アリスから突然の提案。
マンガとかでいうテンプレ展開。
この勝負、私が勝ったら〜して的なやつだこれ。
「先輩はもちろんこの勝負乗ってくれますよね?」
「いや乗らねぇ」
「えーでも先輩が勝ったらワタクシ、どんな言うことでも聞きますよ?」
「え、どんなことでも……あ、いやそんな言葉で誘惑されんわ!」
危ない、元生徒に欲情するところだった。
あまりにもテンプレすぎる内容についエッッな想像をしてしまいそうになる。
これ、仮に教師だったら犯罪だったぞ。
「ちょっと揺らいだぁ」
アリスはそう言いながらケラケラ笑っている。
その後、笑いすぎて瞳に溜まった涙を手で拭いながら「でもさ」と話を続けた。
てかどんだけ笑ってんだよ。
「先輩はワタクシの成長見たくないの?」
極めて純粋な瞳を輝かせながらアリスは首を傾げ、俺を見つめてくる。
そういえば彼女が警察学校に入るからと、この箕原道場を渋々去ったのが2年前。
それまでは俺のことを「先輩、先輩」と事ある度に寄ってきて修行しましょうなんて言ってたっけ。
そんなアリスが成長した姿を見せようとしてくれている。
これは先輩として、師範として応えてやるべきなんじゃないのか。
「しゃーねぇな、アリス。1回だけだぞ」
「やったっ! じゃあいつも通り一太刀浴びせた方の勝ち、でいいですか?」
彼女はパァーッと明るい満面の笑みで、いつもの勝負形式を提案してきた。
この1本勝負が俺とアリスの間ではお決まりのルールなのだ。
俺はその案をいつもの如く了承し、試合の準備を行った。
まぁ準備とは言ったが、ただお互い五5メートルほど距離をとって竹刀を構えるだけだ。
そのためあっという間に支度が整う。
「アリスさん、戦うらしいぞ」
「その師匠ってどんだけ強いんだろうな」
「とはいえ普通の人間だと聞く。アリスさんは異能対策部の管理官まで実力で登り詰めた人だ。さすがに生身の人間じゃ……」
その間にスーツ男達から聞こえたアリスの話からするに、彼女は異能者の中でも相当強い部類に入るらしい。
ま、そりゃ箕原道場出身なだけに武道の心得を持っているわけだし、戦いもそれなりに慣れている。
それに加えて異能もあるとか最早チートだ、チート。
とはいえ俺もこの道場の師範という肩書きがある以上、例え異能者でも門下生に負けるわけにはいかない。
「先輩、ワタクシいつでもいけますよ!」
「あー俺もいいぞ」
竹刀を構え、準備万端の彼女に対し、俺は竹刀を肩に担ぐ形をとる。
まぁこれが俺の戦闘スタイルってところだ。
ちなみにこの格好、メリットは基本的に一切ない。
「ではいきます。ハァァァッ!!」
掛け声とともに、アリスは前へ駆け出して 凄まじい突きを繰り出す。
やはりその実力は高く、今の剣技に関しても無駄な動きを全て削ぎ落としたような出来栄えだ。
俺は難なく避けるが、当然彼女もそれで終わらない。
突きのまま流れるように蹴り込んできたのだ。
「おっ! いいね!」
予想外の展開に少し反応が遅れたが、なんとか前腕で受け止める。
今までのアリスにはなかった動き、やはりこの2年で成長しているということか。
「まだまだっ!」
俺の前腕と蹴り込んできた脚を支点に空中で大きく回転し、次はダイナミックに回し蹴りを放ってくる。
さすがにガードはキツそうだと咄嗟に判断し、蹴り直撃の寸前に俺は後方へ大きく下がった。
「おいアリス、2年前とえらい違いじゃ……」
「『箕原流剣術 一の型 剣舞一刀』」
アリスは俺に感想すら語らせる暇もなく、着地と同時に次の準備に入る。
しかもウチの剣術だ。
この型は鍛え抜かれた下肢の力が必要。
強い地面の蹴りによって生まれる全力の加速からの水平斬りという単純明快な剣技。
そもそも箕原流とは身体能力を最大限に活かす型が多い。
この型は1番単純且つ全ての基礎となるようなものである。
ダッ――
強い踏み込みによりつま先が床を抉る。
そしてダッという音が響いた時、アリスはすでにその場から離れ、俺に迫っていた。
くそ、思ったよりも速い……っ!
これはさすがに回避困難。
そのため俺は逆に距離を詰めてみせる。
そしてアリスが水平斬りを始める直前、俺は竹刀を下から上に素早く振り抜いた。
パンッ――
重なった竹刀は威力を相殺し、互いに押し合う形となる。
アリスは想定外だったのか動揺した表情をみせ、1度後ろへ大きく下がった。
「なんで、異能者の一振りを止められるの……?」
彼女が疑問に思うのは当たり前。
異能者とは、ただ異能が使えるだけでなく身体能力も大きく向上しているらしい。
そんなヤツの箕原流剣術、非異能者の俺が普通は受け止められるはずがないのだ。
「おいアリス、自分の身体能力を過信しすぎてそんなことも分からないのか? いくら力が強くてもな、振る前に止めたら怖くねんだよ」
そう、俺は彼女の剣速が最高速度に達する前に押さえた。
だからあえて距離を詰め、タイミングをズラしたのだ。
「理屈はそうだけど、実際やってのけるなんてあり得ない……」
「実力差を感じたんなら諦めるか?」
若干怖気付いたような様子のアリスに降参を促した。
戦意喪失したやつと戦うつもりはないからな。
「まさか。先輩、私が諦めるとでも?」
「だろうな」
アリス・レイン・フィッシャーは、これでもかってくらい諦めが悪い。
そんなの俺が1番知っている。
分かっていながらも問いを投げたのだ。
「では第2ステージです、先輩っ! ワタクシの異能、【分身】をとくとご覧あれ!」
アリスは狂気なほどに弾ける笑顔で異能を発動した。
そうだ、戦いを楽しもう!
師範としてそんなお前を引き出したかったのだ。