的な目をして問うてくる。


「先輩ならほんとにやっちゃいそうですけど」


 一方のアリスはそう言って遠慮気味にふふ、と笑みをこぼす。

 鉄士の件で落ち込んでいると思っていたが、微笑む元気があるならよかった。 


「とりあえず、あの手この手でアイツの気を逸らしてくれ」


 ということで、作戦開始。

 ここで、指示が出しやすいように男は名を名乗った。

 浪川なみかわというらしい。


 俺の掛け声で男改め浪川、兎亜、アリス、分身2体が一斉に鎧兜へ攻撃を仕掛ける。

 分身残り1体は、鉄士を救い出すという任務をこなすことになった。


 まずは分身2体が同時に斬りかかる。

 2本の刀に対して、鎧兜は一本の腕と一本の剣を使い、鍔迫り合う形をとった。

 しかしその拮抗した力は長くは続かず、強引に弾かれてしまう。


 そこにすかさず、浪川。

 右の掌を地につけたと思えば、地面が波のようなうねりを発生させ、鎧兜の元へ小さな地の津波として押し寄せていく。

 あれが浪川の異能か。

 あんなに地面が捻じ曲がると、まともに立って居られないだろう。


 しかし鎧兜は再び両手で握った剣を大振りして、発生させた風圧により波を消し去った。


「ここまでは予想通り」


 浪川の一言。

 その瞬間に駆け寄った兎亜が両手の掌を背後から鎧兜の背にあてがう。


「い、いけぇ……っ!」


 兎亜の掛け声と同時に鎧兜は前に体を押し出され、大きくよろめく。

 体を倒すほどではないが、一瞬の隙くらいは作れた、そんな攻撃だった。


 兎亜の異能【ベクトル】はシンプルに強い。

 今のように手で触れるだけで相手を吹き飛ばすことができる。

 本来相手を吹き飛ばすには、そうしたい方向にそれなりの力を加えないといけないが、彼女にはそんな工程必要ない。

 異能【ベクトル】により、適切な力と向きを生み出せるからだ。


 兎亜の力、使いこなせばもっと強いベクトルを加えられそうで非常に興味深い。


 ……なんて思ってる場合じゃないか。


 みんなが作ってくれた一瞬の隙。

 ここをしくじるわけにはいかない。


 狙うはヤツの左腕。

 今、鎧兜は体のふらつきを左足で踏ん張ることでなんとか制御したところ。

 そんな姿勢からでは左への方向転換がさぞ難しいことだろう。

 つまり一時的に左側に死角ができるのだ。


 鎧兜の上腕部位にあたる関節同士の間に存在するわずかな隙間。

 俺は相手に気付かれる前に、一瞬でそこに刀を刺し込む想定。


 間もなく崩れた姿勢を整え終わる鎧兜は、ゆっくり右側から背後に振り向こうとしている。

 自身がバランスを失った原因を探るためだろう。


「箕原流剣術 四の型 竜魔の槍」


 今の間に俺は最も速く、鋭い殺しのための突きを鎧兜の関節部分に捻じ込む。

 そして、テコの原理で関節をスムーズに弾き外した。


 ここまでが作戦だ。

 鎧をつけた相手、防御は圧倒的だが、もちろん弱点もある。

 それが関節部分。

 本来人間であればそこに刺し込めば致命傷だったが、剣を入れた感じ、あれは空洞だった。

 もちろんここはダンジョンであり、中がそういう可能性もあると考えていたのだが、まさか本当にそうだとはな。


 ズドン、と落ちる左上肢に違和感を覚えたのかその場で固まる鎧兜。


 ゆっくり俺に体を向け、どこからともなく無機質な声を響かせてくる。


「緊急事態。戦闘モード移行」


 まるで最新AIのような音声。

 そう言い放った鎧兜、そこから足取りが変わった。


 さっきまではただそこに立っているだけだったが、今は大きく異なる。

 右手の剣を構えて左肩、左足を1歩後ろに引き、半身になった今の鎧兜には一切の隙が見えない。


 鎧兜は気配を察してか、背後に一瞥くれる。

 そこには思わず息をのむ兎亜の姿。

 震えた足で1歩後ずさるも時すでに遅く、鎧兜の長足から繰り出される後ろ蹴りを入れられる。


 ザッ――


 その直後に響く何らかの音、これは兎亜の対側に立つ浪川の後ずさりにより生じた靴と地面の摩擦音のようだ。

 本来聞こえない程度のものだが、静寂に包まれるこの空間では充分な大きさだった。


 その音を造作もなく聞き取った鎧兜は剣を地面に突き立てて、浪川に一瞥くれてから距離を詰める。

 その動き、秒数を数える暇がないほどの速さ。

 1歩踏み出すステップがあまりに大きく、浪川との距離5メートルをあっという間に埋めてしまう。


「な……っ!?」


 鎧兜の裏拳打ちが浪川の右頬に直撃。

 短い悲鳴と共に勢いのまま吹き飛ばされた。


 今の動きを見るところ、さっきとは別人……いや、別鎧。


 つまりさっきまでのアイツは戦闘態勢ではなかったということになるのだろうか。


 鎧兜は定位置へ一瞬で戻り、再び剣を握った。


「箕原流剣術 一の型 剣舞一刀」


 次に背後から聞き馴染みのある型の名が耳に入る。

 この中で使えるのは、俺含め2人しかいない。

 つまりアリスが技を放つのだ。


 アリスは通常の人間では到達困難な速度で鎧兜の腹部の斬り裂こうと追い越しざまに刃を入れ、そのまま右に抜けていく。


 見事、鎧兜はその動きについて来れず、剣道でいう『胴打ち』を決められた。


「先輩、相手が剣技ならこちらも剣技で! 2人同時に攻めましょうっ!」


「おーけー、分かった!」


 彼女のいうとおり。

 目には目を、というやつだ。


「邪魔ヲ、スルナッ」


 鎧兜は無機質な声とともにアリスに体を向ける。

 そして左肩、左足をさっきよりも大きく引いた。

 あの構えは知っている。

 それどころか、今さっき見たところだ。


 そう、あれは剣舞一刀の準備。

 今の一撃で覚えたっていうのか?


「アリスっ! くるぞっ!」


「はい、分かってます!」


 俺の叫びと同時にアリスは防御の姿勢をとる。


 そして間もなく、鎧兜は目いっぱい地面が抉れるほど蹴りつけてアリスへ迫った。

 急加速からの水平斬り、完璧な模倣だ。


 2人の間ほぼゼロ距離、鎧兜が水平に振り抜いていくところでアリスは少しでも体を遠くにと右半身を後ろに引いてから刀で受け止める。

 そして威力を少しでも受け流すため、刃を受け止めた瞬間に相手の鍔部分まで刀を滑らせた。


 アリスはアリスで完璧な受けを見せる。

 これもテコの原理の一つで、相手の腕に近ければ近いほど力の大きさは弱くなる、これを利用した受け技。

 分身ではないアリスの技量はさすがの一言だ。


「――――ッ!!」


 水平斬りを止められた鎧兜は、唸りをあげた。


 技が失敗した時点で隙が生まれる。

 本来このままアリスが攻撃に転じるだけで立場が逆転するはずなのだが、彼女の表情は優れない。


「う……っ! 重い……!」


 どうも支えるだけで手一杯、そんな様子だ。


「――――ッ!!」


 唸る声と同時に鎧兜は強引に刀をアリスごと振り抜く。

 そして刀を弾かれたアリスがバランスを失っている隙に、鎧兜は彼女の懐に前蹴りを入れたのだ。


「アリスッ!」


 彼女は大きく後方へ吹き飛ばされる。

 俺も参戦できればよかったが、2人のやり取りは無数の駆け引きがあったのにも関わらず物理的にかかった時間はほんの10秒も満たない程度。

 人間の俺が足を運ぶ時間すらなかった。


「戦イタイノハ、オ前ジャナイ」


 吹き飛ばされ、倒れ込んだアリスへヤツは機械的な言葉を投げつけた。

 さらに邪魔ヲスルヤツハ、排除、と付け加えてからアリスの元へゆっくりと歩みを進める。


 今の発言から見て、鎧兜はアリスを戦いの邪魔だと判断して始末しようとしている、といったところか。


「おい、甲冑野郎! 戦いたいなら相手してやるぞ!」


 人間の俺にはアイツに追いつく術がない。

 アリスを殺すため、本気で動かれでもすりゃ対処のしようもないため、俺はできる限り大きな声を張り上げた。


 すると、鎧兜は立ち止まり、俺にゆっくり体を振り向かせる。


「オ前、1番強イ。コノ時ヲ待ッテタ」


 何となく予想していた。

 コイツが戦いたいのは詰まるところ、俺というわけだ。

 おそらく左肩を外した張本人だからだろう。


 この鎧兜はいわゆるタイマンをしたかったわけで、それを剣舞一刀で邪魔したアリスを攻撃の的に絞ったって感じか。


 そしてヤツは三度みたび、戦闘態勢に入る。

 構えはよほど気に入ったのか再び剣舞一刀。


 粛然たる空気の中、鎧兜は進攻のために下肢に力を入れ、ダッ、と強く地面を蹴り込んだのだった。




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