ダンジョンを探索して、ずいぶん経つ。
進んだ先に拓けた土地があった。
そしてそこが行き止まり、ここは最奥部なのかもしれない。
そんな空間に立ちはだかる西洋風鎧兜と這いつくばう1人の男性。
目の前に現れた現実離れした存在が今、手に持つ剣を振り下ろそうとしている。
このままではあの男性は助からない、そう思ったのもほんの束の間で、すでに2人の金髪美女があの甲冑に剣撃を放っていた。
そしてもう1人のアリスが男性の身を確保する、完璧な連携を分身のみで行った彼女の姿はさすがとしか言いようがない。
やはり便利な能力だなと思う。
「――――っ!!」
あの鎧兜は唸りを上げながら、両手で握った剣を大振り。
俺達との距離は少なく見積もっても20メートルはある。
もちろん俺達どころか1歩下がったアリス達にも剣が届くはずなかったのだが、その風圧に当てられた分身が消え入るかのように姿を消したのだ。
「なっ!? あり得ない……っ! 風圧だけで消えちゃうなんて!」
どうやら彼女の分身達の強度はそこまで弱くないらしい。
それこそ、俺が直接フルスイングで剣や拳を叩き込むような物理攻撃を加えると消えてしまうが、風圧で飛ばされるくらいではどうってことはない。
しかし分身が解かれたのは事実だ。
そこに見えない攻撃性があったのか、あの風に何らかの特殊な効果があったのかは分からない。
だが今目の前にいるアレは対峙しない方がいいタイプのやつだと俺の直感も言っている。
「に、逃げましょうっ!」
鉄士がそう叫ぶ。
一同は一瞬戸惑いの空気が流れた。
「もう撮影は終えたっ! 早くっ!」
彼の2度目の強い呼びかけで俺達は駆け出した。
次の先頭は兎亜、アリス、俺、それに少し遅れて男性を背負った鉄士、最後に分身アリスの順。
俺は走りざま、背後に一瞬目をやったが、どうもあの甲冑野郎、追いかけてくる素振りを見せていない。
これなら問題なく出口まで辿り着きそうだ。
「た、体力がぁ……っ!」
「兎亜、死にてぇのか! 踏ん張れ!」
弱音を吐く先頭に鉄士から切迫した言葉が飛んでくる。
「だ、だってお兄ちゃん疲れたんだもん……」
「業務中にお兄ちゃん呼びするなっつったろ!」
途切れ途切れに弾ませた息で会話劇を繰り広げる。
それよりも引っかかる発言があった。
こんな妹属性強そうな女性が本物の妹だと……っ!?
情報過多だっつーの!
って今はそんなことどうでもいいか。
「はぁ……はぁ……っ! あの2人、実は兄妹なんです!」
アリスは息を荒らげながら、すでに明らかになっている事実をさも暴露したかのような物言いで放ってきた。
「いや、今はどうでもいいことだって心の中で割り切ったところだよっ!!」
そんな話をしていると、今俺達が走っている通路から拓けた土地が見えてきた。
おっといよいよ出口か……と一瞬頭をよぎったときにふと疑問が生じる。
あれ、そんな空間行きしなにあったか?
そんな心の迷いを抱えながらも通路を抜けていった。
そして広い空間へ足を運んだ時、そこには俺達が逃げ走る原因となった鎧兜の姿が目に入る。
「なんで……っ!?」
瞳に絶望を宿した鉄士は小さな声でそう漏らす。
「は、早く逃げないと……」
「む、無駄だ」
焦燥する兎亜に声がかかる。
それは鉄士に背負われた男性からだった。
その男はパッと見たところ20代前半くらいの顔立ち、幼めの顔に珍しい紫色の髪、長い襟足とアシンメトリーな前髪で左目が見え隠れするのが特徴的。
「どういうわけかここからは抜け出せない」
「それってどういう……?」
男は鉄士の肩をポンッと叩いてから地へ着地し、話を続ける。
「お前達がどうやってここに来たのかは知らない。だが、ここには出口がない。それにさっきの通路、何度抜けてもこの場に帰ってくるんだ」
「そんなことってあんのか……?」
「分からない、けどそれが事実。もしかしたらアイツを倒せば出口が現れて……」
男が俺の問いに答えている時、
「――――っ!!!」
声にならないような無機質な音が甲冑から発し、1歩、また1歩と距離を詰めてくる。
「倒しましょう!」
アリスのその一言で皆、彼女に視線が集まった。
「わ、分かりました。アリスさんがそう仰るなら」
「兎亜も、問題ないです」
異能対策部一同、戦闘の意思を見せる。
そして俺自身も賛成だ。
このまま逃げることに体力を割くくらいなら、戦いに使う方がよっぽどいい。
「まぁこんだけ異能者がいりゃあなんとかなるだろ」
とはいえあの鎧兜との距離もうすでに5メートルもないくらい、まだまだ縮まっていく一方だ。
「アリスさん、俺がアイツを少し遠ざけます! 今のうちに戦闘態勢をっ!」
鉄士は【頑丈】の発動により体を鉛色に染め、そのまま突進していく。
鉄を身に宿し、異能者特有の身体能力で直接体当たりをカマした。
相手も鉄の鎧だ。
しかし鉄士の速さ×重さによるタックルは思いの外パワーがあり、後ろ数メートル後退させた。
「離れた方がいい……っ!」
今も尚、鎧兜に身を寄せ、俺達から少しでも遠ざけようとしてくれている鉄士に男がそう叫ぶ。
「鉄士くんなら、ある程度の攻撃は異能で……」
「異能が……効かないんだよ、ソイツはっ!」
その言葉と同時に、鎧兜から振り下ろされた剣は真っ直ぐ鉄士を斬り裂いていく。
太刀筋を受けた瞬間、鉛色だった肌はすっかり元の状態に戻り、口からは赤い霧が飛び散った。
「ブフ……ッ!」
それでも倒れない鉄士に対して、鎧兜は長足から繰り出す鞭のようにしなる右足蹴りを彼の右脇腹に打つ。
異能も解除され、致命傷を負った鉄士にはその攻撃を防ぐ術もなく、無惨に転がっていく。
「お兄ちゃん……っ!!!」
兄の元へ一目散に駆け寄ろうとする兎亜を、アリスが手を広げその進路を妨げる。
「ごめんなさい。ワタクシの判断みすです。せっかく鉄士くんが時間を稼いでくれたのに、作戦1つも思いつかない……」
そう言って俯くアリスに俺はひと声かけた。
「なら作戦を考えてもらう間に、1つ試していいか?」
あの手の敵に有効かもしれない技を1つ思いついた俺は、この場で名乗りを上げた。