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第10話 異能対策部からの依頼



「ワタクシの負けです」


 アリスのその言葉により、勝負は終わりを告げた。


 傍からはコトユミが「さ、さすが師範です!」と称賛の意を示していたり、


「おい嘘だろ、あのアリスさんが……」

「あれで異能者じゃないってありえないんだが」

「化け物、だな」


 スーツ男達からは非難に近い発言がボソボソ聞こえてくる。

 せっかくコトユミから感じる憧憬の念が台無しだよ。


「先輩、改めてお騒がせしてすみませんでした。約束通りワタクシのこと好きにしていいですよ?」


 アリスは自身の体を両腕で抱きながら、身をよじらせている。

 しかも頬を赤らめ、まんざらでもなさそうな表情で。


「バ、バカ言え! そんなことできるかっ!」


「へへ、冗談ですっ! 先輩ならそう言うと思ってましたから」


 冗談かよ。

 つい生唾を飲み込んじまった。

 そしてなぜスーツ男達も照れてる?

 アリスはお前達の方を向いていないぞ。


「さて、ワタクシ達も帰りましょうか」


 アリスは部下の連れて道場を後にしようとしている。

 勝負で決めた約束は必ず守る、そういう子だ。

 だから今回彼女が頼んできた『捕らえたい異能者』ってのは自分達で解決することになるのだろう。


 しかしアリスが俺に頼み事なんて珍しい。

 普段、人に頼ることを嫌う彼女が助けを求める姿など初めて見た。

 異能対策部という立場がそんな性格を変えたのか?

 それとも、自分達だけでは解決できないと踏んで?

 いやしかし今回の件、部外者の俺に頼むってことは後者の可能性が高いか。


「し、師範っ! このままアリスさんを帰らせていいんですか?」


 考え事をしていた俺の顔をコトユミが覗き込んできた。

 そんな彼女はすれすれ距離まで体を近づかせてくる。


「おお……びっくりした! それとコトユミ、近いって!」


「あぁ、すみませんっ!」


 俺が1歩退くよりも早くコトユミが後へ退がる。

 こいつ感情が昂ると水を噴き出すってだけじゃなく、見境がなくなるからこういう距離感がバグったりもするんだよな。

 心菜といいコトユミといい、マジで女なんだから注意してくれ。


「でもアリスさん、自分達じゃ解決できないと思ってるんじゃないかな〜。立場も高い人みたいだし、頼れるの師範だけなのかも?」


 コトユミはアリスの背中を遠い目で見ながらボソッと呟く。

 普段ポカーンとふわふわしているクセに、実は人の感情を視る力に長けてるのか?

 共感力が高いというか、実に鋭いところを突いてきた。


「ま、しゃあねぇか」


 自然とため息が漏れた。

 だけどその呼息は、別に悩んだり苦しんだりして出たものではない。

 俺の中にあった『試合の勝敗で決めた約束は覆らない』といった変に固執した考えを吐き出させてくれたのだ。

 これに気づいたのもコトユミのおかげ、かもな。


「アリス! 捕えたい異能者ってやつ? 詳しく話聞かせてくれよ」


 一体何に囚われていたんだ。

 大切な生徒の頼みなんだから、力を貸してやればいい。

 それだけのこと。

 そう思って俺はアリスへ話の本題を振った。


「せ、先輩〜」


 ゆっくりと振り返ったアリスは、瞳を潤わせながら震えた声で呼称してきた。


「ま、椅子出すからちょっと待っててくれ……」


 ガラッ――


 そんな時、勢いよく戸が開かれる。


「燿ちゃんっ! 今日は……って何この大人数?」


 神道心菜、ウチの幼馴染担当……じゃなくてマーケティング担当だ。


 もう1個必要な椅子増えたな、なんて思いながら俺は話し合いの準備に取り掛かるのだった。



 ◇



 ここからはお話モードだ。

 ウチでは滅多に使わない来客用のパイプ椅子を人数分引っ張り出してきて、円形に向かい合って並べた。

 そしてそこに順次腰をかけていく。


「で、燿ちゃん、これはどういうこと?」


 隣の席から問いが投げられる。

 あれ、さっき椅子の準備中に軽く説明したんだけどな。

 なんで心菜、目が笑ってないんだ。


「えっと、心菜さん? さっきも言ったけどね、この異能対策部の人達からの依頼を聞こうーってところで……」


「へぇ燿ちゃんこんな綺麗な子知り合いだったんだね、どおりで女の人に興味ないわけだ、そりゃ他の人が不細工に見えちゃうくらいこの人のお顔整ってるもんね、スタイルだってめっちゃいいし」


 俺にしか聞こえないくらいの声量でボソボソと心菜は早口で呟いている。

 実際、他の参加者が一切反応を示さないところを見るに、やはり聞こえているのは俺だけだろう。


 彼女にとっては誰にも聞こえないように言ってるつもりかもしれないが、俺は耳が良い。

 コトユミの一件でもこの耳の良さが解決の糸口になったわけだし。

 ということで何度も言うが、あなたの声聞こえてますよ〜心菜さん。

 なんて直接は言えないのだけど。


「えっと、ワタクシから説明させてもらいましょうか?」


 アリスは困った俺を見かねてか、自分から説明をすると名乗り出てくれた。

 たしかにそっちの方が話が早い気がする。


「はい、そうですね。私は今ここで箕原道場のマーケティング戦略として主にSNS集客などを担当しています。ついでにマネージャーみたいなものでもあるので、ぜひお話聞かせて下さい!」


 心菜は満面の笑みをアリスへ向ける。 

 ちなみに目は笑っていたのでよかった。

 切り替えの早い女、さすが俺の幼馴染はイカれてるね。


 それからアリスは本題の説明に入る。

 気の強い2人だから、変にぶつからなきゃいいが。

 なんて思いつつも、話し合いは始まっていくのだった。


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