アリスからお願いされたダンジョン攻略という現実味の欠けたワードを聞いて、はや3日。
今からダンジョンへ向かいます、以外特に説明もなく、突然荷物の準備を促され、俺は指定された駅に呼び出された。
そして、アリスにいいからいいから〜と思いのままに電車に乗せられてから数時間が経った今、俺は有名な温泉街がある最寄駅へ到着した。
ちょうど外へ通ずる東出口からは、夏の暑いであろう熱気と日差しが差し込んでいる。
「肉! 海鮮! うどん! しゃぶしゃぶ! 待って、ちょっと待って! 食べたいものが多すぎるんだけど……っ!?」
柄にもなく一番乗りで外へ飛び出した心菜。
何かの呪文のように食べ物の名前を羅列していく。
「あ、でもよかったのかな。私までこんないいところ連れてきてもらって」
と、さっきあんな意気揚々に叫んでいたやつが今さら気遣い始めた。
「心菜さん、気にしなくて大丈夫ですよ。今日は異能対策部の奢りですっ! じゃんじゃん行っちゃってくださいっ!」
続いて外へ駆け出したアリスは彼女が気兼ねしないようにか太っ腹なセリフを吐く。
「いやアリス、会社の経費をあまり奢りとは言わんぞ」
そして最後に俺、という順。
自分の手柄だぞと言わんばかりの自慢気なアリスに思わず嘆息が漏れる。
「ではまずお昼ですよ。何食べましょう?」
って俺のご指摘はスルーですかい。
まぁそれはいつものこと。
だが、今日は真っ白の肩出しワンピースに白いハットという夏の美女限定のファッションを当然の如く着こなしてるアリスに、人差し指をを口元に当てたままこてんと首を傾げられると、普段より対応が甘くなってしまいそうだ。
夏の眩しさすら味方にしてしまうほど透き通る白い肌に最適解のファッション、あまり女性の服とかに詳しくない俺ですらそう感じてしまう。
「燿ちゃん」
「お、どした?」
すると突然心菜に呼びかけられたので、何事かと返事する。
「今日は、その……楽しもう?」
「え、」
「え、じゃなくて! ダンジョンとか一騎討ちのことで頭いっぱいかもしれないけど、こうやって息抜く時は抜かないと、ね?」
心菜はそう言ってバシッと背中に平手を打ち込んでくる。
「い、いてぇって!! わーった、わーったからっ!」
「それでよろしいっ!」
納得とばかりに胸を張る心菜。
彼女に至っても黄色のブラウスにデニムのショートパンツとアリスに負けじと夏らしさを着こなしている美女といってもいい高スペックな容姿。
比較的露出度が多いファッション且つ薄着なため、胸を張ると体の起伏がはっきりラインとして表れて、幼馴染とはいえ若干目のやり場に困る。
とはいえ彼女なりの気遣いだろうし、そんな目で見るのはよくないだろう。
実のところ、俺は天明中学の件からあまり眠れていない。
目を瞑るとまずコトユミを危険に遭わせてしまった罪悪感が頭の中を駆け巡り、他に思考を向けようとすると、今も尚洗脳され好きなよう利用されているかもしれない暁斗のことが頭によぎるのだ。
もちろんそれは起きている時も例外ではなく、俺の本来図太いはずの心が少しずつ擦り減っていっていた。
そしてそれをここ3日、1番近くで見ていた心菜は少しでもそれを和らげようとしてくれている、そんな感じだろう。
お節介な彼女が考えそうなこと、幼馴染の俺にはよく分かる。
いつもは余計なお世話だと思ったりするが、今は正直ありがたい。
心菜が幼馴染でよかった、なんてちょっと思っている自分がいるくらいだ。
「ねぇ! 早く行きましょうよー!」
アリスは今にもキャッキャとはしゃいでしまいそうな気持ちを抑えて俺達を急き立ててくる。
「アリスさん、何食べますか? やっぱりお昼だし、海鮮丼とか?」
「あ、足湯こーなーありますよ!」
「……じゃなくてご飯! アリスさん、先にお昼済ませません? ここの名物は海鮮丼らしいですし、一応有名なお店調べてきましたよ」
そう言って心菜はスマホで検索し始めた。
「お昼……そういえばお腹減ってきたなぁ。お肉、お肉食べましょう! いいですね、分かります」
今の話の流れ、ここまで話が食い違っていて何が分かったのか甚だ疑問だが、アリスはうんうん、と何度も首を縦に振る。
「……アリスさん、本当話聞いてます?」
「ではれっつごー!」
心菜の額に浮かぶ青筋からピキッと聞こえたのは気のせいだろうが、イラついているのは確かだな。
そんな彼女の姿を気にも留めず、アリスは景気よく温泉街を歩き始めた。
息抜き、か。
そうだな、せっかくこんな楽しい観光地に来てんだ。
それにダンジョンについて、アリスはまだ詳細を頑なに教えてくれない。
もしかすると俺に気分転換をと、アリスなりの気遣いなのかもしれないし。
ここは、2人の厚意に甘えて楽しむとするかな。
「耀ちゃん……あの子、どうやって対応したらいいの?」
そんなこと考えていると、心菜はすでに疲れた顔で俺にアドバイスを求めにきた。
「あぁ、あれはな、力で分からせりゃいいんだ」
「……力?」
首を傾げる心菜に見本を見せることにする。
「おい、アリス!」
俺はアリスに向かって持参した竹刀を放り投げた。
「え、えぇ……っ!? なんですか!?」
「俺が勝ったら昼飯は海鮮丼だっ!」
「いいでしょう! ワタクシが食事を賭けて負けるなんて有り得ませんので!」
俺の意図を即座に理解したのか、アリスは竹刀を構えて詰め寄ってきた。
こんな観光地で戦いを受け入れるなんてさすが俺の門下生第1号、イカれてるね。
っとまぁいつもの1本勝負なので、一瞬で勝敗がついた。
「……先輩、遠慮なしでした」
「はははっ! 戦いで手を抜くわけなかろう」
むぅ、と頬を膨らますアリスに俺は高笑いする。
「ちょっと2人とも! こんなところで何してるの! 恥ずかしいって!」
小さな声で俺達に指摘を入れてくる心菜に、2人で軽くごめんなさいしたところで俺達は海鮮丼を食べにいくのであった。
◇
その頃、あるダンジョン内部では――
広がるその空間はまるで洞窟。
外は猛暑にも関わらず、中はひんやりとした空気が漂っている。
ポタ、ポタと等間隔に落下し、反響する水滴の音は殊更に寒さを演出しているようだ。
その気温、5℃を下回るほど。
「くっそ、あの|
そこに倒れ込む1人の男がなんとか声を振り絞る。
そんな彼が今いるダンジョン、ここは異能者によって意図的に創り出されたもの。
そもそもダンジョンを発生させるには異能者が力を行使するためのエネルギー、ここでは仮に魔力と呼ぶが、そんなものが莫大な量必要なのだ。
そして本来心霊スポットやパワースポットなど、その良し悪しに関わらず強いエネルギーが溢れ出るような場所にこそ生まれやすくなっている。
つまりそういうスポットに異能者がエネルギーを送り込めば、あら不思議、ダンジョンの完成というわけだ。
しかし問題はそれに必要な魔力量。
そりゃ1つの空間を創り出すのだから、生半可な量じゃ誕生しない。
そこで強引な解決方法として、ダンジョンが誕生する過程に生じる小さな歪みに直接異能者を放り込むこと。
当然中へ入った者の命に保証はないが、それを魔力だと空間が判断してくれれば、飛躍的に発生が早まることになる。
そう、この男は実験的に放り込まれた第1人者。
つまり彼は利用されたのだ。
ダンジョンを生み出すための道具として。
結果その実験は成功、1つのダンジョンがこの世に生み落とされることとなった。
ある