「あ……そうだ、ちょっとずつ思い出してきた」
暁斗はゆっくり体を起こして話し始める。
「あの時、突然目覚めた異能に僕は悩んでいた。こんな危ない力、家族にも友達にも話せない。みんな僕を遠ざけちゃうんじゃないかって思って。そんな僕に先生は優しく声をかけてくれて、話を聞いてくれたんだ。「私も同じ力を持っているんだ」なんて言って。同じ境遇の人がいるんだって、僕は心の底から安心した。そんな時、先生から異能者の集まりに来ないかと誘われて……。えっと、それからどうしたんだっけ……」
話途中で暁斗は頭を抱え、何かを思い出そうとしている。
「暁斗、大丈夫か?」
彼は今、自分の中で合わない辻褄を、記憶を辿ることで一生懸命にすり合わせている。
現状、暁斗は敵であり今回アリスから依頼された捕えるべき対象の異能者ではあるが、俺の目に映るコイツはただ純粋無垢な中学生。
人を殺すような奴には見えない。
事実殺してしまっているのは確かだが、この記憶の先に俺が抱いている違和感の正体が隠れている気がするのだ。
「暁斗くん、また混乱しているようだね。ちょっと待って、いつも通りに戻してあげるから」
床にうずくまる暁斗に、先生は目線を合わせるようしゃがみ込み、手を彼の頭の上へ乗せる。
「あ、あの時もこうやって僕に命令して……そうだ、思い出した。お前だ、お前が僕の家族を……うううっ!」
何か記憶が結びついたようで再び語り始めるも、暁斗は再び唸りをあげ、ドサッと性急に床へ倒れ込む。
俺はここに来てからの出来事全てが結びついた。
先生の異能はおそらく人の思考に干渉する何か、洗脳に近い類だ。
コトユミはその能力にあてられ、正気を失ったのだろう。
そして暁斗、彼を知れば知るほど言動に辻褄が合わなかった。
人を殺している事実や躊躇なく殺めている様子、それだけ見ればただの無情な殺人鬼。
しかしここで関わった暁斗は飲み物を余分に買って、お茶会をしようなんて言うただ普通の心優しい中学生だった。
ここから導かれる答え、それは先生が暁斗を変えたのだ。
洗脳によって躊躇なく異能を使えるように、不必要な仲間や人間を殺すようにと指示をした。
そう考えれば全ての辻褄が合う。
「燿くん、君の乱暴さは少し目に余る。暁斗くん、君が連れてきたんだ。責任持って処理できるよね?」
先生は倒れ込んだ暁斗の頭に手を乗せ、語りかけている。
あれだ、洗脳の条件は。
もし俺の導いた答えが正しければ、暁斗は感情に逆らえず俺に殺意を向けてくる。
「はい……先生」
「暁斗っ! 正気を保てっ! お前の本心は優しくて友達想いの中学生だ! そうだろ?」
俺は手を付き膝を付き、とゆっくり立ち上がろうとする暁斗に声をかける。
「先生、この人何言ってるの? 僕の異能に焼かれるのが怖いのかな?」
「そうかもしれないね。暁斗くん、改めて聞くが、この人は乱暴な人間、私達が築こうとしているユートピアに彼は必要かい?」
「ううん、必要ない。ただの有害な人間さ」
暁斗が先生にはじける笑顔を向けているが、今なら分かる。
あれが作られた笑顔だということを。
「暁斗、その先生ってやつは親の仇なんだろ? だったらそんなやつに操られてないでさっさと倒しちまえ!」
さっきは一時でも正気を保てたんだ。
つまり心はそこにある、この声だって届いているはず。
「無駄だ。この力はそんな簡単に解けないよ。いくら叫んでも君の声は暁斗くんに届かない」
「暁斗、ほらお茶会しようって誘ってくれたのに、まだ一口も飲んでねーじゃん。色んな話、したかったんだろ? この教室来るまであんなに楽しそうにしてたお前はどこ行ったんだ?」
「ははっ! なんか言ってるよこの人ー! さっさと燃やしちゃうね」
「ここで異能を使うことが今、本当に自分のしたいことなのか? それが自分の意思なのか? もしそうなら俺も文句は言わねぇよ。だけど、少しでも迷いがあるなら考え直した方がいい!」
「迷い、なんて……ない。僕には先生の言葉が全てだから」
暁斗は指を鳴らそうとする。
しかしその左右に泳ぐ視線、内心困惑しているのかもしれない。
「先生じゃない、俺は暁斗、お前の言葉が聞きたいんだよ!」
「僕の、言葉……そ、そんなのないよ、わからない」
「暁斗くん、大丈夫。君は今疲れてるんだよ。何も考えなくていい。ほらゆっくりあの男に異能を放つんだ」
悩む暁斗の頭に再び手をかざす先生。
新たな洗脳で暁斗の心をコントロールするってことか。
「分かったよ、先生。こうすればいいんだね!」
「暁斗……っ!」
ダメか。
今のアイツ、あの時のコトユミと同じ目をしている。
もう俺自身が見えていない、そんな虚ろな瞳。
暁斗の指に力が入る。
あとはそれを弾くだけできっと炎の異能が発動し、俺の体を燃やし始めることだろう。
空間が広ければおそらく避けられるが、この狭いバリアの中じゃそれも難しい。
実は暁斗の説得をしつつ、あの炎への対策を考えていたのだが、結果俺は一つの結論に辿り着いた。
放たれたら終わり――
もうこれに尽きる。
故に説得が失敗した時点で9割9分9厘詰んだと言ってもいい。
あえて残り1厘の奇跡に頼るとすれば、あの女が何らかの心の変化でこのバリアを解除する、もしくはスーパーヒーロー的な人が助けに来るか、ってところだが、まぁそんな希望は捨てていいだろう。
まぁ下手な悪あがきはせずに、来世の自分でも考えますか。
えっと転生してチートスキルを得てから……どうしよっかな。
「ごめんね、ヨウ……く、ん」
「……っ!? 暁斗っ!」
彼はまだ足掻いていたのだ。
洗脳によって奪われた精神の中で自分の意識を必死に探している。
今のごめんね、本当はこんなことしたくないという暁斗の強い意思が込められていた。
だけど逆らえない、コントロールが効かないといった様子。
これを見て……俺が諦めちゃダメだわな。
そう思って再び竹刀を振り始めたが、さすがにもう遅いか。
あの一弾きで俺は火だるまなわけだし。
せめて、もう少し時間があれば……。
バリンッ――
そんな時、校庭側の窓ガラスが3枚同時に破壊された。
揺れるショートな金髪、かしこまったスーツ、稀に見ない美女姿。
そして全く姿の女性が3人並んでいるときた。
そんな人物は1人しかいない。
「アリス……っ!?」
「「「もぉ先輩、だから行かないでって言ったのに」」」
アリス・レイン・フィッシャー、俺の教え子である。