目の前の景色は大きく変わり……いや、あまり変わってない?
なんというか、さっきまでいた煌石洞の延長線上のような内観なのでダンジョンに来たと言われても実感が沸かないというのが実情だ。
ただ、ここには設置型のライトがない。
にも関わらず天井にLEDの電球が点いているんじゃなんて思わせるほど強く発光しており、この空間全体を昼白色が染め上げていた。
何がここまでの光を発しているのか甚だ疑問ではあるが、それがダンジョンだからだと言われてしまうと、納得してしまいそうなのがダンジョンという言葉の恐ろしさである。
「どろぉんの映像と同じね」
アリスがドローンという特段英語らしくもない単語を辿々しく綴りながら感想を言う。
「そりゃもう撮影で使っているドローンは最新型ですから、映像も最高品質なんです」
鉄士の言葉にアリスはへぇ、と興味ありげなトーンで返してから来た道を振り返った。
「で、帰る時はここを通れば良いのかな?」
「はい、そういうことになります」
アリスの向けた視線の先、そこには煌石洞にあるものと全く同じ黒い球体がソックリそのまま壁にめり込んでいる。
「つまりまたこれに手を添えたら帰れるってわけか」
「はい、理論上は」
鉄士は俺の質問に対してもスラスラと答えてみせた。
「え、えっと……あの、先、進みますか……?」
そこで最初に調査を進めようとしたのは、この中で一番低身長の小動物系女子、兎亜だ。
アリスのカタカナ言葉以上にぎこちない口振りで進行してくれるが、その心は決して緊張や不安から来るものではなく、興奮や歓楽なのだと思わせるほどに目を輝かせて、どことなくソワソワしていた。
「え、そうね。先を急ぎましょうか」
アリスはそんな兎亜さんを見て目をパチと瞬かせるが、彼女の意見に快く同意する。
そうして俺達はようやく前に足を進めたのだった。
◇
歩みを進めてしばらく経つ。
俺達はスムーズに足を運ぶべく隊列を組んだ。
まず先頭に鉄士、彼はスマホで辺りを撮影しながら進んでいる。
鉄士が1番前の理由、それは彼の異能【頑丈】にある。
名の通り、何者にも破られない圧倒的な防御力だ。
つまり1番被害が少ないということ。
被害の大小で言うとアリスの【分身】が1番いいんじゃないかって話にも挙がったが、そういう問題ではないらしい。
鉄士いわく、男が廃ると。
どうやら彼は丁寧な口調な割に、性格は見た目どおり漢気があるタイプのようだ。
そして真ん中に俺と斗亜、最後尾にアリスという順。
まぁ【分身】により手広く戦略を拡げられるアリスが列の最後というのは皆が納得、それから残った2人が真ん中という天から見るとひし形になる陣形だ。
一応真ん中が横2列になっているのは、非異能者である俺に実害が及ばないように。
そこまで気にしなくてもいいって、と反論するも異能者は頑丈なので、と兎亜が笑顔で押し切ってきた。
こんなか弱そうな子に守ってもらうなんて武道に生きる男、箕原耀としては気が引けるが、仮にも彼女は異能対策部に所属している異能者のうちの1人。
兎亜なりにも業務をこなそうとしているわけだしと思って、不本意ながらも受け入れたって感じだ。
「進めど進めど、景色が変わんねーな」
俺はついそんな感想を漏らす。
やはりダンジョンという名だけに期待していた分、少しだけ拍子抜けって感じだ。
なんかもっとモンスターが出てきて倒したりとか……いや、さすがにそれは危険すぎるか。
なんて思いつつも期待しちゃうところ、自分が男の子なんだと改めて実感する。
「はい、ここまでは映像通りですね」
鉄士はスマホ撮影を欠かさず行いながらも俺の質問に答えてくれる。
「つまりここから、というわけですか……」
その声に続き、隣からそんな独り言がボソッと聞こえてきた。
その方を一瞥すると、兎亜が少し身震いさせながらも口元を緩ませている姿が目に映る。
「ここからって?」
「え……えと、この先はまだドローンでも未撮影なので、何かがあるとすればこの先、かと思いまして」
「あーなるほどね。ちょっとドキドキすんなぁ」
「ですよねっ! 分かりますっ!」
すると、兎亜が突然食い気味に距離を寄せてきた。
一方俺はというと、あまりの積極性に体を少し仰け反らせ、1歩引く形をとる。
そりゃ突然初対面の女性に突然懐に入られるとビビるわ。
「だってダンジョンですよっ!? 昔から憧れていたファンタジー世界だけの代物だと思っていたものが今目の前にっ! いや、もう内部にいるなんて思うとワクワクが止まりませんよね!?」
そのままの勢いで語り続ける兎亜に「お、おう」とだけ返事をしておく。
俺も大概気持ちが昂っていた方だと思うが、それを平気で越してくるやつがまさか同行しているなんて思いもしなかった。
見た目もずいぶん若いみたいだけど大丈夫か、と少し心配になるレベルだぞ。
「おい兎亜、その人はアリスさんの師匠だぞ。あんまり困らせるな」
そんな彼女のテンションに、先頭の鉄士は振り返り、呆れたように溜息を漏らす。
「あ、えと……ご、ごめんな、さい」
「いや、別になんも悪いことしてねーんだし、気にすんなって」
「兎亜さん、ワタクシの師範、怒ったらすっごく怖いから気をつけて〜。異能者の1人や2人、一瞬で殺めれるわよ。しかも1番苦しむ方法でねっ!」
人がせっかく場を納めようと思ったところで、アリスが軽快な口調でえげつない虚言を吐いてくる。
おかげで、彼女は青ざめた顔でワナワナ震えてんじゃねーかよ。
「……うぱっ!」
アリスの脅しにより注意散漫になってたのか、兎亜は鉄士の背中に勢いよくぶつかり、そのまま尻もちをついた。
「おいアリスのせいで兎亜ちゃん、動揺しちゃってんじゃねーの!」
「え〜ワタクシのせいですかぁ?」
「そうだよ、大バカちん! ほら兎亜ちゃん、立てるか?」
未だ座り込む兎亜に一応手を貸すと、「す、すみません」と遠慮気味に俺の手を握って立ち上がる。
しかし先頭である鉄士が今も尚立ち止まっているところを見ると、兎亜が動揺してぶつかったのではないと分かる。
おそらく何かあったのだ。
「どうしたの? 鉄士くん」
「何か、います……っ!」
アリスの問いに荒げた声が返ってくる。
その視線の先には拓けた空間が広がっており、中央に立つは、動く西洋風鎧兜。
高さにして2メートル近く、手には異色を放つファンタジー顔負けの大剣を手に持っている。
そしてソイツの眼前に這いつくばう1人の男性。
今まさにトドメを刺さんとす、そんな瞬間だった。