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第9話 VSアリス・レイン・フィッシャー



 アリスが本気を出した。

 そう、異能【分身】を使用したのだ。


 今、俺の目の前ではアリスが2人横並びになっている。

 分身というくらいだから片方は偽物なんだろうが、そんな様子は一切みられない。

 これで分身体と同時に攻撃を仕掛けられようもんなら、それこそチートがすぎるぞ。


「「ねぇ先輩、まさか異能者に勝てる、とか言わないですよね? 一応ワタクシの算段としては、この姿を見た先輩が諦めて降参するというまでが今日の流れなんですが」」


 2人同時に同じ言葉をベラベラ放ってくる。

 ハモる感じが俺の脳に響いてきて、頭がおかしくなりそうだ。


「いや、むしろ湧いてくるね」


 俺は正直な感想を告げる。

 そりゃちょうど異能に興味が出てきたんだ。

 分身なんていう絶妙に厨二病精神をくすぐってくるような異能、体験せずにはいられない。


「「そう、ですか。さすが先輩っ! では遠慮はしませんよっ!」」


 さっそく戦闘再開。

 1人のアリスは正面から堂々と、もう1人は背後へ回り込んでくる。

 挟み打ちってわけか、悪くないアイデアだ。


「「ハァァァッ!!」」


 正面のアリスの方がコンマ一秒早く俺に竹刀が届くだろう、そう思い、真っ向から竹刀で受け止めた。


 そしてその直後、背後からの攻撃だ。

 全くこんな経験早々できねぇな、なんて思いながら上から振り下ろされる剣撃を半身になって避ける。

 そして背後アリスの振り落としが床へ直撃し、パンッと音が鳴り響いた瞬間、俺はすかさずソイツの背後へ回りこんだ。


「「な……っ!?」」


 2人のアリスは驚いたような声をあげたが、そりゃそうだ。

 彼女達には、まるで俺が消えたように見えただろうし。


抜重ばつじゅう

 これは動き出しのスピードを早める技法。

 体重を支えている足全体の力を急速に抜くことで地面にかかる荷重を減らすことができるというもの。

 ま、難しい説明に聞こえるが、要は初動の動きを極限にまで速くするだけのことだ。

 とはいえそんな簡単にできることではない。

 俺なんてこれ、2歳くらいから見よう見まねで練習していたらしいし(親父調べ)。


 そして『瞬きまたたき

 抜重にこれを加えることで別次元の技法へと生まれ変わる。

 この瞬き、技法というよりは一つのテクニックというほうが正確かもしれない。

 簡単に言うと、相手が瞬きをした瞬間に何か動作を行うことである。

 攻撃のタイミングで使うと、まるで目にも止まらない速さで放ったと思われるだろうし、抜重の際に行うと、姿を消したと錯覚してしまうほどのステップになるはず。


 今、俺はこの『抜重』と『瞬き』を利用してアリスの背後へと回り込んだのだ。

 そして絶好のチャンスだと思い、竹刀を即座に振るったが残念ハズレ、分身の方だったらしくソイツは霧状となって姿を消してしまった。


「先輩、この2年でまた瞬きのレベル上がってません?」


「あぁ。今の俺の瞬きは、その気になれば1/1いちぶんのいちスケールまで引き上げることができるからな」


「1/1……っ!? 先輩のお父様でさえ1/2スケールが限界だったのにですか!?」


「まぁ、修行の成果というやつだ、ハッハッハ!」


 アリスが目がひん剥くほどの驚きを示した瞬きのレベル、単位としては俺達の界隈(箕原道場)でスケールと表している。

 この1/1ってのは、1回の瞬きに対して1回以上動作を組み込めるということだ。

 1/2なら瞬き2回に対して1回以上の動作、1/3なら3回に対して1回となる。


 つまりこの数字が小さいほど、高クオリティ且つ高頻度の瞬きを繰り出せるというわけだ。

 ちなみに門下生の中でも5本の指に入れるほどの実力者、当時のアリスでさえ瞬きは調子の良い日で1/4スケールが限度。


 だから彼女が驚くのも無理はなかった。


「だけどこれは異能ありきの勝負! 先輩はワタクシがあれ以上に分身できると知ったらどうしますか?」


 しかしさっきまで目を見開いて驚き、呆気に取られていた彼女の姿はもうない。

 今のアリスは自信満々な顔付きをしている。

 負けるなんて考えは一切なさそうだ。


 彼女が自信に溢れている理由、おそらくそれは目の前にいるこの3人の分身体。

 本体合わせて4体のアリス、つまりさっきの倍、分身を出現させたということになる。


「数が増えても一緒だってことを俺が教えてやる。こいよ、アリス!」


「「「「異能の力を見ても、怖気付かない。さすが先輩、ワタクシが見込んだ男です! だからこそアナタには今回の件、協力してもらいたい。そしてこの勝負、私の勝ちです! 4人を相手に渡り合える武術なんて存在しないのだから!」」」」


 アリスは強気な言葉を投げた後、分身体とともに俺を四方に囲んできた。


「なるほど。同時に攻めてくるってわけだな」


「「「「そうです! 一般人なら話は別ですが、武道をかじったモノを4人一斉にとなれば、先輩と言えど対応できないでしょう!」」」」


「そうだな。特にアリス、お前ほどの実力者が4人となれば、それを倒せるやつなんて、まぁいねぇだろうよ」


「「「「あれ、さっき先輩すごい強気だったのに、もしかして諦めちゃったんですかぁ?」」」」


 アリスは軽い挑発口調だったが、四方から同時に声が飛んでくるので余計腹立った。 


「さっきからうるせぇ声だなぁ。アッチコッチから喋りやがって! そっちこそいつまでもかかって来ないけど、ビビってんですかぁ?」


「「「「今から行くつもりですぅーっ!!」」」」


 目には目を、ということで挑発には挑発を返すと、アリスはプクっと頬を膨らまし、見るからに怒っていることを演出している。


 しかしそんな表情の彼女だったが、あっという間に戦いの顔となり、竹刀を構える。

 さすが異能対策部というだけあって、そういう切り替えもうまいときたか。


 そして分身含めた4人のアリスはトップスピードで駆け出し、それぞれが竹刀を振ってくる。


 1人目は凄まじい突き動作。

 俺はいとも簡単に避けてみせたが、交わした先にも別のアリスがいた。


 2人目、俺の軸足めがけてシンプルな打ち込み。

 これは見事、回避困難と思い、竹刀で受け止めた。


 それを見た3人目、4人目がすかさず仕掛けてくる。


 これぞ分身ありきの戦術。

 完璧な連携、攻撃のタイミングに俺は軽い感銘を受けた。


 ――だが俺には届かない


 俺は迫ってくる2人のアリスに『抜重』と『瞬き』を駆使し、死角へと潜む。


「次は俺の番だな。『箕原流剣術 八の型 乱れ咲き四連』」


『逆袈裟斬り』で斜め下から斜め上に斬り上げ、まずは1人打ち取った。

 次に瞬きを利用して『袈裟斬り』、斜め上からの斬り落としで2人目。


「「な、何が起こったの……っ!?」」


 アリスは動揺を隠せないといった様子。

 俺の瞬き1/1スケールの動きに目が追いつかなかったらしい。


 しかし俺の動きは止まったわけじゃない。

 乱れ咲きはまだ終わっていないのだから。


 2人目を斬った流れでそのまま残りのアリスに駆け寄る。


 もうこの時点で俺は勝利を確信した。

 それは分身の人数が減ったからではない。

 アリスが俺の迫る姿を見て、ほんの一瞬たじろいだからだ。

 時間にして1秒にも満たないが、その刹那に生まれた少しの隙は戦いにおいて大きな意味を成す。


 アリスが怯んだ瞬間、俺は瞬時に距離を縮め、勢いのまま3人目に『突き』を放った。

 そしてソイツも霧状に姿を消す。


 俺はつくづく運がない。

 ここまで本体を選び抜けないなんてな。

 だが元生徒との戦いをここまで楽しめたのだし、逆に運が良かったとも言える。


 さて残り1人。

 俺は乱れ咲きの四連目、上段からの強い振り下ろしを打ったが、アリスは負けじとそれを竹刀で受け止めた。


「ま、まだ負けません……っ!」


 間近で見たアリスの瞳からは、勝利への強い執念が伝わってくる。

 それだけ今の仕事に懸けてるってことだろう。

 しかし勝負事は勝負事、俺の性格上、手は抜けないし彼女もそんなことは望んでいないはず。

 ならば、師範としてしっかり決着をつけさせてもらおう。


「アリス、すごい気迫だな。だが戦いには常に冷静さが必要、興奮したお前に勝ち目はないよ」


 彼女が戦いで興奮すればするほど、俺の動きは洗練される。

 緊張した相手は、自然と瞬きが多くなるからだ。


 パチ、とアリスが瞳を瞬かせる度に、俺は彼女の周囲を駆け回る。


 そして完全に相手を見失ったアリスに、俺は最速で竹刀を振り下ろした。

 その瞬間、彼女はこっちを振り向いたがもう遅い。

 アリスは半ば諦めたかのようにグッと目を瞑った。


 ま、これで試合終了だな。

 俺は直撃する前に竹刀を寸止めし、アリスの肩をポンッと軽く拳で小突いた。


「これで一本、俺の勝ちでいいよな?」


 目を開けたアリスは一瞬きょとんとした顔をしたが、現状を把握してから、はぁ、と一息嘆息を漏らし、


「はい、ワタクシの負けですね」


 やんわりとした笑みを浮かべながらそう言うのだった。



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