「改めて先輩、相談したいことが……」
「さっき聞いたって。捕えたい異能者がいるんだろ?」
「おぉ、さすがですっ!」
アリスは瞳を輝かせ、俺を凝視する。
「いやだから、俺は聞いたことを繰り返しだな……」
「さて、場所を案内します! こちらへ!」
「待てぃ! どこ連れてこうとすんの? 誘拐なの?」
彼女は突然手を引こうとするので、勢いよく振り払った。
あまりに強く拒否したせいで手を握られること自体を断ったみたいな感じに見えたかもしれないが、そういうわけじゃない。
「むぅ……っ! ワタクシ、意外とせんちめんたる?なのに」
口を尖らせながらも苦手なカタカナ用語をカタコトで話している。
日本の生活に馴染みすぎて、アメリカの血が抜けちゃいましたってか?
「センチメンタルもセンチメートルもねぇよ。アリスにどこか連れられていいことあったか? いや、ないね。むしろヤバい記憶しかねぇ」
「あったよー。ほらあの時、クマさんを倒した時とか」
「それ、ヤバい記憶だから!」
そんな可愛くクマさん、なんて言われても出来事がすでに可愛くないのだから仕方ない。
アリスが今思い返したのはおそらく彼女が高校生だった頃、つまり5年くらい前のことだ。
「先輩の強さ、見てみたい」という彼女の言葉が全てのきっかけ。
今思えばちょうどその頃、『熊出没注意』と町全体へ喚起があったのだがそんなこと頭の片隅にもなく、俺は誘導されるがまま森へ連れていかれた。
それから俺は森の奥でそのクマさんとやらと対峙するわけだが、少し離れて観戦するアリスの目を輝かせている姿がもはや狂気すぎて、血肉湧き踊らなかったことを今でも覚えている。
そりゃ人を熊と戦わせて喜んでいるJKだぞ?
どこぞのゲームマスターだよ。
「せ、先輩……っ! なんですか、このビチョビチョに濡れた女はっ!?」
突然驚いた声を上げるアリスの視線の先、それは彼女を見て震えているコトユミの姿。
「あわわ、異能対策部……」
どうやら自分が処理される側の人間だと思い、怯えているようだ。
それにしても恐怖という感情に対しても液状化するのかこの子。
修行の道のりはまだまだ険しいのぉ。
「水の異能者っ!? 総員、戦闘準備っ!!」
アリスとスーツ姿の男3人が戦闘態勢に入る。
「いや待て待て、戦おうとすな。うちの門下生だよ。最近拾ってきたんだ」
「あぁ門下生ですか。先輩、いつもすぐ拾ってきますもんね」
そう言うと、アリスは意外にもあっさりと引いてくれた。
これも彼女がここで長い間門下生としてやってきた過去があるからだろう。
「えっと師範、今ってあたしの話ですよね?」
彼女は怪訝な顔をして、俺に当たり前の質問を投げかけてきた。
「え、そうだけど。どうした?」
「いや、野良猫か野良犬の話かなーなんて思っちゃったりしてて」
「そんなわけないだろ、犬や猫とは違うぞ」
「そうですよね。よかった、あたし人間ですし一緒にされたのかと……」
「コトユミは野良異能者だっ!」
「う、嬉しくない……っ! 絶妙に嬉しくないんですけどっ!?」
若干液状化しているコトユミ。
この子、ボケに対するツッコミセンス結構高いぞ。
「反射速度良し、ワードセンス良し」
俺はそう言ってグッドサインを彼女に向けた。
「えぇ……なにが?」
頭にクエスチョンマークが浮かんでそうな顔でコトユミは首を傾げるのでそろそろ冗談はいいかと思っていると、
「先輩、とりあえずそこのビショビショ女に害がないことはなんとなく分かったので、そろそろ本題に移っていいですか?」
アリスが当初の話への軌道修正を図ってきた。
「あー最初に言ってた捕らえたい異能者ってやつか?」
「はい。私達異能対策課も頭を抱える問題がありまして。ぜひ先輩の力を貸してください!」
「えーやだなぁ、めんどくさいし」
俺はいつものクセで小言を垂れる。
これは本当もうクセとしか言いようがない。
基本面倒くさがりの俺が発する口癖みたいなもんだ。
しかしちょうど先日から訓練しているコトユミと関わってから、異能者に対して少し興味を持ち始めたところ。
そのため、本心としてはめちゃくちゃ嫌かと問われれば、そこまででもない。
むしろちょっと気になるくらいだ。
俺が断る雰囲気を醸し出したせいか、アリスは残念そうに俯いている。
ま、可愛い生徒の頼みだ、少しくらい期待に応えてみるのもいいだろう。
どうせ門下生いなくて暇だし。
「分かったよ、とりあえず……」
「分かりました先輩っ!!」
俺の言葉に元気よく被せてきたアリスは、血気盛んな表情で俺を見つけてくる。
「え、なに?」
相変わらず話を聞かない彼女へ、俺は問いを投げた。
「ワタクシと戦ってください!! もちろん異能込みで!」
「嫌だけど?」
なぜか勝手に話がこじれていく件。