シュッという聞き覚えのある金属音。
今鳴った音で目が覚めた。
俺の耳が良いからってのもあるが、毎日耳に入るレベルで知っている音だったから。
なんだっけ……あ、たしか毎朝の目覚ましの音だ。
あれ、もう朝だっけ?
いや違う、部屋は真っ暗だし。
ってことは音源か、大本はなんだったかなぁ。
俺は今も尚暗闇の中、天井を見つめながら音の正体を考えている。
するとこの視界内にチラリと人の足が垣間見えた。
あれ、誰かいるぞ?
そう思った矢先、細い棒状の物が俺の眼前に降ってくる。
そして現実にして一瞬であろうこの時間は俺にとって永遠にも思えるほどスローに映り、その間に走った思考がこの音の正体を導き出した。
「剣……っ!?」
間一髪、体を転がしてなんとか一撃を避ける。
その勢いのまま俺は立ち上がり、戦闘態勢。
暗いこの空間に未だ目が慣れず、迫ってくる影しか見えない。
その数、1、2、3人もいるのか!?
俺が持ってきた剣はどこ置いたっけ……あ、布団の頭元に1番近い壁、敵の後ろに立てかけてあるわ。
くそ、旅行だからと気を抜いていた。
いつもは抱いて眠るんだが。
1人、2人と連続で斬りかかってくる。
影の動きだけだが、どうも素人の動きではない。
毎日剣を振ってるやつのそれだ。
これはさすがに分が悪すぎる。
せめて1人、初撃を放ってきたアイツだけでもっ!
相手の振りをコンパクトに避け、自身の右手に力を込める。
「無刀……ただのド突きっ!」
そう言って、相手の懐にグーパンチを叩き込んだのである。
無刀……っ! とか言ったことで、敵が一瞬怯んでよかった。
なんせ、2人目の攻撃の手が出遅れたのだから。
飛ばされた1人はどこで倒れているのか知らないが、暗闇の中に映る影は残り2人。
俺の目もずいぶんこの暗さに順応してきた。
今ではなんとか相手の雰囲気くらいは分かるほど。
服装は、ここの宿泊客?
俺達と同じ浴衣着で、体格は少し華奢でシルエットが女性っぽいような。
せめて電気さえ点けば、もう少し戦いやすいはず。
そう思って敵の太刀筋を避けながら照明の壁スイッチまで移動していく。
2人とは言ったが、剣の腕としては隙が多い。
こりゃ敵じゃなきゃ指導したいところだ。
そしてちょうど壁スイッチまでの移動を果たした俺は乱暴にそのスイッチを拳で押す。
すると部屋全体が明かりにパッと照らされた。
突然明るくなった視界に、パチパチと瞬きさせながら可能な限り早く慣れさせ、目を凝らした。
目の前には見慣れた金髪、日本人離れした顔立ち、浴衣着越しでも分かる起伏あるボディライン。
そんな同じ特徴の2人が剣を構え、えへへ、バレちゃったかみたいな控えめな笑い声を上げる。
「は……? アリス? おま、何してんの?」
あまりに予想外の人物に、俺は呆気を取られた。
「えっとですね……」
アリスは分身を解く。
そして俺とアリスは向かい合って座り、お話し合いモードとなった。
◇
一通り、話を終えた。
「ほう。つまり目的のダンジョンはこの時間帯にしか入れないから、起こしに来たのはいいが、気持ちよく寝てた俺を見て、寝込みなら勝てるかもとか思って試してみたと?」
俺はアリスからぶんどった
「さ、さすが先輩。ワタクシの話を見事に要約してくださって……」
アリスは自信なさげに目を泳がせている。
声も徐々に小さくなっているところ、俺に対して罪悪感みたいなものを強く感じているのだろう。
ま、反省もしているみたいだし、そろそろ許してやるか。
「さてアリス、お前の剣技が甘かったのは後でシゴくとして、ダンジョンに行くんだっけ?」
「え、シゴ……あ、はい。えっとじゃあ向かいながら説明しますね」
アリスは門下生時代の過酷な修行を思い出して、一瞬落ち込んだ顔を見せたが、すぐ表情を立て直す。
アリスの話はこうだ。
ダンジョンというのはあくまで仮の名、実物をそのまま語るとすれば、現実世界に現れた大きくて黒い球体の形を模した異空間。
どうやら物理的な障壁はなく、例えばその物体に何かを投げつけたとしても衝突することなく、そこから消えてしまうらしい。
いや、正確にいうと吸い込まれていくといった感じか。
もちろん異能対策課は、撮影ドローンの突入や、モルモットを使ったダンジョンが人体にもたらす影響を図る実験などの過程を経ている。
結果、人体的な安全性とダンジョンの発生時刻、消失するタイミングなどが正確に測定できるようになり、実験は最終段階へと足を踏み入れたのだった。
そしてその最終段階というのが今回の目的、直接侵入して調査を行うということだ。
現在発見されているダンジョンは、今から向かおうとしている『
だからこの先、この異空間がこれから世の中でドンドン出現していくのか、放っておくとどうなるのかさっぱり分からない。
やはり根拠とはそれなりに数がないと実証もできないからな。
しかしどうあれ、このダンジョンに侵入して研究を進めるということは、この先どうなっていくとしてもそれが有用なデータとなるのだ。
それに突如現れたダンジョン、その時期も直近1ヶ月以内だと実験の結果で予想している。
つまりアルファウイルスの感染、異能者が誕生したタイミングと重なるというわけだ。
「まぁ十中八九関係あるだろうな」
「はい、ワタクシ達異能対策課もそう考えています」
俺達は旅館外に迎えがきていた黒のセダン車の後部座席で話を交わしている。
さすがにこんな偶然はない。
これを必然だと捉えるには充分すぎる内容だと俺は思う。
このダンジョン探索、今までに例のないことだから命の保証なんてのもない。
そんな危険なことを可愛い弟子の頼みだから、アリスに借りがあるから、ってだけでは正直協力するにも難しい話だ。
しかし1ヶ月後『一騎討ち』というイベントが控えている。
俺はこれに勝ってコトユミを助けたい、暁斗含めた異能者や、人質になっている人達を解放してあげたい、そしてあの洗脳男をぶっ飛ばしたい。
そのためには自分自身、力をつける必要があるし、異能者のことも知らなければならないと思う。
俺は『一騎討ち』のためにできることならなんでもする、そう決めたのだ。
「先輩、そろそろ到着です!」
俺がそんな思いを巡らせていると、隣に座るアリスから声がかかった。