あれから2週間。
うちに門下生が1人増えた。
あ、SNS効果とかじゃないよ?
なんか勝手についてきただけ。
ビチョビチョ女改め、
いや、俺だって最初は断ったさ。
だけどコイツときたら、しつこくて。
どこから箕原道場の場所を調べたのか、毎日ウチに来ては弟子にしろ、弟子にしろの一点張り。
断りゃ外を水浸しにする始末。
これはなんのイジメですかってんだ。
そこでウチのマーケティング担当に相談したら、「いいんじゃない? 弟子が増えると宣伝しやすいし」だと。
まぁ道場の前に毎日ビチョビチョの女が居りゃ、入門希望者すら寄りつかないだろうし。
てことで渋々認めたって感じだ。
ちなみに心菜のやつ、俺とコトユミ(琴海祐未のあだ名)の戦い?を陰からちゃっかり撮影してやがった。
あの中で動画を撮ろうと考えるなんて、まぁイカれてるね、さすが俺の幼馴染。
そして『簑原道場@異能のお悩みなんでも解決します』アカウントで投稿したその動画(コトユミから投稿の許可済み)、あの大学デビュー野郎の時同様、反響がすごかった。
"おっ! フォローして投稿待ってました"
"足速いやつの次は水の異能か、ほんとにいるんだな異能者"
"てかさ水の人めっちゃ可愛い、それに濡れててエッッすぎなんだがww"
"泣いてるとこ見るともっといじめたくなる"
"いや、さすがにCGすぎて草"
"それな。どんだけ集客したいのw"
"CGとか言ってるやつニュース見てねーの? 今異能の犯罪とか出てきてるってのに"
"ほっとけ、CGとか言ってるやつはどうせガキだ。言いたいだけ"
"てか箕原くん水に負けないのおもろ笑"
"あの噴射してる水、消防ホースの水圧くらいありそう"
"それに耐える箕原くん何者だよw"
"身体強化系の異能者とか?"
"アカウントのプロフィール欄には異能者じゃないって書いてるけど"
"そんなもん信じるな! もしそうだとしたらただのバケモンだぞ"
"この際どっちでもいい。面白いから投稿楽しみにしてます"
投稿してもう2週間近く経つが、すでにリプも100件近く、フォロワーも500人を優に超え始めた。
てかこのネット民ども、俺のことを軽々しく箕原くん呼びしやがって。
それに誰がバケモンだ……っ!
マジでリプしたコイツらが門下生にでもなったら扱きまわしてやろう。
なんて思っていたが、現在の門下生はコトユミただ1人。
つまりSNS効果は現状皆無、というわけだ。
――箕原道場
「お、お願いします……師範っ!」
コトユミは俺と向かい合って、戦闘態勢に入っている。
なんでも、この2週間での成果を披露します、とのことらしい。
といってもこの期間、面倒をみていたのは俺なわけで、披露されずとも知っているわけだが。
「はいはい、いつでもかかって来なさい」
まぁ今の彼女に対しては素手で充分。
俺は指をクイっと曲げ、かかってくるよう仕向ける。
「い、いきますよっ!」
コトユミは右手を前に突き出すと、あの時のように水圧の高い水を噴射させてみせた。
うん、まぁコントロール、威力良し、2週間前に比べたら格段に強くなっているが、直線的すぎる。
くる場所が分かれば、事前に避ければいいだけのこと。
俺は放たれた直後、体を右側へスライドさせて確実に避ける。
「まだまだ……っ!!」
それでも諦めていない姿勢を見せるコトユミは何やら力を込め始めた。
あ? 今までそんなこと教えてもないし、一体何を……。
待てよ、いつもならあの空振りした水が道場の壁に当たって弾ける音がするはず。
そう思って振り返ると、まさかの水自身が転回し、再び迫ってきた。
「お? 隠し技か!?」
と言いつつも容易に避ける。
「はい! こっそり練習してたんです!」
次はさっきより小回りのきくターンをして追尾してきた。
正直ここまでできるとは予想外、俺も楽しくなってきたぜ。
「はははっ! いいぞ、コトユミぃぃぃっ!!!」
「ひ、ひぃ……っ!!」
追尾型の水なんて関係ねぇ!
別に何度来ようが避けるだけだ。
迫る俺を見て、コトユミは怖気付きながら後ずさる。
そしてコトユミとの間がほぼゼロ距離になったところで彼女は思わず目を閉じた。
その瞬間、操られていた水も形を崩し、パシャンッと床へ落ちる。
「こら、戦い中目を閉じるなって言ってんだろ、コトユミィ。異能解かれちゃうからさぁ……」
俺は弾む心を落ち着かせ、いかにも師範らしいことを言っておく。
「ご、ごめんなさい……。迫ってくる師範が狂気すぎて」
「誰が狂気だ! こっちはお前に強くなってもらおうとだな、一生懸命なわけよ、うん」
うそだ。
異能と相見えるのが楽しかっただけ。
このまま異能使えるやつ門下生を増やして、戦いに日々に明け暮れようかしら。
なんて思っちゃうほどだ。
「し、師範……っ! そこまであたしのことを考えて……」
コトユミは俺の心無い言葉に瞳を潤ませている。
「コトユミ! 落ち着け、気持ちを落ち着かせるんだ!」
「あ、すみません……っ! 危ない危ない、へへへ」
俺が彼女へ声をかけることでどうにか液状化現象は止まった。
コトユミは今、力のコントロールを身につけいている。
戦い中も思ったが、だいぶ上手くなったはずなんだ。
しかし未だに感情が揺れ動くとプルプルと液状化し始め、ある一定の許容量を超すと、あの時のように水を噴射する。
今のところ嬉しい、不安などの涙で力が暴走するってことは把握済み。
他の喜怒哀楽では未検証だが、試す気も起きない。
道場ビチョビチョになるし。
ピンポン――
そんな時、チャイムが鳴った。
え、何? もしかして門下生希望?
なんて予想はガラガラ、と横開きにドアが開いた瞬間になくなった。
「先輩っ!!」
そこには金色に輝くショートボブヘアの美女。
青い瞳が特徴の彼女は整ったレディーススーツを身に纏っている。
知ってる女がそこに立っていた。
彼女は当時の箕原道場で、何を気に入ったのか親父ではなく唯一俺に入門してきた門下生だ。
たしか2年前、警察学校に入るとかでウチを卒業したんだっけな。
しかし着慣れねぇスーツとか着ちゃってウチへ就職の面接にでも来たのかしらなんて思ったけど、背後にメンズスーツを着た男性が3人立ち並んでいる姿を見るとそんな空気じゃない。
「おっ! 久しぶりだな、アリス! スーツなんてらしくねぇが、どうしたんだ?」
「はいっ! 先輩の門下生第1号、『アリス・レイン・フィッシャー』は本日付けで警視庁の異能対策部に所属することになりました!」
そんな彼女は流暢な日本語で、聞き慣れない単語を発する。
「あ? 異能対策部? なんだそりゃ?」
「そんな先輩に相談があります!」
「いや、俺の質問答えんかい」
昔からコイツは人の話を聞かないやつだった。
こうなってしまえば、とりあえずアリスの話を聞くしかない。
気になることはたくさんあるが、後々教えてくれるだろう。
「捕らえたい異能者がいるんです!」
こりゃまためんどくさい相談だこと。