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第16話 異能者の巣窟



 校舎内に入った俺達がまず向かったのは、自動販売機。

 本当に今からお茶会をするらしい。

 暁斗は「今日は僕の奢りだよっ!」と上機嫌に数種類の飲み物を順に選んでいく。


 一応ちゃんとお金を払うところは律儀なもんだ。

 あんな強い異能があるならぶっ壊して飲み物を出すもんかと思っていたのだが。

 なんだかコイツのことが余計に分からなくなってきた。


「ん? どうしたの?」


 暁斗はこてん、と首を傾げ俺を見る。


「いんや、仲間たくさんいるんだなって思って」


 俺がそう答えたのは、彼の手元が目に入ったからだ。

 そこには両手いっぱいに抱えた缶ジュースやペットボトル容器。

 そしてそれでは飽き足らず、制服の両ポケットにまで詰めているときた。

 その数、ざっと見た感じ7、8本って感じか。


「そうだね、いっぱいいるよ。今日は僕含めて4人だけど、他にも後でくるかもしれないからさっ!」


 どうやら人数分ではなく、余分に買っていたらしい。

 良かった、こんなに数いたら本当シンプルにビビるから。


「飲み物、持つぞ?」


「あ、アタシも!」


「ううん、大丈夫! お客さんに持たせられないからね!」


 俺に続けてコトユミもそう言うが、暁斗の「へへっ」と笑む嬉しそうな姿を見ると、なんとも手伝いにくい。


「そうか。ま、キツかったら言ってくれ。俺もコトユミも手貸すから」


 こう言っておけば、暁斗も気が楽かもしれない。

 コトユミも「うん、うん」と首を縦に振る。


「ありがとう。ヨウくん、ユミちゃん!」


 暁斗からのお礼に俺は軽く手を挙げて返す。

 ちなみに俺、コトユミ、暁斗はお互いの名前程度の自己紹介は少し前にしたところだ。

 お茶会するってのにお互いの名前を知らないのは変だなってことで。


 それから引き続き、基地への案内が再開された。



 ◇



 校舎内を歩いて早10分ほど。

 暁斗は歩みを止めた。


「ここだよっ!」


 そう言って視線を向けた先には、ドアの上から突き出ている1ー2と書かれた室名札。


「基地ってのはこの教室のことか?」


「そうだよ?」


 思ったより基地感がなくて拍子抜けだ。

 てっきり、視聴覚室的な部屋の床下に階段があって、降りたら広い空間があるみたいな感じかと勝手に予想していた。

 しかしそれもそうか、さっき暁斗含めて4人って言っていたし、そんな手間をかけても仕方ない。

 にしても教室なんて久しぶり、高校生以来だ。

 なんてことを考えて、少しだけ心が躍る。


 ……が勘違いしてはいけない。

 ここが敵地だということを。

 あくまで考えなければいけないのは、ここからの安全な脱出。

 こっちにはコトユミもいる。

 1人なら乱暴な作戦で行くこともあるだろうが、彼女がいるなら話は別だ。

 いつもと違って慎重に行動せねばなるまい。


「じゃあ入るね!」


 ガラガラッ――


 暁斗は間髪入れず、ドアを勢いよく開ける。

 おかげで俺もコトユミも心の準備ができていない。


 開かれた空間、目に入ったその部屋は、普段の教室のイメージとは少し違った。

 なぜなら机が全て教室の後ろへまとめて下げられており、開放的な見た目となっているからだ。

 昔の記憶では、教室掃除をする時がこんな感じだったような気がする。


「暁斗くん、戻ったんだね。それと2人のお客さんもこんにちわ」


 まず俺達に目を向けたのは白髪混じり……いや、ほぼ白髪の細身なおじさん。

 大体60代くらいだろうか、メガネをかけた見るからに優しそうな顔が特徴。

 グレーのスーツに白いワイシャツ、ネクタイをつけていないカジュアルさとその見た目、舞台が教室ということもあってか絶妙に教師っぽい。

 そんな彼は本当に教師だと言わんばかりに、教卓前にある椅子に腰をかけている。


「先生、戻りました! 仲良くなれたらいいなぁと思って連れてきたんですけど、入ってもいいですか?」


 まさかあの白髪のおじさん、本当に先生とは。

 果たしてその呼び名が俺の連想する教師と同じかどうか、今のところ不明ではあるが。


「どうぞ、仲間が増えるのは大歓迎だよ」


 いや、まだ仲間じゃないて。

 人殺しなんてしたくないし、なんなら異能者のユートピアなんて1番創る気ない。

 とはいえここまで来た以上、中には入るつもりだが。


「どーも、こんにちわー!」

「こ、こんにちわ……」


 挨拶は大事だ、そう思い、俺は教室のドアをくぐってすぐカジュアルな挨拶を飛ばした。

 コトユミもそれに続き、俺より一回りほど小さな声で自信なさげに挨拶し、ぺこりと一礼する。


 そんな中、俺の目に入った1人の女の子は教室の真ん中にポツンとある机に腰をかけてスマホをいじっていた。

 黒髪ロングで学校指定っぽい紺のセーラー服を着ているあたり、中学生くらいだろうか。

 彼女は俺達の挨拶に興味を示すこともなく、チラリと一瞥くれて、再びスマホへ視線を戻す。

 その顔は無表情1つだったが……いや、それ故に顔立ちの良さが一層際立って見えた。

 要は美人ということ、笑えばもっと愛嬌あって可愛いだろうに。


「あれ? 先生、博士はいないの?」


「あー彼は今、理科準備室いるよ。また何か異能者について調べてるんじゃないかな。もうすぐ帰ってくると思うけど」


 先生に続き博士、ここでは愛称で呼ぶことが流行っているのだろうか。


「そっか! じゃあ僕は2人の机と椅子を用意するよっ!」


 暁斗は張り切った様子で、準備に取り掛かる。


「暁斗くん、君はゆっくりしてなさい。力仕事なんて人間にやってもらえばいいんだから。飲み物だって買ってきてもらえばよかったのに」


 先生は穏やかな声でそう言って窓際を見る。

 そこには5人ほどここの学校指定であろう制服を着た男女が並んでいた。

 服も汚れ、皆顔や体に何かしらの傷や痣のようなものが目立っている。

 それにどの人も学生とはかけ離れた見た目、明らかに30代は越えている人ばかり。

 先生の声に顔の色を変えてビクつくあたり、喜んでここにいるとは思えない。


「え、でも……」


「暁斗くん、でもじゃないよ。何度も教えたけど、異能者が生まれた時点で、非異能者なんてのは所詮ゴミに過ぎないんだ。我々の手足となって働けるだけでも光栄なことだと思ってるはずだよ。ね、君たち?」


「は、はい……」


 先生が目を向けた先にいた男性が、震えた声で即座に返事をする。

 なんとも異様な光景だ。


 それから先生の視線は俺達2人に戻る。


「ここでは皆、私のことを先生と呼んでいてね。君達もよければそう呼んでくれると嬉しい。では改めてよろしく」


 先生は屈託のない笑みで手を差し伸べてくる。

 握手、ってことか。


 しかし今窓際に並んだ人、これは明らかに奴隷のような扱いを受けている。

 おそらく話の流れからして異能者ではない人間。

 つまりこの空間では俺と同じ人間という生き物が虐げられているということになる。


 そんな奴と握手、なんて俺の心が許せない。

 そもそもこの空間にいることすら虫唾が走るほどだ。

 しかし考えてもみろ、今反抗するということはここにいる異能者全員に逆らうということ。

 俺だけならまだしも、ここにはコトユミもいる。

 彼女を巻き込むなんて1番ありえない。


 ならばできることは1つ、一旦この場に馴染むことだ。


 差し出された手、微笑む先生を見て少しだけ戸惑いを見せるコトユミ。

 チラチラ俺を見てくるので、どうしたものかと悩んでいるのだろう。


「こちらこそ。俺は燿だ、よろしく頼む」


 師範として今この場での解をコトユミへ見せるかのように、俺は先生と握手を交わす。

 それで安心したのか、彼女も続いて先生の手を取る。


 俺は今この時、考え方を変えた。

 これは敵情視察。

 今後、俺達の敵となる人物の見極めだ。


 俺達と同じ人間がここまで乱雑に扱われていることに関して、腸が煮えくり返らんわけがない。

 しかし俺がここで出向いたとして、全員を助けられるわけでもないのだ。


 だから今のうちに少しでも情報を集める。

 全員を助けるその時のために。

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